招待状
その封筒が届いたのは、とある休日のことだった。
「おい、お前あてに何か届いてるぞ」
そう言って友人が手渡した封筒は、私にとって見覚えのないものだった。
「人の郵便物に勝手に触るな」
私は多少不機嫌になりながら、宛名を読んだ。確かに、自分の名前が書いてある。しかし、届け人のところには何も書かれていないことが、私を不審にさせた。
「なんだ、これ?」
「開けてみろよ」
友人、が面白がってそうそそのかす。
宛名も書いていない封筒を開けるのは気が引けたが、とはいえ気になりはする。私は封筒の上部をていねいに開けた。
「 招待状
〇〇様
日頃は格別のご愛顧を賜りまして、誠にありがとうございます。
近日、当会の方でささやかな催しを開かせていただきますので、誠に不躾なこととは存じますが、招待状を送らせていただきます。
当日は、本招待状をお持ちになって、受付へお越しください。
○○様とお会いできることを、心より楽しみにしております。…………」
私はひと通り、その文面を読んだ。それにも関わらず、私は事態がよくのみ込めなかった。
「なんて書いてあったんだい」
私の様子を見ていた友人が、読み終わった後にそう聞いてきた。
「分からん。招待状だとさ」
「招待されておいて、分からないはないだろう。誰がその手紙をよこしたんだい」
私は招待状に書かれている主催者の部分に目を移した。
KH協会と書いてある。しかし、その会の名前に聞き覚えはなかった。
おまけに、開催日時を見てみると、なんと今日これからの時間だ。招待状を送ってくるにしても、あまりに急すぎる。
「いたずらかもしれないなあ」
そう言って、私は読みたそうにしている友人に封筒と招待状を手渡した。
「へえ、なかなかいい紙が使われているぜ。お前も偉くなったもんだなあ」
「よしてくれよ。第一、俺はその会とやらを聞いたこともないんだ」
「そうなのか」
友人は、相変わらず招待状を眺めている。
「まあ、手の込んだいたずらかもしれないな。あんがい、流行ってるのかもしれないぜ」
友人が封筒の中をのぞいた。すると、友人が意外そうな声をあげた。
「おい、中に何かまだ入ってるぞ」
私は友人の方を見た。
「本当かい」
ああ、と友人は封筒をさかさにして、それを取り出した。それは一枚の紙のようだった。
「…………」
友人が神妙な顔をして、その紙の内容を見る。
「なんて書いてあるんだい」
「そうだなあ……」
友人ははっきりしたことを言わないまま、その紙を私に渡してきた。
そこにはこう書いてあった。
「 追伸
よろしければ、ご友人の方もぜひ一緒にお越しください。
お待ちしております。」
「…………」
私は黙ってそれを読んだ。ふと顔を上げ、私は再び友人の顔を見た。
友人も黙っている。しかしその顔には、面白い暇つぶしを見つけたとでもいいたげな、にやにやとした表情が浮かんでいた。
「おい」
友人が口を開いた。
「行ってみようぜ」
私はそんな友人になんと答えたらよいものかと、少し考えてしまった。
「乗り気じゃないのかい」
友人がたずねる。
「あんまりな」
私はそう答えた。
「でも、なかなか面白そうじゃないか。行ってみようぜ」
友人は追伸の内容が気に入ったのだろう。やたらと乗り気になっている。
「そんなことを言って、もしもいたずらだったらどうするつもりだ。やはり、少し怪しいよ」
「怪しくてもいいさ。話のタネくらいにはなるだろう。一緒に行こうじゃないか」
私はため息をついた。こういう時の友人を説得するのは、ひどく骨の折れることだと知っていたからだ。
「本当に、行きたいのかい」
「ああ」
友人の、迷いのない返事が返ってきた。
私は再びため息をついた。しかし、この友人も一緒ならば、何かあってもまあなんとかなるだろう。そんな考えも浮かんできた。
「仕方ないな」
私は言った。
「行ってみるか」
友人のにやりとした顔は、よりいっそう大きくなった。
「決まりだ」
友人はうれしそうだ。
「さっそく準備をしよう」
その後、私と友人はそれぞれ出掛ける準備をした。しかし、用意するものはこの招待状だけだったので、支度にさほど時間はかからなかった。
「少しは身ぎれいにしていった方が、いいだろうか」
友人が勝手に家の鏡を覗き込みながら、そんなことを言っている。
「招待されたのは、俺なんだぞ」
私はそう言ったが、友人はおかまいなしに手ぐしで髪を整えていた。
「まあ、こんなもんでいいだろう。それで、場所はどこだっけ」
「ええと」
私は再度、招待状を見た。
「景雲ホールと書いてあるよ」
「なに」
友人が鏡から振り返った。ついでにそり残したヒゲを、そっていたらしい。
「そりゃお前、有名なところだぞ。相当立派なところだ」
「そうなのか」
「知らないのか?」
「うーん?」
言われてみれば、たしかにそんな場所があったかもしれないが、それがどういった場所なのか、私はあまり分かっていなかった。
「まったく、しょうがない奴だな」
そんな私の状態に、かえって友人があきれてしまった。
友人の話によれば、その景雲ホールというところは、日本でも有数の会場なのだそうだ。著名人などのパーティが、よく開かれているらしい。
「ともかく、そんな場所で開催するってことは、きっとすごいパーティーだぞ。おまえも、大変なところに誘われたな」
「そうだなあ」
そうすると、友人がそわそわとしはじめた。
「なあ、こんな格好で、果たして大丈夫なのだろうか。門前払いをされるんじゃないのか」
さっきまで手ぐしで済ませようとしていたとは思えない発言だ。この友人も、それなりに世間体というものを気にするたちらしい。
「まあ、いいんじゃないかな」
そんな友人の姿を見ていると、かえって私の方は、ゆったりとした気持ちになってきた。
「招待状もあることだし」
なおも不安そうにこちらを見てくる友人に、私はのんきにそう告げた。
「それに届いたのが急なのだから、こちらの落ち度じゃないさ。堂々としていればいい」
それを聞いて、ようやく友人は気分がやわらいだようだった。
「それもそうだな。まあ、なんとかなるか」
そうこうしているうちに、私の方でも向かう準備ができあがった。
「それじゃあ、行くか」
「ああ」
私たちは家のドアを閉め、鍵をかけた。
幸い私の家から景雲ホールまではそう遠くない距離にあったため、私たちは時間通りに到着することができた。
「こんにちは」
中に入ると、豪勢な内装のはじめに、受付の人間が立っていた。
「こんにちは」
私は受付の人にあいさつを返した。うしろにいる友人は、すっかりあがっているらしかった。
「招待状はお持ちでしょうか」
彼はそう丁寧に聞いてきた。私は追伸の紙とともに、その招待状をさし出した。
彼がそれをチェックする。単なる目視にとどまらない、ずいぶんな念の入れようだ。
「失礼しました。ありがとうございます」
彼は笑顔でそれを返してきた。手に付けている白手袋には、一点のシミも見当たらない。
「そちらは、ご友人の方でしょうか」
そう、受付の彼はきいてきた。
「あ、はい……」
友人が、蚊の鳴くような声で返事をする。こういった、かしこまった空気に弱いのだろう。いつもの威勢がまるでなくなっている。
受付の彼は笑顔でうなずいた。
「それでは、ご案内いたします」
私たちは、彼についていくこととなった。受付だけではなく、案内も兼ねているらしい。迷いのない姿勢で、私たちの前を歩いてゆく。それでいて、こちらが急ぐことのないように、歩調はほどよい速さだった。
「なあ、お前」
歩いている途中、友人が私に話しかけてきた。
「なんだ」
私は友人の方を見る。友人はいくらか落ち着きを取り戻したようだった。
「変じゃないか?」
友人は、案内をしている彼に聞かれないように、小声でそう言った。
「変って、何が」
つられて私も、小声で返事をする。
「誰もいないじゃないか」
友人はそれしか言わなかったが、私は友人の言わんとしていることがのみこめた。
招待状のあの書きぶりからして、私たちはてっきり、何か盛大なパーティーが引かれるものだと予想していた。しかし建物の中は、豪勢な内装ではあるものの、どこかしんとしている。
まるで、私たち以外の誰もがいないかのようだった。
「確かに人気がないな」
そう私が言うと、友人も無言でうなずいた。
しばらく案内の彼について、歩いてゆく。ずいぶん広い建物らしい。上がったり、下がったりを繰り返しながら、私たちは静かにすすんでゆく。
「ずいぶん歩きますね」
友人がそれとなく、案内の彼に話しかけた。
彼は歩く速度をゆるめることなく、恐らくは笑顔でこう応じた。
「ええ。なにぶん広い建物でして。お手数をおかけします」
いえいえ、そんなことはありませんと、よそ行きの応対をしながら、友人はまた不安そうに私の方を見てきた。
私もどうしてよいか分からず、少し困った顔をしてみせた。
三人は歩いてゆく。
「着きました」
その後も長く歩いたなと感じたあと、案内の彼はようやく歩みを止めた。
「こちらが会場です」
そこは、景雲ホールの中の会場のひとつのようだった。扉はかたく閉ざされている。
「それでは」
案内の彼が、こちらを笑顔で見てくる。
「私はこれで失礼いたします」
そう言って、彼は帰ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
すかさず、友人が声をかける。
「私はここまでって、いったいこの扉は、私たちが開けてもいいものなんですか」
それを聞きつつ、彼はなおも笑顔を崩さないでいる。
「申し訳ありませんが、私が案内を出来るのはここまでなのです。あとのことは、招待状をよくお読みになってください」
そう言うなり、彼は一礼をして来た時と同じような速度で歩いていった。それにもかかわらず、彼の姿はすぐに見えなくなってしまった。
私たちはその扉の前にとり残されることとなった。
しばらく、お互いが無言となってしまう。
「なあ」
少し時間が経って、友人の方が口を開いた。
「どうする」
「どうするって、なにが」
私は応じながら、目の前の扉を見ていた。黒く重苦しいその扉の向こう側からは、物音など何一つ聞えないかのようだった。
「決まってるじゃないか。これからのことだよ」
友人はそう言って、扉の方に近付いた。
「この扉を開けるか、どうかだ」
友人はおそるおそる扉の取っ手に手をかけたが、それを動かす勇気はまだないようだった。
「どうだ、取っ手は」
「うん?」
私は手持無ち沙汰の時間を埋めるように、そう聞いた。
「そうだな、ひんやりしている」
友人は律儀にそれに答えた。
「馬鹿なことを聞くなよ。こっちは緊張してるんだぞ」
少し怒ったように言う友人だったが、なおもその手は動かないでいる。
友人自身、ここからどうしていいのか分からないという風だった。
「招待状か……」
私は、さきほど案内の彼が去り際に残した台詞を思い出していた。
「やはり、これのことだろうか」
そう言って、私は鞄の中の招待状を取り出した。友人を誘う文句のあった追伸も、そのままにしてある。
「それをよく読めって、あの男は言っていたよな」
友人も、さきほどの彼の発言を覚えていたようだった。
「ああ……」
私はもう一度、招待状を眺めてみた。何の変哲もないといえばない。いい紙が使われている。私に分かるのは、そのくらいのことだ。
「それにしても、不親切な話だよなあ」
友人がこちらへやってきた。扉を開けるのは、一旦やめたらしい。
「いきなりこんなものを送りつけておいてさ。ろくな説明もないのだもの」
友人が追伸の紙をひらひらさせながら、もてあそぶ。
「これじゃあ、時間に遅れちゃうぜ」
そういえば、と私は再度招待状を見た。予定されている時間まで、あといくらもない。
「おい、どうすればいいんだろう」
私は困った顔で友人に問いかけた。
「知るもんか。その招待状にきいてくれよ」
そう言って、友人は追伸の紙を扉に近付けた。
「おい、遊ぶなよ」
私が友人に注意する。
しかしその時、妙なことが起こった。
友人が手に持っていた追伸の紙は、まるで磁石に引き寄せられるかのように、扉の正面に貼りついてしまったのだ。
友人は不思議そうな顔をして、私の方を見てきた。そうして壁についた紙を、どうにかはがそうとした。
だが、紙はピタリと貼りついて、なかなかはがれない。
とうとう友人は、それをはがすことを諦めてしまった。
「妙なものだな」
友人がその紙を眺める。
「どういう仕組みなんだろう」
友人が紙を触る。紙は、壁にすき間なく密着している。
「中になにか練り込まれていたのかなあ」
私も紙を見て触ってみる。良い障り心地だ。
「まあ、そんなことはいいんだが……」
友人は、なにかを考え込んでいるようだった。
「この紙がこうなるようにしたのは、きっと何か意味があるんだろうな」
「意味かい」
私が聞き返す。
「ああ」
友人は顔を上げた。
「たとえばだ。この紙自体が、この扉を開ける鍵になっているんじゃないかな」
私は、まだぴんとこなかった。
「というと、どういうことだろう」
友人は、なおも話し続けた。
「実はな、俺がさっき扉に手をかけたとき、開けようとして力を込めてたんだ。だけど、びくともしなかった。あれを開けるには、何かをしないといけないんだよ」
友人が貼りついた紙を見る。
「それが、おそらくこの招待状だったんだ」
「なるほど」
私はそう言われていちおう納得した。友人は妙に堂々とした態度をとっている。
「それじゃあ、開くかな」
私がそう言うと、友人はふたたび扉に手をかけた。
力を入れている。しかし、扉は少しも動かない。
「うーん」
友人がうなる。
「うまくいかないな」
彼は、こちらを振り向いた。
「そっちの招待状も、必要なのかもしれない。俺のはあくまで、追伸だったから」
「それもそうだな」
私は持っていた招待状を見た。
「これも貼ってみるか」
そう言って、私は招待状を扉に貼りつけた。
一瞬、何が起こったのか私には分からなくなった。
突然目の前が真っ暗になったのだ。友人も驚いているのか、声を出さないでいる。
(電気が消えたのだろうか)
私はそう思いながら、扉の感触をたよりに、自分の位置を確認した。
すると、私が扉に体重をかけるのに従って、扉は少し動いた。
もしやと思って、扉を押してみる。そうすると、扉はギイという音を立てて、重々しく開いていった。
「おい、扉が開いたぞ」
私は友人に声をかけた。
だが、暗闇の中にいるはずの友人はなにも答えずにいる。
私は少し不審に思いながらも、興味はようやく開いた扉の方に吸いよせられていた。
恐る恐る、開いた扉に近付いてみる。扉の中にも、明かりはついていないようだった。
(どうするべきだろうか)
私の中には、一瞬の迷いが生じた。
招待された建物が、停電になる。これはまぎれもなく異常な事態だ。おまけに、声を出さないだけかと思っていた友人は、どうにもその気配が感じられない。
(帰ってしまおうか)
そんな思いやりのない考えも頭に浮かんだが、友人を見捨てて帰れるはずもない。
おまけに、案内の彼がたどってきた複雑な道順を、この暗闇の中でたどっていくというのは、どうしても無理なことのように思われた。
(ふーむ)
私は一人静かに思案した。
冷静に考えてみれば、この扉の前から動かずに、明かりがつくか、あるいは誰かの助けが来るのを待つのが得策だろう。なにしろここは、初めて入る建物の中なのだ。どんな危険があるか、分かったものではない。
しかしその一方で、私は扉が開いたという事実に心をひかれていた。あの扉が開いたのは、私たちが招待状と追伸を貼りつけたためだということが、私には感じられた。
もしそうであるならば、あの扉の向こうにこそ、この状況を打開するヒントが隠されているのではないだろうか?
「…………」
私はそれでも黙っていた。
「………暗いところは苦手なんだ」
私は友人が返事をしてくれないとは分かっていながら、そう呟いた。しかし、あたりの暗さは、私の目が慣れてきたこともあってか、少しづつやわらいでいくように見えた。
私はまた黙って、考えをめぐらす。
友人だったら、何と言うだろうか。
私の脳裏には、彼のおどけたような、気楽な顔が浮かんだ。
先ほどから、私は黙りながら、扉の近辺を歩いていた。
友人がいたあたりを探ってみても、彼とはぶつかることがなかった。
友人は、まるで魔法のように消えてしまったのだ。
こうなった以上、わたしをここに引き留めておくべき理由など、なにもなかった。
私は、扉の向こうへと足を踏み入れた。




