その4
「……素晴らしい! エクストリーム!! サイコオォォォ!! 最高にクレイジィで、最強に面白いよ貴公ら!!!」
「うおっ、ビックリした!?」
固まっていたキャプテンは、急に大声で喚き散らしながら再起動する。
「あ」
そして、先程までとは考えられない程のスピードで接近し、クリスの手からシオンの生首を掻っ攫う。特に大切な物でもなかったので、しっかり持って無かったのが原因だろうか。
「ねぇ、ねぇ! 貴公! それはどうやってる? スゲー! モノスゲェ!」
「ちょっ! 離せ! はーなーせーや!!」
「ああ、サイッコぉぉぉ!! インスピレーション爆上がりィィィ!!」
キャプテンはシオンに頬擦りをしながら、首の断面を優しく撫でる。血管や骨の感覚を指で確かめるように。血に濡れる事も厭わずに。
「クリスッ!! ねぇ、クリスゥゥゥ!! 助けろ……あいや、助けてェェェ!! コイツ怖い! 怖いよォォォ!!」
「……えーと、ごめん無理。これは私もちょっと怖い」
絶頂か鬼気迫る。彼女の表情を表現するならそのどちらか。ともあれ、そのどちらであっても怖い事には変わらない。
芸術家のインスピレーションがここまで昂るとこうなるのか。邪魔したら殺されるまであるかもしれない。
「フーッ! フーッ! フゥゥゥッ!! こうしちゃいられない! この勢いのままに最新作を作らねば!! 」「うおぅ!?」
もう人語すらも忘れたように叫んだキャプテンは乱暴にシオンの首を投げ捨てると、腕に魔法陣を何重にも展開する。
「させるか————ッ!?」
呆然としていたクリスも、それを見て流石にその行動を妨害ために走り出すが、急に何もないところですっころんだ。その足元にはキャプテンの助手『だったもの』の手。その手が地面に根でも生えたように動かず、がっしりとクリスの足を掴んでいる。
「マイボディ……俺はここだぞぉ……助けてぇ……」
もう1人、妨害可能であるシオンの体は、もう使われてないトロッコの山に引っ掛かった自分の首を取ろうと四苦八苦していた。つまり、もう誰も彼女の芸術活動を止める者がいないという事だ。
「死は終わり! それは不変にして唯一の定義!! だが、違う! 違かった! ワタシの視野は狭かった!!」
自信の腕を思い切り地面に叩き付けると、その部分を中心に大きな円を描くように地面が削れた。
「そう! 死は終わりではない! 始まりなのだ!! 命の辿り着く果てのスタートライン!! くふふふ! その先には何があるのだろうか!」
円の内側の地面は崩れ、物理法則を無視して『空』へ『落ちて』いく。
地面があった場所に広がるのは無限の銀河を思わせる暗黒空間。果ては見えず、光すらも見えない。ずっと見ていたら魂すら吸い込まれてしまいそうな闇だ。
「ワタシはそこに無限を見出した! アインソフ! エタニティ!! インフィニティ!!! 貴公らのおかげだ掃除屋諸君!! ワタシの発想はこの無限のカオスの釜に辿り着けたのだ!」
この暗黒の宇宙は彼女が語るように『新たなる芸術を生み出す』釜でもあり、『生み出した芸術を連れて来る』門でもある。
「これが私の『Y.O.L.O!』!! 命の辿り着く最果て!! さぁ! 歴史に刻む最高傑作を刮目せよ!!」
————それでは、ご覧頂こう!!
最高のキメ顔で、最高の演説をした(つもり)のキャプテンはオーディエンスである掃除屋に目を向ける。さぞ感動しているのだろう、と。
「……」
だが、クリスはかなりの不意打ちで思いもよらぬ転倒だった事と、顔から突っ込んだせいか気絶しているし、
「マイボディ……多分もうちょい、もうちょい……」
シオンは引っかかった角度が悪く、そもそもコチラを見ていない。
「な、何て間がわる……ん? あれこれワタシのせいか?」
少し悩んだが、まぁ良いだろうと思い直して萌え袖を今日イチの速度で上下に振り回す。
残念だがオーディエンスは自分一人で充分だ。世紀の芸術がもう少しで顕現するのだから。
「いでよ! 名付けて、ヨグ「そこまでだ。やりすぎだよ、『キャプテン』? 」
『何か』が現れる前に、色とりどりのペンキが大量に門へと降り注いだ。
暗黒の空間はたちまち大量の色彩に埋め尽くされる。崇高な無限の彼方すらも、この俗物的なな超限の極彩色の前では例外ではない。
「ヒェッ!? 『サラスヴァクシー』……」
「君の『Y.O.L.O』は否定しない。だから、街にオブジェを置くのは邪魔しなかった。それでも『これ』は違うだろう?」
『何か』の苦しげな声に呼応するかの様に、『落ちて』いた地面が元に戻り、そこには何も残らない。元通りだ。
「な、何が起こってんだ……?」
音だけは聞こえるが、今だに首が明後日の方向を見ているシオンには意味が分からない。
いきなりぶん投げられたと思えば、キャプテンが叫びながら何かをしようとして、それをクリスが止めに入るが何らかの攻撃を受けたのか沈黙。
そのまま再びキャプテンがベラベラ喋ったかと思えばすごい轟音。かと思えば青年の様な声が聞こえてきて、再びすごい轟音。
「う、うぅ……ワタシの最高傑作がぁ……」
そして、最後に啜り泣くキャプテンの声。このめくるめく変わる状況の連続に、ただでさえ見えないシオンの理解は追いつくどころかスタートラインにも立ていない。
「おっと、悪いね。我々の仲間が粗相をしたようだ」
これはお詫びだ、と声の主————『サラスヴァクシー』が指を弾くとシオンの首は独りでに動き出し、そのまま身体にゆっくりとくっついた。
「お、おぉ……ありが————」
助けてくれた彼に礼をしようと振り向いた瞬間、身体が麻痺して地面に倒れ込む。
「礼には及ばないよ。それでは帰ろうか、『キャプテン』。今日はお説教だ」
「ぴぇぇ……やだぁ……」
麻痺に体を蝕まれる刹那、シオンの目に写ったのは引きずられるキャプテンの姿と、サラスヴァクシーと思われる青年の後ろ姿だった。
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「……おーい、クリスー? 生きてるぅ?」
『Y.O.L.O!』の面々が去って後、痺れが抜けたシオンは気絶したクリスを揺する。
「ん……ん? ここは? ……ッ!! あのイカレポンチは!?」
「帰った。保護者同伴の下でな」
「は!? 何? どーいうことよソレ!」
飛び起きたクリスはシオンの言葉の意味が分からず、問い詰める様に彼のパーカーの首元を掴み何度も何度も揺らす。
「ま、待て! せつ、説明する、するから! 離せや!」
激しく揺さぶられながらも、シオンはこれまでの経緯を説明する。だが、ちゃんと見えていないので断片的な状況しか話せなかったが。
「意味分かんない……マジでアイツら何なのよ……」
「俺も分からん……見えんかったし。つーか、何でお前気絶してたん? 見えんかったからよく分からんが、ビターンって音したけど何されたん?」
「……ンな事はどうでもいいでしょ。私だってやられる時はあんのよ」
そんな事より、とクリスは話を誤魔化すためか別の話題を振ってきた。
「何でアンタ、脳天にカード刺さってんの? 新しいファッションか? だとしたら終わってんな」
「えっ? 脳天に、カード? ……うぇ!? マジじゃん! いつの間に!?」
彼女の言葉に、頭のてっぺんに手を当ててみると確かに何か刺さっている。しかも、結構しっかりと。ざっくり。
流石にゾンビと言えどこれくらい刺さっていれば痛いはずなのだが、麻痺してる時に刺さったのだろうか?
「何これ……あっ、裏に何か書いてる」
少し痛かったがカードを引き抜く。そのカードは彼らが着ていたカラフルなパーカーと同じくペンキをぶち撒けたようなデザインをしていた。
「なんて書いてんの?」
「えーと、ちょい待てよ……」
————此度は大変なるご迷惑を。いつか、必ずお詫びを致します。
貴方のたった一度の人生に多大なる幸在らん事を。
『サラスヴァクシー』
「だとさ」
「……ホント、アイツら何なのよ」
謎の男からの短い謝罪の言葉に込められた『お詫び』。これは額縁通りの物なのか、はたまた『お礼参り』の意味なのか。何はともあれ妙な奴らとの妙な縁が出来た事に、クリスはただでさえ転んだ時にぶつけた頭がもっと痛くなる。
「知らね。でもキャプテンの奴はコイツにお説教されるみたいだし、妙なオブジェも無くなるんじゃねーかな」
「ならいいか……って、それってつまり、依頼が減るからあんまり良くないんじゃないの?」
「あっ」
当然の帰着にしばしの沈黙。
「サラスヴァクシー!! キャプテンには程よく邪魔な所で! 俺らに依頼が来そうなオブジェを! 程よい頻度で創るように言い聞かせといてェェェ!!」
そして、シオンは遠い空に向かって結構身勝手なお願いを叫ぶ。その声は採石場に響いたが、『Y.O.L.O』の面々に届く事が無かった事を知るのは、同様の依頼がパッタリ来なくなった来月の事だった。




