その6
仕事の始まりとはいったものの爆破物や魔術が使えないので絵面は酷く地味だ。
「とりま屋根剥がすか……」
シオンはだらだらとカバンを探る。出てくるのは空の水筒、手榴弾のような爆弾、プラスチック爆弾もどき、ダイナマイト風の爆弾……
「あったあった」
何個かハズレを引いた後にカバンからとある物を取り出す。それには刃とハンドル部で構成されたAのようなシルエットをした、いわゆるボルトカッターと呼ばれる工具。
まだ2人しか居なかった頃の掃除屋で針金や鎖を切るのに役に立つと思い、シオンが提案し、リューナクの知り合いの鍛冶屋に作ってもらった物。なのだが、正しい知識があるわけではなく工事現場を通り過ぎる時やドラマ等でぼんやりとしか実物を見た程度しかないため、鍛冶屋への説明は恐ろしく雑だった。
————ぼるとかったー? そいつぁはどんな武器だ?
————えーっと、確かデフォの状態だと刃はぴっちり閉じてて、ハンドル上げると開いて、硬いものを挟んでもっかい閉じると簡単に切れるやつ!
————さっぱり分からん!
ともあれ、こんないい加減な説明でもそれなりに形になっているので大体の金属は切れる。鍛冶屋様々だ。まぁ、その皺寄せとしてなのか本来のボルトカッターに付いていて然るべき『刃の調整機構』は無いし、現代の主流から退行してハンドル部含め完全鋳造品のためかなり重い。
「危ないから気をつけてねぇ」
「あざっす! ソフィアさんも気をつけて!」
「何とかと煙は高いところが好きって言うし、というかアンタなら大丈夫でしょ。落ちても」
全てにおいて失礼なクリスの呟きを無視して、シオンは再び梯子を登っていく。正直な事を言ってしまえば、彼ら彼女らにとってまともな解体業の経験は殆ど無い。シオンの言葉を借りれば、大体は「爆弾でボン」……つまりは爆破解体が掃除屋のメインだからである。今回のように爆弾の使えないイレギュラーの依頼へ対処は『まぁ、上からやるか』くらいの方針しかない。素人同然だ。そもそも掃除屋自体が、競合相手のいないであろう独占事業を狙った考え無しの思い付きなので仕方がない。
「さて、私たちもやりますか」
「頑張ろうねぇ」
シオンが梯子を登るのを見送った後、女性陣2人は呪術的な装飾や食べ物の残骸を片付けを始めた。
「くっそ……無駄に重いなコレ。解体のオッチャン達、こんなん持って作業してんのか。やべーよ、ゴリラじゃん」
一方、息も絶え絶えで梯子を登り切ったシオンは、実物はもう少し軽いボルトカッターもどきを見ながら、おそらく過去に見た事のある作業員の方々を少ないボキャブラリーで賞賛する。側から見れば褒めているのか貶しているのか分からない。
少しばかり息を整えた後、ごろりと横になって天井を見回す。
「あー、めんどくせぇなぁ……屋根、藁で出来てるっぽいし、苔とか雨とかで重くなってそうだよなぁー」
寝転ぶと見える、一見乱雑に組まれた下地の木々が明らかに解体が面倒な事を告げていた。それを見てソフィアの前ではそれなりにあったやる気が途端に急速に萎れていく。
ともあれ、このまま寝転んでいた所で終わらないので、重くなった腰を上げて柵に足を掛けて屋根に登る。
「あーあ、やっぱめっちゃ苔ぇ……」
命綱の類はつけていない。足を滑らせれば3メートル程の高さから真っ逆さま。普通なら命はないだろう。その事を本人が気にしてる様子は見受けられない。
「えーっと、あっちに2人がいるから……こっちにポイっと」
シオンは下を見て、クリスとソフィアのいる場所とは反対の所にポケットから取り出した魔法陣の模様が描かれた石を落とす。それは地面に接触するとパリンと小さな破裂音と共に、石に描かれていた模様と同じ、だが大きさは元と違い半径2メートルほどの、いわゆる魔法陣と言われるものを展開する。
これもネックレスと同じようにリューナクが用意した道具……ではなく、どこの店でも売ってる魔術道具だ。地面に大きな魔法陣を展開する『だけ』のもの。子供の大魔術師士ごっこでよく使われ、値段もそれ相応。そのため『足元注意』『頭上注意』『侵入禁止』等、とりあえず近づくと危険である事の警告として掃除屋(主にシオン)に愛用されている。
「あそこに落としてくか」
本人の性格を表したかの様に大雑把に、藁を掴んで魔法陣に投げ捨てていく。投げ捨てられた藁の束は、彼の予想通り雨を含んで重くなっているため風に流される事なく、目標地点付近に落ちる。一応、それを確認して再び藁を掴む。これを藁葺きが無くなるまで繰り返す。酷く気が遠くなる作業だ。
「ちょっと豪華な飯……いい感じのケーキ……綺麗なおねーちゃん達のいる店ぇ……」
そういう時にシオンは給料が入ってからやる事を考えて、出来るだけ無心で手を動かす事にしている。
「……ん?」
半分ほど剥がした頃、ふと下の面々が目に入った。
「はい、クリスちゃん。あーん?」
「あ、あーん……うん、美味しいです」
「よかったぁ。さぁ、たーんとお食べー」
クリスとソフィアがご丁寧にシートを広げて一緒にお弁当を食べている光景が。
「ちょっとちょっとちょっとッ!? 何してんのォォォ!?」
落ちるような勢いで降りて来たシオンにクリスはにべもなく「昼ごはん」と告げる。
「見たら分かるわ! 俺は!?」
「シオンちゃんのもしーっかり拵えとるよぉ」
「あ、あるんだ。あざまーす! ……じゃなくて! なんで呼んでくれねーのさ!」
「呼んだっての。でも、アンタ全然降りてこないし、返事の代わりに藁の束みたいなの落とすしタイミングが悪いのかと思ったのよ。つーか、上から物落とすなアホ」
「……呼んだの? マジで?」
ぽかんとしたシオンの呟きに2人はうんうんと頷く。邪念はあれど自分が思っていたより無心で作業していたようだ。
「そういう事だからシオンちゃんもお昼にしましょ?」
「そ、そっすね! あー! 俺もう腹ペコっすよー!」
「まったく……」
シオンはちょっとだけクリスから離れて座り、広げられた弁当に手を伸ばす。
「で、進捗は?」
野菜しか入っていないサンドイッチを取ろうとしたタイミングで飛んできたクリスの指摘がそれを邪魔してきた。
「クリスちゃん? ご飯の時にお仕事の話は……」
「しますよ。このアホが終わらないと私達が進まないんですし」
こっちは大体終わったんだからと、彼女が顎で指した方向には分別されたゴミが纏められている。だからこそ、手持ち無沙汰になったことで早めの昼食にしたんだろう。
「半分くらい……」
「おっそ」
「しゃ、しゃーねえだろ! 俺はお前と違って服の下バキバキな訳でも、ソフィアさんみてーに魔術が使える訳でもねーんだから! アレ、見た目より重いんだよ!」
「まぁ、仕方ないか」
そう言いながらクリスは今しがたシオンが取ろうとしていたサンドイッチを掠め取り、ギロリと急かすように睨みつけけてから一口齧る。彼女の刺すような視線に少しばかりバツが悪そうな表情で掴む対象が無くなった手を下す。別に食べるな、とは言ってないが何となく食欲が減衰したらしい。さっきはああ言ったがそこまで空腹でないようだ。
「まぁまぁ、2人とも喧嘩は止めて? はい、シオンちゃん、あーん?」
なんとなく悪くなった空気を和らげるようにソフィアがシオンに先程クリスにしていたようにサンドイッチを向ける。
「あーん! んー! 美味いっす! 可愛いソフィアさんがあーんしてくれたからなおさら!」
「ふふっ、シオンちゃんは冗談が上手ねぇ。はい、もうひとつ。あーん」