その3
「ほ、ほげぇ……ワタシよりミニサイズなのに……つ、つえぇぇぇ……」
「あんだけ息巻いたクセにもう終わりか? なら、さっさと帰んなさい。邪魔だし」
数分後。そこにはシオンの予想通りボコボコにされたキャプテンがクリスに踏まれた哀れな姿を晒していた。このあまりにも順当な結果に、逆に最初に綺麗なボディブローを貰ったのに心折れず、その後に数分も持ったものだと感心してしまうくらいだ。
「ふへ、ふへへ……ふへへへへぇーー……」
敗北確定のこの状況で、キャプテンは何故か不敵にもニヤけていた。
「……何のつもり」
「貴公は、まだ気付いてないようだなぁ?」
「はぁ?」
何もおかしな所は無いはずだ。だが、やはりジャグマの例があるため、クリスは少し考える。それでも特に妙な事は無かった。
殴った感覚も普通。今現在踏ん付けている足から伝わる感覚も同じ。そもそもキャプテンが何かしようと動いた予備動作を潰してきた。何も無いはずだ。あのオブジェも壊したし。
「……シンキングターイムゥ。ごー、よーん」
それでも、悠々と彼女は歌うように謎のカウントダウンを始めた。その表情からは余裕すらも感じる。
「……ちょっと、今の状況分かってんの? その口閉じないと無理矢理にでも黙らせるわよ!」
カウントが減るのに反比例して、クリスの怒りのボルテージが上がっていく。
「さーん、にー」
「ハッタリだとでも思ってる? ここまでされといて、そう思えるなら何処までもお花畑ね?」
言動は冷静を装ってはいるが声色からは怒りが滲み出して、その言葉が嘘ではないと誰が聞いても分かるだろう。
「いーち、ぜ「黙れっつってんだろが!」
カウントがゼロになる直前、怒りのボルテージが頂点に達したクリスの渾身の蹴りが————キャプテンの後頭部を『破壊』した。
「……ッ!?」
「う、うぉっ!? お、お前! 何してんのッ!!」
「ち、違ッ!? そんな力入れて……いや、結構入れたけど! 人間壊すほどじゃ「ふへへへへへへぇーー……」
ビビり散らかしたシオンの突っ込みに、錯乱気味に言い訳をするクリスの足元からキャプテンの笑い声。
よく見れば、砕けた彼女の後頭部には何もない。そこには空洞だけが覗く。
「こ、コイツも……石像……?」
「ディドゥ、ノット、ノーティス……やぁっぱり、気付いてなかったよねぇ。誰も。ダレも。だぁれも。『Y.O.L.O!』のメンバーでさえ、ワタシの正体に気付けないんだぁかぁらぁー」
キャプテンは先程までのコロコロ変わっていた表情から一転して、不気味な笑顔を貼り付けてケラケラと笑っていた。
その異質さに、思わずクリスは飛び退いてしまう。
自らを押さえつけていた邪魔な足が無くなり自由の身になったキャプテンは立ち上がり、先程と同じように萌え袖をブンブンと振り回しながら掃除屋の2人に向いた。動作は変わらない、それでも表情が違うだけでこんなにも異様なのか。
「掃除屋。そーじや。そ・う・じ・や! 覚えた……リィメンバァ! メモラァァァイズ!! ふへへへ……」
「気持ちわる……」
「や、そういうマジトーンやめてや……」
クリスの素直な感想にちょっと傷付いたのか一瞬だけトーンダウンするが、すぐに元の表情に戻って笑いながらジリジリとクリスとの距離を詰める。
それは、文字通りヒトのカタチをした異形。
迫る『それ』の姿に、数多の魔物を相手取ってきたクリスですら、無意識のうちに足を一歩後ろに下げていた。
「貴公ら、覚えてろ……ワタシのベイビーを殺した……貴公ら掃除屋を「オラぁ!!」ごはぁ!?」
あと少し近づけば手が届くといった所でシオンの雄叫びと共に、キャプテンが左に吹き飛ぶ。
どうやら存在を忘れられていた彼が、気付かれぬように走り寄り、無防備だったその脇腹にドロップキックをぶち込んだようだ。
「クリス! なーに、こんな奴にビビってんだよ? お前らしくもねぇな!」
「……は、はぁ!? ビビってねーし!! あとちょっとで蹴りぶち込めるとこ来るから待ってただけだし!!」
「ホントかぁ?」
「本当に決まってんでしょ!」
命が極端に軽いおかげで軽率な行動を取ることも多いシオンだが、こういう悪い状況を返る一手を何の躊躇いも打てるのが彼の数少ない利点である。まぁ、今回は良い結果を生んだが時折悪い結果を生むこともあるのだが……
「き、貴公ら……ホント、ホンットに人でなしか? 良い感じのおどろおどろしい口上してたじゃん……それを貴公はよぉ……」
「うるせぇ! 禁止なら禁止って先に言っとけや!」
「なら、こっから禁止! では、気を取り直して続行! コンティニュー!!」
気を取り直して「貴公方、覚えてろ……」と、先程のテンションで再度続けようとする。だが、そんな悠長な事を恐怖から抜け出したクリスが許すはずもなく堂々と近づいて、その顔面に右ストレートを叩き込んだ。
流石に禁止されてるから何もしないだろうと、根拠のない自信のもと、近づいてくるクリスを前にしても悠々と無警戒で喋り続けていたキャプテンはそれをモロに喰らい、顔の右半分が破壊された。
「ふげぇ!? ちょ、ちょっとォォォ!! 禁止って言ったじゃん! ワタシさっきちゃんと言ったじゃん!!」
運悪く口が残ったせいで黙らせられなかったが。
「ンなもん知るかァ!!」
「そもそも俺でも守らねーよ、そんな口約束!」
「こ……この外道どもめ……貴公らの血は何色だ……」
この火を見るよりも明らかな結果をキャプテンだけが納得できず、とんでもない理不尽を受けたような顔で呟く。
「赤よ。ねぇ、シオン?」
「そうだぞ」
こんな事をするなんて、お前たちは本当に人間ですか?という意味を遠回しに含んだ呟きにクリスは額縁通りにそう馬鹿正直に答える。もちろん質問の意図が理解出来ていない訳ではない。
「いや、そういうことじゃ……」
「ま、言っても聞かないのは分かってたし、実際に見せつけてやりますか。ねぇ、シオン?」
「そうだ……えっ?」
答えを聞くが早いか、クリスは上空に飛び上がりシオンの首を捩じ切った。片手で。
噴き出る鮮血。倒れる首から下。状況が飲み込めずポカンとした表情で固まる首。
「ほら、ね?」
「く、くく、狂ってる……クレイジー……マッドネス……頭おかしい……」
そして、この現状に先程までと打って変わって、今度は驚愕で固まる事になったキャプテン。そんな彼女へ向けられたのはシオンの首だった。
「ほら、いつまでぽかんとしてんのよマヌケ。お得意のお喋りの時間よ。すっくない活躍の場面でしょ?」
「んだとコラ! つーか、いきなり何してくれるんじゃい!?」
「で、デスマスクなんてコッチ向けるな……悪趣味だぞ……! そもそも、貴公が殺したのだから喋るワケ————え?」
キャプテンは死んだはずのシオンの首がべらべら喋り出すのを見て固まった。目を見開き、この非現実チックな光景を焼き付けているようにも、はたまた超常の恐怖に怯えているようにも、そのどちらとも取れる表情だ。
「……んー、なーんか反応が微妙。もっとわーきゃー騒いで逃げ散らかしてくれると思ったのに。全く……首折り損ね」
「折・ら・れ損な! 損したの俺だから!!」
わちゃわちゃ騒ぐ2人の……いや、シオンの様子をキャプテンは瞬きひとつせずに見ていた。




