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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『致命的に背徳的かつ、圧倒的に冒涜的な……』
25/38

その6

「さて、どうしましょうか」


 返事がない。ただのゾンビのようだ。


「……貴方を囮にすれば隙くらいできるかしらね」


「いやー、マジでバーバヤーガいるとは思わんかった……」


 再び死んだフリでやり過ごそうとしたシオンに、恐らくクリスが居たならばノータイムで実行されているであろう物騒な提案を投げかけると、彼は何事も無かった様に起き上がり、真剣な顔で悩み始めた。

 その顔に2、3発入れてやろうかと握った拳をひとまず下ろして、スコープ越しの景色に集中しながら今の状況を説明してから作戦会議を開始する。


「このまま打ち抜いてやりゃいいんじゃねえの? ボスなら余裕しょっ」


「余裕なのは否定しないけれど、そうはいかないわ」


「なんで?」


「相手の魔術が分からないからよ」


 それの何が不味いのかと不思議そうなシオンに補足する様にリューナクは言葉を紡ぐ。


「仮に矢避けや防弾、貴方にも分かり言うならパッシブで発動しているそういうタイプの魔術を掛けていたら狙撃は失敗するし、それだけならまだしも場所を教える事になるでしょう? それにさっきの2つなら最悪でもそれだけで済むけど、反射だとしたらもっと危険だもの」


 狙撃は情報戦、そう易々とバンバン出来ないの。その言葉に「はぇー」と返すシオンの声にちょっと脱力する。

 ソフィアがいてくれればこれくらい頭空っぽに……は流石に無理だとしても、もう少し楽観的に行動が出来るのに、と未だに死体を貪るバーバヤーガの姿を捉えながら思う。彼女はホワホワしているが魔術師としては一流だ。少なくともどんな魔術が掛かっているかくらいは分かるだろう。


「んー、ならどうする? 情報が足りんなら俺がちょっくら死んで来るけど」


「……貴方が全身を貪り食べられても生き返れる保証があるなら、ね」


「スミマセンワスレテクダサイ」


 本来ならゾンビである事を生かした策も文字通り相手が悪い。飛びだしたシオンは墓石に叩き潰され、そのまま無惨に食われる。死に方もさっきの男と同じで何も情報を引き出せない上にこちらは手駒は失う。これか、ほぼ類似した事例が起こる可能性が高いだろう。シオンが食べられても復活出来ない限りは損害を生むだけの無駄な行為だ。


 そして、それ以上案が出る事なく時間が過ぎて行く。まだバーバヤーガの食事は続いていたが、そろそろ終わってもおかしくない。


「……もう帰ろうぜ? ああいうのはプロの冒険者とかに任せてさ」


「駄目よ。その間、グロー様の依頼はどうなるの?」


「裏ボスだって許してくれるだろ? 多分」


「ないないない! ぜーったい無いわ! 確実に! 間違いなく! 100%!! ぶち殺されるから!!!」


 裏社会に君臨する末恐ろしい悪魔と小さいけどお偉い、でも気のいいお嬢さん。2人のグローに対しての認識の差は、恐らくは現段階では最前手と思われる撤退の選択をリューナクから奪う。同時に彼女は全力で否定した際に思わずスコープから目を離すという悪手を取ってしまった。


「ちょっ、ボス声でけーって……! あと、監視監視……! 俺じゃなくてアッチの方……!」


「そ、そうね……って、あ、あれ?」


 彼女が目を離したのはものの数秒。その数秒でバーバヤーガは姿を消していた。

 とはいえ気配は感じる。この無縁塚の何処かに————「あ、あぁ……ぼ、ボス……ッ!」


 シオンの怯え切った声に顔を上げると、2人が隠れていた墓石を覗くように火の玉が浮かんでいた。迂闊にも騒ぎすぎたのだ。


「……ッ!!」


「うおっ!?」


 それを目視した瞬間、反射的にライフルとシオンを掴んで思い切り飛び退く。数拍おいて2人がいた場所に、墓石を貫通して人骨を魔術で加工したであろう鋭利な槍が何本も突き刺さった。少し判断が遅れたら今頃仲良く串刺しだっただろう。


「あっぶね……助かったぜボスぅ……」


「……感謝するにはまだ早いわ」


 即座に体勢を立て直したリューナクは槍の飛んできた方向を睨む。不気味に漂う火の玉が、 霧のスクリーンに自らの主の姿を徐々に浮かび上がらせる。

 もう逃げ場はない。彼女は覚悟を決めてライフルを構えた。引き金に指を掛け、いつでも撃てるように。


「さぁ、来なさいバーバヤーガ。こうなったら真っ正面、か、ら……?」


「キシャァァァ……」


 だが、そこから出て来たのはボロボロのローブを見に纏い、火の玉を引き連れ……濃い灰色の肌と犬の様な顔をした————コボルトと呼ばれる人型の魔物の姿だった。


「こ、コボルト?」


「コボルト? コボルトって、あの……鉱物食う、えーっと確か第1世代の魔物?」


「う、うん」


「な、なんだよぉぉぉ……超ビビってマジ損したわ……」


 対面している相手が御伽話の怪物ではなく、ただの魔物だと分かり完全に気が抜けたシオンの声に釣られて、リューナクはせっかく決めた覚悟が抜けていく感じがした。断言までしたのに正体がただの魔物だったのだから仕方ない。

 コボルト1匹程度なら正直武器を持ったシオンですら簡単に倒せるだろう。


「……まだ気を抜かないで」


「えー、いいじゃんもう……一思いに脳天ぶち抜いて終いにしよーぜぇ? なんかもう、疲れたし……」


 とはいえ、リューナクにはいくつかの懸念点があった。その懸念点が彼女にまだ警戒を解かせる事を許可させない。


 1つ、なぜコボルトが人間を食らうのか、という点。

 彼らの主食は鉱石だ。金、銀、銅などの通常のものから魔力が込められた所謂魔石と呼ばれるものまで鉱石ならなんでも食べる。それ以外は食べない。体が受け付けない、というのが通説だ。

 だが、さっきまであの個体は死体を貪り食べていた事は確認している。口にもべっとりと血が付いている。


 2つ、なぜコボルトが魔術を使うのか、という点。

 確かに魔石を大量に食らう事が出来た運の良い個体が、その身体に蓄積した魔力が溢れ出して纏っている様に見えるといった事例があったとは聞いた事がある。しかし、それは魔力を『纏う』なんて生半可なものではない。明らかに魔術を使っていた。そもそも知能が低い第1世代どころか、それなりに知能が高い第2世代ですら魔術を使う魔物などはいないというのに。


「い、意見が……クリスとソフィアの意見が欲しい……!」


 こんな異常事態と思わしき時に掃除屋きっての専門家の2人がいないのか。とことん自分の運の悪さに悲しくなる。

 それはきっと過去の行いが悪かったのだろう。そう目星を付けて悲観的な想像を強制的に打ち切る。

 いないなら仕方ない。戻る訳にもいかない。なら、今持っているカードで戦うしか無いのだから。

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