その4
「げぇ……」
無縁塚にたどり着いた2人のどちらからともなく溢れた第一声がそれだった。
地面から掘り出され、そのまま乱雑かつ無造作に放置されたせいで腐敗した死体。それに集る大量のハエ。手入れされておらず、日当たりが悪いことも相まって風化し苔がびっしり生えた型も大きさもバラバラな墓石。昨日降った雨のせいで出ている霧と、目にくるような酷い腐敗臭がかなり不快だ。
まさに凄惨。その2文字がぴたりと当てはまる現場はこの時点で掃除屋史上最悪の仕事ランキングの5本指に入ると言っても過言ではない。
こんな惨状を見て、リューナクは思わずクラっとしてしまう。そりゃこんな厄ネタなら場末の掃除屋にしか回って来いはずだ。その事実に涙が出そうになる。
「ボス……ほい、ガスマスク! ああ、安心してな! 俺はほらゾンビだし、こんな臭いぜんっぜんどおって事ないし!!」
ふとシオンがそんな言葉と共にガスマスクを差し出してきた。2年も一緒にいる関係上、恐らくは気持ちを察してくれたのだろう。彼のそんか気遣いが心に染みる。ついでに腐敗臭も目に沁みる。そのせいで今にも溢れそうな涙を誤魔化すために少し顔を背けながら「ありがと」と感謝しながらそれを受け取り、そそくさと装着する。
実は平気だとは口にしながら、シオンもこの臭いに結構な抵抗はあった。だが、本来なら人数分あるガスマスクは先日のキノコの魔物——シャグマとの戦いでクリスの物以外の他2つもほとんどフィルターが駄目になっており、事実上3つとも使用不可に。次は絶対にアイツをボコボコにしてやるから、というクリスの強い私怨混じりの提案により次はハイスペックで結構お高めのものを買うために貯金の真っ最中。そのため今は使えるものが1つしかない。ならば、その貴重な1つはどう考えても意気消沈しているボスのために使うべきだとシオンは我慢を選んだ。臭くても死ぬ訳ではないし、そもそも死なないし。
「ん゛ん……! さぁ! やるわよぉ!! やってやるわよおおおぉぉぉぉぉ!!!」
「おー!!」
そうして、ヤケクソ気味に上げられた鬨の声を皮切りに本日の仕事が始まった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! お願いだから恨むなら掘り起こした馬鹿を恨んで……!」
「なむなむーぅ」
まずは散らばった死体を1箇所に集める事に。
霊とかそういうものを信じるリューナクと別に信じてないが合わせて適当な南無阿弥陀仏を適当に唱えるシオン。
なんやかんや10分くらいは騒がしくやっていたが、死体という重い。引きずるにせよ体力をだいぶ消費する。
「……」
つまり、喋るのに使う体力すら勿体無い。その事に遅まきながら気付かされた。
そうして、強制的に黙々と作業する中で2人はある事に気付く。
————何か、多くね?
1つ、確かグローはもう使われていないと言っていた筈だがやけに死体が多い。まるで何らかの理由で、直にここへ捨てられたのではないかと思うくらいに。
2つ、野晒しにされていたせいで腐敗し、欠損している部位があるのは分かるのだが、不自然に左手首のない死体が多い。
何だか不自然だなー、くらいにはしか思わないシオンに対して、リューナクの脳裏にはある想像が浮かんでいた。
彼らはグローの機嫌を損ねて『消された』者たちの末路なのでは?
無縁仏として『処理』してきたが想定外に無能が多く溢れてしまったから、自分達掃除屋に片付けを依頼したのでは?
人気が無ければ『消えて』も誰にも気付かれず、人数が少なければその後の『処理』が簡単だから。
「おーい、ボス? いっぺん休憩にせん? 顔色が俺と同じくらい悪りぃぜ」
悪い方へ悪い方へ進んでいく想像を断ち切ったのは、見る見るうちに顔色が悪くなっていくのを見かねて休憩を提案したきたシオンの声。
「えっ? あ、えっと……そ、そう、ね……」
肉体的にはまだ余裕があったが、精神的には様々な要因が積み重なり少し参っていたためか助かった。
「おっりたたみー、おっりたたみー。よし、おっけー! さっ、レディファーストってことでお先にどうぞ?」
シオンはバックから折りたたみの椅子を2つ取り出して広げると、出来るだけマシな場所を選んで設置するとリューナクに座るよう促す。
それに従って座るとドッと疲れが押し寄せてくる。まだ、死体をまとめただけなのに。
「ほい、水」
「ありがと……」
ガスマスクを外し、手渡された水筒を一口飲むと少しだけ気持ちが楽になった気がする。
「いやー、やっぱ疲れる事この上ないなー! 2人での仕事!」
どかっとリューナクの座ったシオンが言葉とは裏腹に少し楽しげに言ってきた。
「えぇ、やっぱりクリスとソフィアがいないと大変ね。でも、あの頃はこれが普通だったんだから慣れって怖いわ」
そう答える彼女の顔も苦虫を噛み潰したような表情ではあるが、ちょっとだけ楽しそうにも見える。
「そーそー! 特に最初の依頼!」
「最初? あぁ、掃除屋になって最初の仕事! あれは大変だったわね……」
そこから懐かしい過去の苦難の日々を懐かしむトークが弾む。
魔物対策用の地雷撤去の際に1つ見落としてシオンが爆散したこと。巨大な蜘蛛の魔物、アトラクナクアの卵の処理を誤って小蜘蛛にシオンが食べられかけたこと。金目のものに目が眩み、古小屋の中にあった怪しい宝箱を開けたら案の定ミミックで、シオンの右腕を食いちぎられたこと。
1つ思い出すごとにリューナクの顔色が良くなっていく。
「うんうん、あれはヤバかった……って、ちょっと休みすぎかしら……?」
「うおっと、本当だ。つーことでそろそろ再会再会!」
話を中断して、仕事を再開するとだいぶマシ。少なくともリューナクはそう感じていた。心なしか作業効率も上がった気がする。
「ふぅ……地上の分は終わりかしらね」
「それじゃあ、次は掘り起こしますか」
「気は乗らないのだけど、ね……」
2人は折りたたみ式のスコップを手に取り手当たり次第に周囲を掘り起こす。
しかし、掘れども掘れども何も出てこない。
「全部、墓荒らしに掘り起こされたの……?」
そんな呟きを溢したリューナクは瞬間、遠くの方から誰かがこちらに向かって来るのを感じた。