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すききらい(5)

 

「え、じゃあ颯斗さん、優果さんが合コン行きまくってるの知ってたんですか。」

 美衣奈がチョレギサラダを取り分けながら大きな声を出した。

 向かいに座る颯斗は、黙ったままおしぼりで手を拭いている。

「なのに優果さんに何も言わないんですか。なんで?」

 意味が分からない、という顔をして美衣奈がサラダを口に入れる。

「なんですか。あなたに関係ないですよね。」

 颯斗は嫌そうに言って、ポテトをつまんだ。美衣奈が取り分けたチョレギサラダには手を付けようとしない。

「関係なかったらわざわざご飯に誘ったりしません。桃吾くんと食べたかった。」

 美衣奈が不貞腐れた様子で言った。

「僕だって。別にあなたと食べたくないので。帰っていいですかね。」

「え、だめだめ。せっかく来たんだから食べましょうよ。うちの店、美味しいですよ。」

「うちの店って、あなたはただのバイトでしょ。」

 細かい人だなあ、と美衣奈はため息をつく。


 美衣奈は仕事帰りの颯斗をつかまえることに成功し、『酔いどれ小町』に連れてきていた。颯斗の顔は、以前桃吾から見せてもらった優果とのツーショットで見ていたし、彼が優果と同じ会社に勤めていることも知っていた。優果の勤め先は桃吾と話すうちなんとなく分かっていたので、退勤時間に待ち伏せをすればつかまえるのは簡単だった。

 嫌そうな素振りは見せるものの、「優果さんについて話したいことがある」と言えば素直についてきた。純粋な人なんだなあと美衣奈は思う。


 しかし颯斗がどんな人間であろうと美衣奈には興味がないので、とっとと本題を切り出すことにする。

「じゃあ単刀直入に聞きますけど、喧嘩でもしてるんですか?優果さんと。」

 優果の名を再び出した途端、颯斗の顔が苦しそうに歪む。

「え?やめてくださいよ。泣くつもり?」

 美衣奈が思わず身を引くと、颯斗はむっとした顔で睨んだ。

「失礼ですね。泣きませんよ。」

 それから少し居住まいを正し、ビールを飲む。気を落ち着けているらしい。

「優果さんとは、少し言い合いみたいになりました。優果さん、不安定だったのに、僕も上手く支えられなくて。だから今はちょっと距離を置いているというか・・・。」

 自信の無さそうな颯斗を見て、美衣奈はハッと鼻で笑う。

「甘すぎ。目を離してる隙に、他の男に取られたらどうするつもりです?」

「それは嫌だけど。優果さんを信じてるっていうか。落ち着いたらまた前みたいに戻れると思うので。」

 美衣奈は深くため息をついた。

「恋人のあんたがそんなだったら、桃吾くんのとこに優果さんが来るのも時間の問題じゃん。あーあ、ほんと頼りになんないなあ。」

 美衣奈の身勝手な言葉を聞いて、颯斗はぎょっとした顔をした。

「桃吾さんのところ?どういう意味ですかそれ。」

「どうもこうも。だって桃吾くん、ずっと優果さんのこと気にしてるもん。」

「それが?」

「分からないの?」

 美衣奈は小馬鹿にするように言う。

「今は優果さんが言い出さないから会ってないだけで、桃吾くんはいつでも優果さんと会う気なんだよ。だからあんたに優果さんのことちゃんと捕まえて管理しててほしいのに。あんたが嫌われて野放しにしてるんじゃ、優果さん、また桃吾くんに会ってあんたの愚痴とか言うに決まってるじゃん。」

 颯斗はぽかんとした顔をした。

「・・・え、僕とのことを、桃吾さんに話すんですか。」

「当たり前でしょ。」

 美衣奈はきゅっと眉を吊り上げる。

「あの二人はずっとそういうの話してきてるんだから。桃吾くん言ってたもん。優果の付き合ってきた男のことは全部知ってるって。」

 颯斗が絶句しているのを見て、美衣奈ははたと思い当たった。

「もしかして、知らなかったの?桃吾くんと優果さんの関係。」

「関係・・・。」

 颯斗は今にも倒れそうな顔をしている。

「・・・優果さんは、桃吾さんのこと、腐れ縁だって。ずっと会って近況話すのが習慣になってるだけって。」

「へえ、そういう言い方してたんだ。」

 美衣奈はつまらなそうに頬杖を突く。

 颯斗がおそるおそる言った。

「優果さんと桃吾さんって、その・・・。」

 煮え切らない颯斗を見て、美衣奈は、ああ、と察する。

「肉体関係?それは無いと思う。」

 美衣奈が否定すると、颯斗は露骨に安心した顔をした。その分かりやすさ、初心さに、美衣奈は思わず呆れた顔をする。

「そんなに気になるなら自分で聞けばいいのに。意気地なし。」

「聞けないよ。許すので精一杯だったんだから。桃吾さんに会うってこと。」

「そこから気にしてんの?ちっさいなあ。」

「・・・きみさ、本当に失礼だよね。」

 颯斗の口調もだんだんと雑になってくる。美衣奈のふてぶてしさに慣れてきたらしい。

「一応言っておくけど、私だって知らないからね。そこまで桃吾くんに追及してないし。」

「え、じゃあ分からないってこと?」

「まあね。でも、桃吾くんの様子から察するに、たぶん優果さんのことだけは女扱いしてないんじゃないかなって思うんだよね。」

 美衣奈がじっと颯斗を見据えて言う。

「だって、付き合ってる男とか別れた男の話をいっつも聞いてて、なんとも思わないなんて、変でしょ。もし気がある相手なんだとしたら耐えられない。聞きたくないはずだもん。」

「たしかに、それはそうかも・・・。」

「でしょ。それに桃吾くん、いろんな人と遊んでるんだよ?優果さんが恋人とかなら、桃吾くんそんなことしないし、優果さんだって止めてるはず。優果さんが大事だけど、女として大事なわけではないから、ああいうことになってるんだろうなって思うんだよね。」

 美衣奈は話し終えると、ふうと息をついて店員を呼んだ。追加のビールとチキン南蛮を注文する。


 颯斗は感心した顔で美衣奈を見つめていた。

「なんか、凄いね。そこまで分かるなんて。」

 美衣奈は少し照れたように笑う。

「分かるっていうか、知りたいから。桃吾くんのこと。たくさん見て、話して、調べて、桃吾くんのこと知って、支えになりたいの。」

「支え?」

「うん。」

 美衣奈は頬を染めながら、微笑んで言った。

「私が一番桃吾くんのこと支えられるようになれば、桃吾くんも私のこと認めてくれるでしょ。私、いつか桃吾くんの一番になりたいの。」

 高らかに言い切る彼女はやけに眩しく映った。


 颯斗は何か決意したような顔で、そっと両手を握りしめた。




 ひとしきり飲んで食べてから、「何かあったら報告してね」と美衣奈は颯斗と連絡先を交換した。そしてその足で、桃吾の家に向かっていた。


 いつもどおりチャイムを鳴らせばドアが開く。桃吾はどことなく疲れた顔をしていた。

「今日は約束があるから来ないんじゃなかったっけ。」

「そのつもりだったんだけど、思ったより早く終わったから、来ちゃった。」

 美衣奈が勝手知ったる顔で薬缶を火にかけると、桃吾がはあと息を吐いた。

「・・・じゃあお茶くらい飲んで行けばいいけど。隙あらばここに入り浸るのが当たり前と思わないでね。」

「そんなこと思ってないよ。桃吾くんの顔が見たかったの。」

 慌てて傍に駆け寄りながら、美衣奈はじっと桃吾の顔を見つめた。

「何かあったの?」

「別に。なんでもないよ。ちょっと疲れがたまってたから。さっさと寝ようと思ってただけ。」

 桃吾はさっと美衣奈の傍を離れ、チェアに腰かけた。読みかけの雑誌に手を伸ばす。

 美衣奈は桃吾の様子を心配そうに見つめていたが、キッチンへ自分用の紅茶を淹れに行った。


「今日ね、颯斗さんと会ってきたの。優果さんとは喧嘩みたいになってるって言ってた。」

 美衣奈がソファに座りながら言うと、桃吾は少し間を置いてから「ふうん」と言った。相変わらず目は雑誌に向いている。

「一応、優果さんが合コンに行ってることも知ってるって言ってた。颯斗さんは、時間を置けばまた元通りになるって思ってるみたいだけど。」

 颯斗は返事もせず雑誌を読み続けている。

 美衣奈は話し続けた。

「でも颯斗さん、思ってたよりずっと頼りないんだもん。危機感足りない気がする。ねえ桃吾くん、優果さんって颯斗さんのことかなり好きなんだよね?颯斗さんが頑張れば、まだ別れないよね?」

 すがるように美衣奈が言うと、桃吾はため息をついて雑誌から顔を上げた。

「大丈夫だよ。優果がへそ曲げてる時は放っておくのが正解だし、颯斗くんのそういう情けないところ、優果は好きだから。そのうち仲直りできるんじゃない。」

「そっか、良かった。」

 美衣奈はほっと息をついた。桃吾が言うのだから間違いない、と安心している。

 桃吾は冷めたコーヒーをすすりながら、ぼんやりと宙を見ていた。

「颯斗くん、いい子だもんな。なんだかんだ言って、颯斗くんがいれば大丈夫なのかもしれないな。優果は。」

 安心半分、諦め半分といった様子で目を細めている。

 そんな桃吾を見て、美衣奈は悲しそうな顔をした。

「桃吾くんは大丈夫じゃないの?・・・私がいるよ?」

 桃吾が不思議そうな顔で美衣奈を見た。


 美衣奈はソファから立ち上がり、桃吾の腰かけるチェアの前に座り込む。見上げるような姿勢で桃吾の目を覗き込んだ。

「私じゃ桃吾くんを大丈夫にできないの?優果さんじゃなくて、私じゃだめ?」

 桃吾は苦笑して美衣奈の頭を撫でた。

「ごめんね。そんな顔させるつもりじゃなかったんだけど。」

「ねえ、桃吾くん・・・。」

「もう今日は帰りなよ。」

「え。」

 美衣奈が泣きそうな顔で固まる。桃吾は優しく髪を撫でながら言った。

「ここにいても何もしてあげられないから。今日は帰って。また別の日なら来てもいいから。」

 美衣奈は食い下がった。

「ごめんなさい。違うの。桃吾くんは何もしなくていいの。」

「うん。でも、ごめんね。」

「私が桃吾くんの傍にいたいだけなの。」

「美衣奈。」

「好きだから。桃吾くんのこと。」

「分かったから。」

「傍にいて支えたい。ねえ、桃吾くん、」

「美衣奈!」

 桃吾が大きな声を出した。乱暴に美衣奈を引き寄せ、顔を胸で潰す。美衣奈は口を閉じるしかなかった。

「頼む、俺のこと好きなら今日は帰って。誰の顔も見たくないんだ。一人にして。」

 そして美衣奈の体を引きはがすと、さっと顔を背けて立ち上がった。


 美衣奈は目に涙を浮かべていたが、バッグを持ってとぼとぼと玄関の方へ歩き出した。いつもは玄関まで見送る桃吾だが、今日は顔をそむけたまま動く気配がない。

 美衣奈の目にますます涙が溢れて、悲惨な面持ちになった。居間を出る直前に振り返る。

「もしここにいるのが優果さんだったら、桃吾くん、そんな顔しないで済んだ?」

 その瞬間、桃吾の苛立ちがピークに達した。

 背を向けたまま舌打ちをし、

「いちいち優果の名前出すな。うざい。」

 と言って奥の寝室へ引っ込んだ。バン、と音をたてて扉が閉まり、完全に桃吾の姿が見えなくなる。


 美衣奈は泣きながら出て行った。


 桃吾はベッドに腰を下ろし、大きくため息をついていた。

 自己嫌悪に耐えるように天を仰いでから、もういいや、とそのまま寝転がる。

 最悪な夜は早く寝てやり過ごすしかない。どうせ朝は来るのだから。



『今日の夜、会えませんか。話がしたいです。』

 颯斗からのメッセージに気が付いたのは、お会計をするときだった。慌てて友人に声をかける。

「ごめん、やっぱ私ここで帰るわ。」

 ええー?と大げさなリアクションをする男性陣に、「ごめんなさい、ちょっと母に買い物頼まれちゃって。また今度お願いしまーす」とにこやかに言い訳をして立ち去る。こういう時は愛想よく素早く動くのが肝心だ。理由なんてどうでもいい。いかに場の空気を乱さず自然に抜けるかなのだ。

 颯斗のメッセージには続きがあった。

『優果さんの家に10時に行きます。帰ってくるまで待ってます。』

 今は10時20分。すでに待たせている。行かなくては。


 颯斗とはかれこれ3週間くらい会っていない。私が逃げているせいだけれど、そろそろ潮時かなとは思っていた。

 別れたいとか、嫌いになったとか、明確な思いがあるわけではない。ただ、颯斗といても傷つけてしまうだけな気がして、一緒にいる意味がわからなくなってしまったのだ。


 合コンにはわざと行っている。男漁りばかりしている節操のない女になった、ように見せかけたかった。いっそ嫌われたら楽になるのかな、というずるい考えだった。

 しかし、いざこうして颯斗に呼び出されると緊張した。楽しい話し合いなはずがない。十中八九別れ話だろう。どんよりと気が重くなる。自分で仕向けておきながらまったく勝手な話だが、私は颯斗と別れるのは嫌なのだ。

 颯斗はラフな格好で玄関の横に立っていた。髪がやわらかく乱れているから、きっとシャワーを浴びてから来たのだろう。

「ごめんね。遅くなっちゃって。合鍵あるんだし、入ってて良かったのに。」

 私は申し訳なさでいっぱいだった。目を伏せながら開錠し、颯斗と家に入る。

「いいんです。あんまり勝手に入るのも悪いし。優果さん、たぶん飲み会だろうなと思ってましたから。」

 颯斗は少し固い顔で微笑んでいる。

 きっといろいろと悩んで、悩んで悩んでどうしようもなくて、結局ここに来たのだろう。颯斗にこんな顔をさせているのは自分なのだと思うと、申し訳なさと同時に後ろめたい喜びがじわりと溢れてくる。なんて可哀想な颯斗。


 私たちは最後に会った時と同じように、向かい合って座った。

 颯斗は視線をさまよわせて押し黙っている。ここまで来ておいて、どう切り出そうか迷っているらしい。仕方がないので私から話し出すことにした。

「ごめんね、避けてて。」

 颯斗はハッと顔を上げてから、ゆるゆると首を振る。

「いえ、僕もすみませんでした。優果さんのこと上手く支えられなくて、気まずくて。」

 苦しそうな顔をして、颯斗は「でも」と続けた。

「でも、寂しかったです。僕とは会わないのに、いろんな人と飲んでて。いろんな男の人に会ってて。」

 あまりにも正論なので、私はただ「ごめん」と言うことしかできなかった。颯斗が寂しく感じることなんて、充分わかっていたことだった。

 颯斗は切なそうに目を細めて「いいんです」と言った。

「寂しいし悲しかったですけど。優果さんが本気で別の男のところに行こうとしてるわけじゃないって思ってましたから。優果さんのこと信じてましたし、それに。」

 颯斗が言葉を切る。一呼吸おいてから、そっと目を合わせてきた。


「なんとなく分かってるんです。優果さん、試したかったんじゃないですか。桃吾さんを。」


 私は思わず目を見張った。目の前の颯斗は、自分の言葉で傷ついたような顔をしている。

 なにか言いたい、言わないといけない。なのに、何も言葉が出てこなかった。

 私はたしかに、颯斗に嫌われてもいいやと思ってやけに合コンに行っていた。では桃吾のことはまったく考えていなかったのかと聞かれると、わからない。

 桃吾があの店員と知り合っていたのはショックだった。だって、あの店は私と会うための場所のはずだ。私と会う時は、他の女とは会わないはずだ。

 軽く扱われた気がして、ショックで、桃吾を避けていた。そのせいで今回颯斗と揉めたことを話す相手がいなかったし、そもそも颯斗と揉めることになった原因は桃吾なのだ。桃吾が私を不機嫌にさせたから。

 嫌われてもいいやなんて自暴自棄になって、その実私が意識していたのは誰のことだったんだろう。


「優果さん、桃吾さんに甘えてるの分かってますよね。僕は優果さんのこと信じてますし、それで優果さんが楽なら別にいいんです。桃吾さんと会っていても。」

 颯斗は話しながら、しきりに手を組み替えている。私はその細長い手をぼんやり眺めている。

「優果さんは、桃吾さんとの間を邪魔する女が許せなかったんですよね。それで怒って、不機嫌になって、桃吾さんとも僕とも会わなくなって、知らない男とばかり会ってみせて、そこまでして桃吾さんを待つのはどうしてなんですか。」

 颯斗は責めるように私を見た。

「・・・違う。待ってない。」

 私の声はかすれていた。頭も口も回らなくて、まともなことが言えない。

 颯斗は首を振った。信じる気はないらしい。

「合コン、いつも相手は僕より年上で、なんなら桃吾さんよりも年上で、最初から僕の代わりじゃなくて桃吾さんの代わりを埋めるつもりでしたよね。聞いてるんですよ、僕。同期の子から。いつも優果さんが心配だったから。」

 颯斗の顔はだんだん悲痛な面持ちになってきていた。


 私は合コンの相手がどんな人だったかなんていちいち覚えていないし、リクエストしたことだってない。颯斗に明かされて、そうだったんだ、と他人事のように驚いていた。


「どうして桃吾さんなんですか。どうして僕を試してくれないんですか。どうして。」

 颯斗がぐっと言葉に詰まって、テーブルに伏せるように頭をたれる。

「・・・どうして、分かってくれないんですか。僕は優果さんだけが好きなのに。」

 絞り出すような颯斗の声を聞いて、私はいたたまれない気持ちになった。

 颯斗が私のことを凄く好きでいてくれてるのは、とてもよく分かっている。


 颯斗はゆるりと顔を上げて、すがるように私の顔を見つめてきた。

「好き。好きなんです、優果さん。お願い、僕にして。僕だけにして。」

 涙目で訴えながら、私の手をきゅっと握ってくる。まるで捨てられかけている子犬のようだ。私は颯斗を捨てるつもりなんて毛頭ないのに。

 私はもう片方の手で颯斗の手を撫でながら、静かに話した。

「私も好きだよ。颯斗が好き。ごめんね。桃吾はね、会えるだけでいいの。もうたくさんいろんな話をしてきたから、慣れちゃったの。話したいことは桃吾に話すっていう、習慣。そういう愛着。それが無くなりそうな気がして、不安定になっちゃった。それだけだよ。ごめんね、颯斗まで不安にさせちゃって。」


 颯斗は黙って聞いてくれていたけれど、私が話終えてもまだ、こちらをじっと見つめていた。たぶん、真偽をはかりかねているんだろう。

 私は小さく微笑んで、颯斗の頬をゆるりと撫でた。

 颯斗は私の手を取りキスをした。そして指一本一本を愛おしむようにキスを降らせていく。

 キスの連続で手が火照ってきた頃、颯斗が立ち上がって私の手を引いた。私も導かれるまま立ち上がる。颯斗のキスが唇にもふりそそぐのを感じながら、私は颯斗の肩を抱き寄せた。


 颯斗は泣いていた。

 ベッドの上、私に覆いかぶさりながら、すすり泣いていた。

「いつかは僕だけのものになって。優果。」

 泣きながら私を抱き、抱きながら私に縋り付いている。

 私はただ吐息を漏らして、颯斗に抱きついていた。


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