その8
数分後、ボコボコにされて顔を赤く腫らしたシオンは正座させられていた。
「はぁ……あのさぁ。あのオモチャは空の魔法陣を展開するの。だから中に魔力を注いで魔術を唱えれば簡易的なモノに限られるけど発動するわけ。そこまでは分かるな?」
「はい……」
現在、クリス先生による地獄の魔術講座が絶賛開催中であった。参加者は落ちこぼれ1人。居眠り禁止。私語は許されず、発しても良いのは「はい」の一言だけ。破れば指示棒代わりのスコップが飛ぶ。
これはシオンのあまりの迂闊さにキレたクリスの特別授業である。
「で、さっきソフィアさんが言ってたと思うけど、魔物の作った建造物は対魔術の性質を持つし伝播する。これはコーティングされた魔術が……まぁ、説明すると長いからカット。ちょっと違うけど大体最初の一文程度の理解で良い」
「はい……」
「で、空の魔法陣の上にそんな建材を乗せたせいで魔力が伝播してスタンバイ状態になった。それだけなら、いい。だーれも魔術を唱えないから」
「はい……」
「で、よりにもよって条件が揃えば自動的に発動するコアを……よりにもよって! その上に捨てるとか! だから上から物捨てんなっつってんだろがアアア!」
「はい……」
「まぁまぁ、クリスちゃん。シオンちゃんも悪気があった訳じゃ……」
「当然ですよ! 悪気あってこんな事してたらこの程度じゃ許さないんですから!」
ヒートアップしたクリス先生はソフィアですら止める事は出来ず、放っておけば更なる体罰に繋がるかと思われたが———。
「あのさ……」
意外な事にストップを掛けたのはシオンだった。普段なら、それは火に油を注ぐ行為となるので黙っている場面だが今日は慎重に口を開く。いつものように無駄口を叩かないように言葉を選んで。
「あ゛ぁ゛!? アンタに発言権はない!」
「いや、その……後ろ……」
「はぁ? 後ろが何? はっきり言いなさいよ! アンタらしくない!」
煮え切らないシオンの態度にクリスの怒りのゲージは更に上がり、胸倉を掴んで今にも殴りかからんばかりの勢いだ。だが、先に彼の言葉通り後ろを振り向いたソフィアの「く、クリスちゃん! 後ろ後ろ!」と言う声で後ろを振り向く。
「何ですか、ソフィアさん……って、あ」
彼女の視線の先には形成完了寸前のゴーレムが鎮座していた。授業に夢中になり意識の外に弾き出している内に自らを成長させる事に余念がなかったのだろう。そこの落ちこぼれ野郎とは雲泥の差だ。それが今、喜ばしいことではないが。
「やっば……壊さないと!」
シオンを捨て、手にしたスコップの側面で藁を切り裂くように振るう。その勢いの前では藁程度ならば一刀……もとい、一鍬両断。事態は即座に集結に向かう——はずだった。
クリスに多少の慢心があったのだろう。藁如きに全力を出すまでもない、と。そんな気の緩みがあったのだろう。別にコアを狙わなくとも真っ二つにすれば動かなくなるだろう、と。
その2つが合わさった結果、両断とはいかず身体の半身で止まった。止まってしまった。
「えっ、なっ……!?」
中途半端に断ち切られ断面から触手のように蠢く藁が、自らの傷を治すように繋がり、ついでと言わんばかりにスコップをクリスの手から掠め取った。そして、攻撃を加えられた事で敵だと判断したのかまだ形成しきっておらず、動くなんて思わなかった相手からの意外な反撃に体勢を崩した外敵へ、その頑強そうな腕を振るう。
「しまっ……」
立て直す暇もないクリスの横を後ろから突然、彼女に攻撃が当たるよりも早く石の斧が不規則な軌道を描きながら飛来し、そのままゴーレムの腕を叩き壊した。
「大丈夫かい、クリスちゃん。ケガはない?」
それはソフィアが魔術で作った物だった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます……助かりました」
「ちょっ、余所見してる場合じゃねぇ! 回復してる! 回復っ!」
シオンの言葉に2人はハッとしてゴーレムに向き直る。彼の言葉通り、破壊された断面から出た藁が触手の様に不気味に動いて残っていた藁を掴んで腕を再形成していた。
「クリスちゃん、どうしよっか?」
「もうなりふり構ってられません! 燃やしましょう!」
「うん、分かったよぉ」
クリスの言葉に頷いたソフィアは、右手にレコード程度の大きさの赤い魔法陣を展開し、一言呟いた。
「"燃えろ"」
そして、そのまま右手をゴーレムに向けて突き出す。魔法陣は彼女の手を伝って離れ途端に大きくなり、その中心から外敵を焼き払わんと火炎放射器のように炎を放つ。
「うおおおおおおっ! やっぱかっけぇ! いけー! 灰も残すなー!」
派手な見た目に負けず劣らず威力も高い。魔術に耐性があるとはいえ、所詮は藁で出来たゴーレム。流石に耐えきれない……かと、思われたが。
「……なんか、押されてね?」
「あらら、威力を抑えたつもりは無いんだけど……おかしいねぇ?」
猛烈な炎を受けても燃え尽きる事は無く平然と、逆に押し返してズンズンと進んでくるその姿はただの巨大な藁人形とは思えず、もはや何か別の化け物にも見えてしまう。
「このっ!」
それを見てまずいと思ったクリスは懐からナイフを取り出し、コアがありそうな場所目掛けて投げるがその進撃を止める事は出来ない。
「止まれッ! この藁人形風情がッ!」
ヤケクソ気味にバッグの中身をぶつけるが、効果があるようには思えない。ただただ貴重な道具が絡め取られていくだけ。
「あぁ! もう! これならどう!」
「ちょっ、お前っ!?」
「きゃっ……!?」
頭に血が昇り周りが見えなくなったクリスが爆弾を取り出し、止める間も無く口でピンを抜いたのを見ていたシオンはこの後に起こるであろう爆風からソフィアを庇うように抱きしめる。それにより魔術が中断され、炎が掻き消えた。
「くたばれッ!!」
怒りの咆哮と共に放たれた爆弾はゴーレムの眼前で爆発し、熱波と爆風そして轟音が3人を襲う。
「痛っぅ……大丈夫っすか、ソフィアさん……」
「けほけほ……うん……だいじょーぶ。大丈夫よぉ」
多少煤けているが無事そうなソフィアの状態を確認してからシオンはクリスに突っかかった。
「お前何してんだよ!」
「ご、ごめん……ちょっと頭に血が昇った……」
怒るシオンと謝るクリス。先程とは真逆の光景になんだか妙な感覚を覚えながら、シオンは説教を続ける。それも、ちゃんとゴーレムを処理したと思っていたからこそ。爆風で舞い上がった砂煙の向こうには藁の残滓が残るだけだと思っていたからこそ。だから、そんな悠長なことが出来るのだ。
「お前は自分の攻撃じゃ傷つかねーんだろうけどよぉ! 俺とソフィアさんはちげーんだよ!」
「……返す言葉もないわ」
「まぁまぁ、こうして無事に終わったんだから、ね? 今は後始末、どうしようか考えよぉ?」
「よくねーっすよ!」そんな言葉と共に更なる怒りをぶつけようとした瞬間、不意に一陣の風が駆け抜け、砂煙を奪い取っていく。
「あ」
「えっ?」
「嘘、でしょ……」
爆風のベールの向こうには、所々解れが見えるが未だに五体満足のゴーレムが平然と立っていた。その手にはいつ拾ったのか、先程投擲されたソフィアの石の斧が。違いがあるとするなら何故かべったりと血が滴っている所だろうか。
「……あっ! シオン!? 腕が!」
どうやら風は斧を振った際に出来たものらしい。その一撃はクリスを非難するために彼女に向けられていたシオンの両腕を綺麗に……いや、切るよりも殴るのに特化した石の斧。どちらかといえば勢いだけで乱雑に千切り落としていた。地面に弾け飛んだ肉片と血が、その威力を3人に教えてくれている。
「……これって、ヤバいよな?」
シオンは痛みを訴える事なく開口一番、そう冷静に呟く。
「いや、違うわ。これは、かなりヤバいのよ……」
クリスの言葉の後に3人が目を見合わせて頷くと、再び彼女が口を開いた。
「撤退!」