表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

バグラシオン家②

 扉を開けて入ってきたのは眼鏡をかけた初老の男。よれた白衣をスーツの上から着ており、手には分厚い鞄を持っている。バグラシオン家の主治医、ヤラカン先生だ。


 「これは驚きました。ボリス君が目を覚まして、読書までしていると聞いた時は耳を疑いましたよ」

 彼はそう言いながらベッドの横まで来て、鞄の中身を机に並べ始める。小さな瓶や何に使うのか見当もつかない道具類がみるみる間に机を埋め尽くし、俺が読んでいた本は無造作に横にどかされている。


 「さて、少し見てみましょうかね。ボリス君はそのまま動かないで」


 あっという間に俺を覆っていたシーツは剝がされ、ヤラカン先生が一通り包帯の状態をチェックすると、いきなり俺の頭を掴んで目を小さなライトで照らした。反射的に仰け反るとヤラカン先生は既にライトを閉まっており、いつの間にか手にした分厚いメモ帳に書き込み始めていた。


 「……瞳孔は正常……傷……経過良し……患者は……アンセイロフィン2mlか、もしくは……」


 俺は恐る恐るシーツを手繰り寄せて、再び被ってから、先生に声をかけた。


 「えーっと、ヤラカン先生?」

 「何ですか、ボリス君?」

 こちらに目を向けず、 なおもブツブツと呟きながら小瓶を漁っていた先生は、真っ青な液体の入った小瓶を手に取ってまじまじと眺めている。

 「肩の傷なんですけど、何かこう、治りを早くする薬とかありますか?」


 先生は小瓶を手に持ったまま振り返り、眼鏡の上から俺を見つめた後、額に手を当ててきた。

 「おかしいですね。熱は想定範囲ですし、意識もはっきりしていますね」

 「いや、あの、回復材みたいな薬とかがあるかをお聞きしたいんですけど……」


 俺の額から手を離して先生は首を傾げる。


 「ボリス君、本当に肩の傷が一番の悩みですか?他に何か、聞きたい事はないのですか?」

 「え?いや、一番酷い傷が肩なので……」

 「違いますよ」

 いきなり先生に遮られてしまった。

 「君はバーストを起しているんですよ?死んでいない事も、苦しんでいる様子もないのは奇跡ですが、二度と魔道が使いこなせなくなったんですよ?それに比べれば肩の傷など、唾をかければ治る程度の代物です」


 そう言われれば、そうだったな。ボリスの日記や一族の歴史に気を取られてすっかり忘れていた。想定外の痛みが無いのも一因だろうけど、俺の世界にはバーストの概念がそもそも無かった。


 「あの、先生。確か、バーストを生き延びた人は居ないんですよね?だったら、二度と魔道が使えなくなるのもあくまで仮説ではないですか?」

 「これはおかしな事を。何故生き延びた人が居ないのか、バーストとは何かを考えれば分かるでしょう。魔動脈がぐちゃぐちゃなんですよ?当然、君の魔動脈もです。君が運び込まれた時にそれは確認済みですし、デニス君の報告にも君が魔道を使おうとして苦しみだしたと、そうあります」


 確かに。炎を呼び出そうとした時、全身を激痛が襲って動けなくなった。だが、思い返してみると不自然な所があったように思える。炎を呼んだら痛みが走った事とは別の違和感。魔道に関してはボリスの体に残っている知識も、彼があまり興味を持っていなかったからか、随分と曖昧だ。具体的な事は何一つ思い出せない。かろうじて魔動脈が必要だという事しか分からないが、俺の世界には無かった魔動脈の概念がそもそも分からない。


 炎が操れないとなると、何かと支障が出る。早期に解決するためにも、ここはこの世界の魔道について知っておくべきだ。俺は慎重に言葉を選びながら先生に聞いてみる事にした。


 「それなんですが、先生。一度に色々起こりすぎて、魔道の基本がすっぽ抜けてしまったようなんですよ。体が覚えているのか、無意識に使っちゃって。でも、自分で何をどうして、何がどうなってるのか、さっぱりなんです。実感がないと言いますか」


 それを聞いたヤラカン先生は一瞬眉をひそめたが、すぐに何かに納得したように頷くとまたブツブツ呟きながらメモをとり始めた。


 「なるほど、そうですか、記憶喪失ですね。問題はこれが何に由来するのかですが、後でバースト関連の書物も読み直した方が良さそうですね。それと……」

 書く手を止めてペンで俺の方を指すと、ヤラカン先生は厳しい口調で続けた。

 「良いですか、ボリス君?君は肩を撃ち抜かれ、バーストを起し、君のいた建物はチューリップの斉射まで受けています。君の父君がそこに居たから、そして彼が百戦錬磨の魔導使いだったからこそ、君は今こうして生きているのです。記憶が飛んでいるからと、反省も謝罪も不要などとは思わない方が良いですよ?」

 「それは勿論、猛省しています。記憶は曖昧でも、その状況に至った経緯は聞きました。今回の事で色々考えなおして、これからは新たな道を歩んでいくと決心しています」


 俺の方をペンで指したまま、ヤラカン先生は動きを止めた。やっぱり、主治医だけあって、ボリスの事は良く知っていたようだ。つい昨日までのボリスと比べると別人に見える事だろう。俺は苦笑いをかみ殺しながら話の続きを促した。


 「……これは失礼。分かっているなら良いのです。さて、魔道の基本ですが、魔道使いとして生まれた者は周りにあるマナを吸収し、丹田などに蓄積させ、特定の順番で≪(カナメ)≫を経由しながら魔動脈を通じて流す事で魔道を発動させます。良いですか?」


 俺が熱心に聞き入っているのを確認し、ヤラカン先生は更にマナの集め方、≪(カナメ)≫と呼ばれる魔動脈の交差点、マナを流すパターンである≪星座≫について話し続けた。ちょっと、情報が多すぎて、一度では覚えきれないが、肝心な部分は確かに聞いた。この世界の魔道は俺が居た世界とは全くの別物だ。いや、正確には、全く異なる使い方をしている。マナと呼ばれる魔道エネルギーは俺の世界にもあったのだ。あったのだが、俺たちは直接それに干渉はしなかった。


 ひょっとしたら俺の世界の魔道なら使えるんじゃないか?炎を呼びだそうとしたあの時、感じた違和感はこれだった。体が無意識にマナを流して、炎を()()しようとしたのだ。まず呼び出すのではなく。俺の世界のやり方なら魔動脈に干渉せずに炎を操れるかもしれない。一人になったら早速試さなくては。


 「……と言う訳で、魔動脈が破壊されるバーストを起すと、魔道が一切使えなくなる理屈は分かりましたか?」


 俺が二つの世界の違いについて思いふけっていると、ちょうど先生の話も終わった。


 「はい、ありがとうございます。色々と参考になりました」

 「おやおや、武家の男児が魔道の基本を医者から聞いて「参考になりました」とは、今日は驚きの連続です。もう良いですか?気が済んだのなら今から薬を飲んで、寝るのです」


 ヤラカン先生はさっき手にしていた青い液体の便を再び取り出し、少しだけ小さいスプーンに垂らした。俺に飲ませる気の様だ。


 「さあ、飲むのです。それと、君は肩の傷に効く回復材があるかを気にしていましたが、そんな物はありません。食事と安静。これが一番の回復材ですよ。この薬は炎症を抑え、痛みを和らげるもので、治すのは君の体の仕事です」


 俺は大人しく薬を飲むと、起きたらまた様子を見に来ると言いながら荷物をまとめる先生を引き留めた。どうしても試したい事があったからだ。


 「先生、出る時にアリナに蝋燭を一本持ってきてくれるように言ってもらえませんか?どうしても蝋燭の明かりが欲しいんです」


 ヤラカン先生はお安い御用だと言って部屋を出て行くと、ほどなくしてアリナが蝋燭を持ってきてくれたので灯して欲しいとお願いすると怒られた。(消し忘れて寝たら危ないですよ!)懸命に説得してなんとか灯してもらうことに。寝る前に必ず消すこと、一定間隔で自分が様子を見に来ることの承諾を俺からもぎ取ったアリナが去ると、俺は緊張しながら蝋燭と向かい合った。


 アウラ神は炎が常に俺と共にあると言っていた。それは俺がこの世界の魔道に戸惑わないためだったのかも知れない。ボリスの状態も、この世界の魔道の事もアウラ神は知っていはずだからな。さて、基本中の基本、炎を()()()()()か、試してみるか。


 俺は炎をじっと見つめながら、指を近づけて意識を伸ばしていく。俺の世界で魔道の力は生まれつきの物じゃなかった。神に仕える儀式を行い、認められた者が使える力だったのだ。


 以前なら意識せずとも炎を自由に呼び出したり、好きな形にしたり、様々な応用が出来たのに、今は意識しても何も感じない。逆に気を抜くとボリスの体がマナを流そうとするのを感じる。それを抑えるのにも気力を使わされる。


 徐々に小さくなっていく蝋燭に合わせて、俺の中の不安が大きく成長していった。このままダメだったらどうしよう?異世界に来ているから炎が俺の事を忘れてしまったんじゃないか?炎に頼れなくても魔物とは戦えるが、実態がマナで構築されているような魔物には太刀打ちできない。だから、炎が応えてくれないと……俺は……


 不安もピークに達して、蝋燭の八割が溶けた頃、その瞬間はやってきた。微かに俺の精神に何かが触れたかと思ったら、炎が応えた。


 俺の指に向かって必死に伸びてくる。か弱くも暖かい、馴染みのある炎だ。思わず笑顔がこぼれる。炎使いになりたてだったあの頃、同じように初めて炎が応えてくれた感動が蘇る。これならば、例え一人でも戦える。最強だと言われていた自分のピークからすればなんてことない大きさの炎だが、さっきまで魔道を諦めかけていた俺にとっては人生で一二を争う巨大な炎だ。


 もう少し戯れていたい衝動を押し殺して、蝋燭を消すと俺は横になった。一刻も早く傷を治し、以前の炎を取り戻し、この世界に馴染みながら魔物との戦いに備えなくては。やるべき事は山積みだが、先行きの不安はなかった。炎が俺と共にある限り俺はやっていける。今度こそ負けないためにできる事をやるだけ。


 翌日の予定を立てようと思ったが、眠気に勝てずに目を閉じると、俺は直ぐに眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
拝読しました! 人類最期の炎使いとして戦い抜いたヴォルゴンが、悔しさと無念を抱えながらも異世界に転生し「今度こそ守り抜く」と誓う導入。 人類滅亡に至るまでの壮絶な戦いと、炎神アウラとの邂逅で示される…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ