その3
「見張り台か……まぁ、楽な部類ね」
借りた馬車を操りながらクリスが呟く。彼女にとっては魔物の見張り台の撤去ごとき楽なものだ。
「いいじゃん、楽なら楽でさ。どうせいつもみたいに爆弾でボン、だろ?」
シオンの言葉に「……まっ、それもそうだけど」とクリスは少し腑に落ちないような顔をしながらも返すと、馬車へ強めに鞭を入れる。
「うおっ……おいおい、あんま乱暴に扱うなよ。壊したら弁償だぜ? もっと慎重にだな」
「そんくらい分かってるっての。つーか文句があるならアンタがやれば?」
「……いやぁ! クリスの運転は上等だなぁ! ねぇ、ソフィアさん!」
「うんうん、クリスちゃんはとーっても上手よ?」
少しの揺れに発したお小言を一撃で切り捨てられ、返す刀で飛んできた嫌味に対して即座に繰り出された強烈な掌返し。それを聞いて「ふんっ」と小さく鼻を鳴らすクリス、誤魔化すように下手な口笛を吹き外の風景を眺めるシオン、ニコニコしているソフィア。リューナクがいない事を除けば移動時はこんな感じだ。
「そーいや、どんくらい掛かりそう?」
「んー……結構地方の方だから、このまま行けば1時間くらい。まっ、誰かさん好みにゆったり慎重に行けばぁ? 2時間は軽く掛かるかしらぁ?」
「悪かったよ! このまま行ってくれ!」
「そんなに掛かるならクリスちゃん、疲れない? 代わってあげれたらいいんだけど……」
ソフィアの心配そうな声に「大丈夫ですよ」と答えた声は、ただただ文句をほざくだけの役立たずに対して、「これがお前とソフィアさんの違いじゃ」と言わんばかりの声色を含んでる。少なくとも役立たずにはそう感じられた。
「とりあえず2人は休んでたら? 私は現場に着いたら爆弾でボンするだけだからあれだけど、ほら、片付けとかあるし」
「へいへい、そーしとくわ。そいじゃ、安全運転を頼むよ! 名御者さん?」
「うん。でも、疲れたら起こしてくれていいからね?」
特定の1人にしか刺さらない棘のある言葉から逃げるようにさっさとキャビンの壁にもたれかかって目を閉じたシオンとは真逆で、まだ心配そうなソフィア。そんな彼女の声にクリスは苦笑しながら「なら、ホントに疲れたらお願いしますから」と伝えるとようやく眠ったのだろう、数分すると馬車の揺れの合間に小さな寝息が聞こえて来る。
「シオン、アンタ寝てないでしょ?」
クリスは頃合いを見計らってソフィアを起こさない様に声のボリュームを落としてシオンに声を掛ける。
「んー、まぁ、寝てるか寝てないって言われたら寝てるー」
「馬鹿な事言ってないで、カバンの中から水取って水」
「ういうい」とシオンから気怠げに投げられた水筒を一瞥することも無く受け取る。そこからは馬車の揺れとソフィアの寝息だけしか聞こえない。
奇妙な関係だな、とシオンは思う。
名前を付けるなら腐れ縁……とはいえ腐るほどの時間は経っていない。ならば、生腐れ縁って所だろうか。馬車の揺れに合わせて上下する同僚のツインテールを見ながらくだらない事を考える。そんな事しかやる事も無いし、別段喋る話題もない。何よりソフィアを起こしてしまう。
しばしの沈黙。だが、それは2人にとって嫌なものではない。気の合う悪友と一緒に同じ部屋でだらだらと違う漫画を読んでいる時の様なもの。掃除屋の日々は騒がしいが、いつもそうではない。こういう沈黙が満たす事もある。
『あー、掃除屋? 聞こえてるかしら!』
その沈黙はシオンから突然聞こえてきたリューナクの声でぶち壊された。彼は首にかけていたネックレスを服から取り出す。それに付いた赤い宝石からは騒々しい声が響いていた。
これは一種の簡易通信魔法、その媒体となる魔石だ。魔力がないシオンの為にリューナクが用意した魔法道具。これは固定電話と違って常に繋がる。圏外とは無縁の常にバリ3だが常時スピーカーなのが玉にキズ。
「うぅん……んー? あー、起きとるよぉ……」
「あちゃー……」
「あー、オッケー。ボス、聞こえてる」
『えっ、何その反応……私、特に何もやらかして無いわよ!?』
というか一仕事終わった所だし、と付け加えるリューナクの声に、シオンは何でもないからと置いてから「で、何かあったんすか?」と問いかける。
『あっ、そうそう! 伝え忘れてたのだけど、あの辺は割と神聖な場所らしいから派手な爆破は禁止!』
「マジか……出る前に知りたかったわ……」
その補足にガッカリとしたクリスの嘆きを知ってか知らずか彼女は続ける。
『特に近くの————えっ、休憩時間終わり? 待って、もう掃除は終わりじゃ無かったの!? あれは馬小屋? 本邸はあっち、ってゔぇえええ!? 馬鹿にでか』
そこで声が途切れた。
「ボスぅ……強く生きてくれ……」
「はぁ、取りあえず……プランの組み直しか。念のため爆弾以外も持って来といてよかった……」
「あぁ、もう!」と頭を抱えるクリスは水筒の中身を一気に飲み干すと容器をキャビン——の中にいるシオンに向けて乱暴に投げ捨てた
「痛ぁ!?」
「シオン! 水、もう1本!」
その横柄な態度に言いたい事はあったが、彼女の今の心境を考えると少し荒れるのも仕方がないと考えたので、シオンは「……へいへい」と言う返事と共に再び水筒を投げた。
「まぁ、何はともあれ安全運転で頼むぜ?」
「ンな事分かってるわッ! アンタはそんな分かりきった事を一々いちいちピーピーギャーギャー騒がないと大人しく出来ないワケ!?」
「アッ、ハイ。すません……」
機嫌の悪いクリスはまるで野良猫。下手に触れようものなら引っ掻かれる。触らぬ神に祟りなしだ。
「むにゃむにゃ……うぅん……起きとるよぉ……」
シオンはいつのまにか再び寝ていた穏やかな大型犬——もといソフィアの膝にぽふんと頭を乗せて、野良猫から引っ掻かれた心の傷を癒すように目を閉じた。どうか、これ以上ボスからの余計な連絡が入ってクリスの機嫌が悪くならないように願いながら。