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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『致命的に背徳的かつ、圧倒的に冒涜的な……』
24/38

その5

「どーしたよ、ボス……うぐっ!?」


「……黙ってそこの墓石の後ろに」


 嫌な予感に思わずシオンの口を塞ぎ、近くの墓石に共に隠れる。息を殺し、相手に悟られぬように。

 こんな所に誰が来るというのか。まさか、機能していない荒れ果てた無縁仏に今さら死体を置きに来るものか。


「んー! んー!!」


「静かに」


 塞がれても何かを伝えようと動くシオンの口を更に強く押さえつける。

 恐らくは「苦しい」とかそんなものだろう。そう判断して。


「んーんんーん……」


 まだ何かを弱々しく呻くシオンを一時的に無視して、歩いてくる『何か』の足音に耳を澄ませる。対象は2人。1人は中肉中背、もう1人は少し痩せている。


「……止まった」


 足音が止まると、隠れていた墓石から少しだけ顔を出す。霧と光度、そして着ているローブのせいで顔や体型は見えないが、その2人は集めた死体の山の所で何かをしているようだ。


「何してるの……?」


「んーんんーん……んーんんーん……!」


「だから静かにしてって……えっ?」


 再三の注意を無視して喚くシオンに苛立ち混じりに振り返ったリューナクの視線は、彼の手に自分の血で書かれた『バーバヤーガ』の文字に吸い寄せられる事になった。


『あぁ、あそこ出るんだよ。バーバヤーガ』


 頭の中でグローの言葉が木霊する。

 ありえない。そんなわけがない。ただの御伽話だぞ。

 そんな言葉と共に再びさっきの2人組を確認してみた。だってバーバヤーガなんて存在しないのだから、あれはどうせ墓荒らしのたぐ————2人とも、死体の山の前で屈んで何かしている。それは、まるで食べてるような動き。


「…………ッ!?」


「ぷはっ!?」


 思わず声にならないような叫びを上げそうな自らの口を塞いで再び隠れる。もう、シオンを黙らせておくほどの余裕などない。


 いた。いた! いた!! いたぁ!!!


 脳内をパニックが埋め尽くし、いつもの冷静な判断 (本人談)は出来ず、とにかく身を守るためのライフルを探すが近場にない。見回すとさっき休んでいた場所に落ちていた。作業再開の時にスコップと入れ替えで置いてきた。

 その事実に更にパニックが加速する。


「し、しおっ、シオン……っ! どうしよ……!!」


 返事がない。ただのゾンビのようだ。


「……ちょっ、シオン。何をふざけてるの……!?」


 助けを求めてシオンの方を見ると、死んでいた。いや、リアルに死んだふりをしていた。

 咄嗟に状況を理解し、速攻で無理だと判断して自身の身を優先して早々とボスであるリューナクを切り捨てるとは、なんとも薄情な男だ。


「こ、コイツ……」


 そんな死んだフリをする死体野郎の薄情さで少しばかり冷静になる。そうだ、あの2体はまだコチラに気付いてない。しかも、ライフルまでの距離はそこまで離れていないので慎重に行けば気付かれずに取りに行くのは難しい事ではない。


「……よし、これで一安心ね」


 実際、描写すら必要ないほどに、この程度の事は冷静な時のリューナクならば簡単な事なのだ。本当ならバーバヤーガの存在さえ無ければ、敵の存在を見つけた瞬間に即座にライフルを取りに行っただろう。


 視界を狭めるガスマスクを外してスコープを覗き、いつでも狙撃出来るように準備をする。角度が悪く、やはり顔は見えない。


「……ん?」


 だが、手元は見えた。多少皺があるが焼け爛れたとは到底思えない手で、死体の左手を切り取り、それを食べるわけでもなく、鞄に入れていた。


「オイオイ、さっさとやれよ。誰かいたみてーなんだから」


「うるせぇ! さっさと終わらせてぇなら口より手を動かせ!」


 しかも、よく耳を澄ませてみれば酒で焼けたような男の声が聞こえて来るではないか。


 つまり、彼らはバーバヤーガではない。つまり、自分達はただの墓荒らし怪物の幻影を当てはめて怖がっていたに過ぎない。


「く、ぷふっ……ふふふ……」


 その事実に笑いが込み上げてくる。ゆっくりとゆっくりと。

 それを堪えるために目を逸らした先に、意味のない死んだフリを続けるシオンの顔があった。状況に合わない噴飯物のアホ面に、爆発しそうになる笑いを何とか抑えるために思い切り指を噛む。


「えっ、ボス……何、笑ってんの? バーバヤーガは?」


「そ、そんな、そんなのいる訳ないじゃないの……ふふっ……」


 ほら見てみなさいな、とスコープを覗かせるとシオンも理解したようで少しだけ惚けたように固まった後に小さく笑う。


「くっだらねぇ……んもぅ、裏ボスも意地が悪いんだからぁ……」


「ホントにね。あんな嘘に踊らされて死んだフリする奴まで出てきちゃうんだから」


「えー、ボスだって結構パニくってたじゃんかよー」


 ただの墓荒らしであるという事実でようやく緊張感が緩和された。静かにではあるが2人でわちゃわちゃと雑談できるほどに。

 墓荒らしには驚かされたが、道徳的観念は別として掃除屋視点では特に害はないし、左手だけとはいえ死体の処理もしてくれるのでどちらかと言えば便利なので手は出さない。しかし、向こうがどう思うかは不明であるため姿は現さない。


「にしても、良い商売だなコレ。死体を漁って、左手切り落として、乾燥させて、『栄光の手』なんて仰々しい名前をつけりゃ、物好きがとんでもねぇ額で買ってくれる」


「元手はタダでぼろ儲け。普通に働くのが馬鹿らしくなるぜ」


 ふと、リューナクはもう1人、誰かの気配が近づいて来るのを感じた。彼らの仲間だろうか?


「ん? なんだアレ」


「チッ……同業者が帰って来やがったか! ちょっと追っ払ってくるからテメェは作業しとけ!」


 中肉中背の男がその気配の方に走っていった。どうやら味方では無かったようだ。まぁ、どうでもいいことだ。願うことは散らかさないでと願うくらい。


「な、何だテメェ! 一体何して……がっ!?」


 そんな男の悲鳴と同時に響いてきたのは何か硬いものが勢いよく振り下ろされた音。


 ごしゃり、ぐしゃり、ぐちゃり。


 男の悲鳴が小さくなるにつれて、音は柔らかい物を潰すような音に変わっていく。


「お、オイ! 大丈夫、か……え」


 異様な音に完全に固まっていた掃除屋の2人は、男の驚愕した声で我に返る。


「一体何が……?」


「ぼ、ボス! 何があった!」


 一応気付かれた時の為に、いつでも狙撃出来るようにしておいたライフルのスコープを覗きこむ。


「や、やめ……だれか助け」


 覗き込んだ瞬間、痩せた男が大きめの墓石に叩き潰されるシーンがアップで目に飛び込んできた。


「……」


「な、何の音だよ……オイ……」


「静かに」


 先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は完全に消え去り、真面目なトーンでシオンに再び静かにするように指示する。普通の墓荒らしならば見過ごすが、ここまで猟奇的ならば流石に放っておく事は出来ない。


 ずさりずさりと、古びたボロボロのローブを引き摺る様な音と共に、今しがた潰した男の死体に近づいていく謎の人物。その周りには2つの火の玉が辺りを照らす様に照らしていた。

『それ』は今しがた作り上げた肉塊に辿り着くと、獣の様に這いつくばって『食べる』。


 顔は見えないが、今度こそ断言出来る。あれは————、


「バーバヤーガ、ね」

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