その8
「ギィ……ガァアアアアアア!!」
一撃を受けた事が逆鱗に触れたようでバーバヤーガは怒りの叫びを上げる。生まれて始めて攻撃を受けたかのように強い、強い激昂が周囲に木霊する。
鬼気迫ったその表情と絶叫に、リューナクはさっさとアレを倒さねばと再び跳弾を狙う様にライフルを放つ。
「あっ、外したッ……!?」
が、今回は上手くいかず微塵も、全然、全く標的に掠る事すらなく外れた。さっきの1発はビギナーズラックに過ぎない。少しばかり舞い上がってたせいで難しい事を忘れていた。
その隙をバーバヤーガは逃す事なく残った左手に魔法陣を纏わせ、周りの墓石をいくつも浮かせると自らに傷を負わせた害敵を叩き潰すためにデタラメに投げつける。
「そんなもの当たる訳ッ!?」
あまりにも単調な攻撃は悠々と回避出来た。だが、その合間、死角になるように飛んできていた3本の鋭利な骨の槍は別だった。
脳がそれを理解する前に、身体が、リューナクの経験が、即座にライフルを構えて撃ち落としていた。普通ならば何も出来ずに貫かれる所を反応し対処したのだ、やはり彼女はかなり優秀と言っても過言ではない。狙いもロクに付けれないような無理な姿勢から撃ち落としたのだから。頭と心臓を狙った2本を。
「ぐっ……!?」
余った1本はリューナクの、いや狙撃手の生命線とも言える利き手——彼女の場合は右腕——の肉を抉っていた。
何とか直撃は避けられ、腕は残っているし、ぎごちないが動きもする。だが、これではかなり正確な狙いと角度を求められる跳弾は元より通常の狙撃すら難しいだろう。
「ゲッヒャッヒャッ……」
お互いに右腕が使用不可能。それだけ見ればイーブンになっただけにも思えるが、こちらは攻撃手段を失っている。左手のみでの攻撃も不可能ではないが現実的ではない。それこそ相手が何もしてこない棒立ちにでもならないと不可能だ。
魔物が勝ちを確信したような声を出すのも分かるほどの圧倒的な詰み。そんな状態でリューナクが取った行動はというと……
「あーあ、惜しいとこまで行ったのだけど……ざーんねん。降参よ、こーさん。私の負け」
まさかの五体投地。全てが嫌になったかのようにライフルを投げ捨て、地面に全身を投げ伏せたではないか。
魔術を使えるほどの知能を持つ魔物ですら、その行動の真意を測りかねて困惑している。
しかし、悲しいかな所詮魔物。思考が浅い。これが人間の完全服従のポーズだと考えて、口角を高い吊り上げる。自らに傷を付けた愚者を、思い切り痛ぶってから殺してやろうとでも考えているのだろう。
「ええ、『私』の負けよ」
こつり。
ふと、バーバヤーガの背中に小石が当たった。
「でも『D & C』はまだ負けてない」
「ゲハァッ!?」
それが何か確認するために振り返った魔物の顔面に叩き込まれたのは、首無しの死体の強烈な右ストレート。
その痩せぎすの身体では、普通の男性の一撃であっても受け切る事は出来ずあっさりと吹き飛んだ。
「ヒャッハー! どーだこのヤロー!」
首無し死体がガッツポーズを決める一方で、地面に転がる生首からそんな歓喜の声が響く。
そう、その死体の正体は先程首を刎ねられ、今の今まで死んだふりを続けていたシオンのもの。
死んだはずの彼がなぜ何の条件も無く生き返ったのかは理由がある。
そもそも前提条件が違う。まだ死んでいなかったのだ。
ゾンビ化したせいでシオンの『死』のラインはかなり曖昧になっていた。
ある一定のダメージを受けると耐久性の限界が来て全ての生命活動が止まる。今はそれが彼の『死』だ。
かなり簡単に言うならばシオンの『HP』が尽きれば死ぬ。逆説的にその『HP』が尽きなければ死なない。
腕をぐちゃぐちゃに潰されようとも、血液の大半を失おうとも————例え、首を刎ねられたとしても。
「オラオラ! 舐めちぎってた奴にぶん殴られた気分はどーだぁ!」
この通り、首と身体が別々にイキれるくらい元気だ。
首をスコップで切り落とされるなど、タンスの角に小指を思い切りぶつけた程度のダメージでしかない。ちなみに余談ではあるが、それを短期間で5回ほど続けると死ぬ。耐久性が著しく低下しているせいだ。これではタフなのか柔らかいのか分からない。
「それじゃ、今度こそトドメだ! 行け! マイボディ!」
自らの首からの指令を受けて、シオンの身体が倒れたバーバヤーガの元へ走る。出会い頭に失敗した排除のやり直しをするように、スコップを手にして。
「今度こそ終わり、だッ!!」
倒れた魔女へと今度こそスコップを叩きつける。
その体はシオンからの一撃を受けてバラバラに弾け飛ぶ。脆過ぎる手答えと反比例するかの様な勢いで、血肉の代わりに泥と土煙を撒き散らして。
「……あ、あれ? 倒した? 倒せたよね?」
派手に上がった土煙のせいでシオンの首からは身体とバーバヤーガの状態が見えなくなっていた。
「えっ、ちょっ、何かされてるんですけどいだだだだだだ!?」
不意に首が騒ぎ出す。「噛まれてる! 噛まれてる!」恐らく煙の向こうで起こっている事を鮮明に説明していた。
だとするなら、彼の疑問に対しての答えは「倒せていない」だ。
「あー! いけませんお客様! そこはマジ、ア゛ア゛ア゛アアアァァァァ…………」
何処かマズい部分を噛まれたのだろうか、最後に悲鳴を上げるとシオンの首は白目を剥いて気絶か、死亡か、そのどちらかを迎えて沈黙する。
「ギギギ……」
そして、シオンをそうさせた本人が煙の中から現れた。
恐らくは彼の血でベットリと化粧され、憤怒の感情で歪んだ顔は本当に御伽話から這い出た人喰いの魔女と言って差し支えないだろう。
シオンの言葉を借りるなら舐めちぎっていた人間風情にここまでやられて、バーバヤーガの怒りは頂点に達していた。
もはやゆっくりと痛ぶるつもりなど毛頭ない。たとえ首だけでも、死んでいたとしても構わない。この渦巻く怒りの感情を吐き出してやれるのならば何でも————「いい時間稼ぎだったわ、シオン」
————銃声が轟き、1発の弾丸がバーバヤーガの頭部を貫いた。




