脱走
恐らく食事のためだろう、草食恐竜を追いかけて走りくるティラノサウルス。それに恐怖をなしたのか何台かの車から銃が放たれる。それを煩わしく思ったのか手前にある車...つまりこちらに狙いを定めて追ってくる。
「不味い、完全に狙いがこちらになった...!」
「フン、カマウモノカ!『これでも食らえ、クソトカゲ!』」
軍人が放った弾丸はしかし強固な皮膚に阻まれてまるで目の前の恐竜には聞いていない。そのまま草食恐竜に囲まれスピードの出せない俺たちに追いつき、突進をしてくるティラノ。その衝撃で車体が揺れる。
『ちっ!くそ、くそ!効いてねぇのか、このクソトカゲ!』
ダンダン!と放たれる弾丸。その音に怯えて周囲の草食恐竜は逃げていく。それにしめたことかと運転手はそのまま車の速度を上げる。それにより少しずつ離されていくティラノサウルスが悔しそうに声を上げる。
車内に漂う安堵の雰囲気。しかし、ティラノサウルスがあんなに簡単に諦めるか?と俺は疑問を抱き...ふと横の窓から見える巨体に体を震わせる。
「横だ!」
「う、うわぁぁぁ!?」
ドンッとぶつかってきた2体目のティラノサウルス。それにより左に傾いた車に今度は左からの衝撃。そう、ティラノは三匹いたのだ。連続できた横からの衝撃についに耐えきれなくなったのか横転する車体。それと同時にティラノが一体のしかかり運転席の方から悲鳴が上がる。その声に車内にいた軍人が全員出払う中、俺は横転した車内の中で気絶している白崎を起こしていた。
「う、うう...。中村君...?」
「大丈夫か、白崎?このままだとティラノに食われるだけだ、早く車内から脱出しよう」
「え!?でも...」
瞬間響く軍人の声。その声には聞き覚えがある。先ほど俺に怒鳴った兵士だ。恐らくは、もう...。
「このままだと全滅だぞ!?お前らも、ティラノが軍人に気を取られている今のうちに逃げるしかないんだよ!」
俺のその声が響いた途端、ティラノが荷台を突き破り1人の生徒を咥えていく。その光景を見て一目散に逃げていく生徒達。
「ほら、俺たちも」
「う、うん...」
そうしてそろりそろりとにげていく俺たちは、しかし運が悪かったのか軍人に見つかってしまう。
「オマエラ、ナニヲシテイル!」
「不味い白崎、走れ!」
『ちっ、ガキがいい気になって...!』
仕方なく実銃を構えた軍人が放った弾丸はしかし割り込んできたティラノに当たり無事に中村に当たらず2人を含む生徒達は森の中へと姿を消していく。
『何だと...?ちっ、悪運の強い...!』
銃撃戦が勃発する中、森の方を恨めしげに見ながらその軍人は目の前の脅威へと新たに向き直った。
走る、走る。目の前には俺と同じく走っている白崎の姿。周りの生徒はどこへ行ったのか今は1人もいない。そうして走り続けて、銃撃の音もティラノの咆哮の声も聞こえなくなったところで俺たちは足を止めた。
はぁはぁ、と荒い息を整える。そんな中コンパスを見れば、どうやら俺たちは東に走ってきただろうことが分かる。
「どうやら、逃げ切れたようだな...」
「う、うん...!そう、だね...!」
「...ふぅ。やっと息も整ってきたか。ここにいたらティラノ達に会うかもしれない、移動しよう」
「移動って、でもどこに?」
「...少なくとも、空からも遠くからも見つからない場所」
そうして移動していた俺たちは少し歩いて大きな川を見つけることに成功した。
「わぁ、川だ!」
それに嬉しそうに近づこうとする白崎を俺は止める。
「待て、白崎!」
「ど、どうしたの、中村君?」
「あのなぁ、ここは何処かもわからん土地だぞ?しかも恐竜が蔓延る、古代の大地だ。となると、川にだって危険な生物がいるに決まっているだろう?」
「そ、それもそうだね。でも、大体は川の中にいるんじゃないの?」
「まぁそれはな。でも、陸上にいないわけじゃない。例えば...あんなのとか、な」
俺が指差す先...川の近くにはティラノサウルスよりは小さいが、しかしそれよりも長い腕と、何より巨大な爪を持った二足歩行の生物。
「あ、あれって...?」
「多分だけど、テリジノサウルス。一応は草食の生物だな。特徴は当然、あの長い爪」
テリジノサウルスは川に近づき、その2メートルはある爪で川をなぞっている。
「何をしてるんだろう...?」
「テリジノサウルスは草食と言われているけど、その実魚を食べていたとされる説もある。はたまた雑食だったのではとされる説も。まぁ歯の構造的に草食説が唱えられてるけどな」
やがて狙いを定めたのか、勢いよく手を振りかぶるテリジノサウルス。現実の熊のように片手を振ると、一匹の魚が岸に打ち上げられる。そうしてそのまま岸に上がると魚を咥えて捕食した。
「...まぁ、思いっきりあのテリジノサウルスは魚食ってるけど」
そもそも恐竜の研究なんていい加減なところもあるしな...スピノサウルスが最近では四足歩行になったり。
そう思考しているうちにテリジノサウルスは森の中へと消えていく。
「白崎、今のうちに行こう。とりあえずは川を上っていけば何処か水源にたどり着くはず。高台にいけば取り敢えずはここが何処か分かるだろう」
「うん、分かった」
そうして俺たちは川の上流へと向かい始めた。