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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『致命的に背徳的かつ、圧倒的に冒涜的な……』
22/38

その3

 ————『バーバヤーガ』は今も、2人に復讐を誓いながら魂を喰らう為に人間を狙い続けています。


「これが『バーバヤーガ』の話だよ。どうだい? 面白かったかい?」


「んー、まぁ、ぼちぼちっすね。なんつーか、それくらいの存在ならこの世界には普通にいそうっつーか……いるんすか?」


 御伽話に興奮する年でもないシオンにはそこまで興味を引くものでは無かったらしい反応をグローは分かっていた様で、そんな想像通りの反応に小さく吊り上がった口元を隠す様に手を当てる。


「まさか。流石にここまでクレイジーなのはいないよ。そもそもこの話自体が悪い子供を躾けるための作り話だしね。そうだろう? エンゲル」


「は、はい! そうです!」


「まぁ、そうっすよねぇー……というか、何で今、そんな話したんすか?」


 そんなシンプルな疑問にグローは紅茶を一口啜ってから意味深な笑みを浮かべた。

 その笑みを見てシオンの脳裏に浮かんだのは野良猫が簡単に仕留める事の出来る獲物を悪戯に痛ぶるワンシーン。

 無邪気で、残酷で、Sっ気を含んだ笑顔。彼女が猫なら、自分は狩られる鼠なのだろうか?

 そんな考えが頭にぼんやりと浮かぶ。


「あぁ、あそこ出るんだよ。バーバヤーガ」


 それは半分正解だ。

 正しく言うならば狩られる鼠はシオンとリューナクというべきだろう。


「えっ」


「さて、話したい事も終わったしそろそろお暇するとしよう」


「依頼の件、出来るだけ早めに頼むよ」と言い残すとグローは2人に向けて手をひらひらさせると部屋を後にした。

 その動きには無駄がなく、雲が流れる様に自然で————シオンが詳細を聞く暇も、リューナクが引き留めるタイミングなど一切存在しなかった。


「え、えっ? バーバヤーガ、いんの?」


「……あっ!? ちょっ、ちょっと待ってぇぇぇ!!」


 ワンテンポ遅れて反応する2人の姿は余りにも無駄で、無益で、滑稽だった。


「えー……えっと……どーするよ、ボス?」


「あー……やるしかないわよねぇ……断れなかったしぃ……」


 グローが去り、机に項垂れる様に突っ伏したリューナクは力無く呟く。やるとは言ってないが話の流れで暫定的ではあったが、受けた様な形になってしまったし、もうやるしかないのだ。


「じゃあ、いつ出発する?」


「そりゃもう————、」


 少なくともクリスが帰ってきてから、と言おうとしたタイミングで電話が鳴った。こういう間の悪い電話は得てして悪い知らせだと相場が決まっている。


「は、はい……こちら掃除『もしもし、ボス? クリスだけどー』


 今までの経験からその事を嫌というほど味わってきたリューナクが恐る恐る電話を取ると、出たのはクリスその人。


「ど、どど、どぅしたのぉ……く、クリスぅ?」


『ボスこそどうしたの? 声、上擦ってるし、イントネーションガッタガタ……まぁ、いいか。とりあえず本題に戻るけど、しばらく帰れそうにないわ』


「な、な、何でっ!?」


『なーんか色々検証とかするっぽい。第3世代の魔物、シャグマだっけ? アイツはあんなんだったけど結構危なかったし……もしも、あれクラスの能力待ちがバンバン繁殖するとヤバいから、一先ず情報が色々欲しいっぽいわ』


『やっぱあのキノコミノタウロス全部食べなくて良かったわー……まぁ、もともと食べて良いモンじゃなかったんだけど』受話器から聞こえる冗談混じりの声は呆然とするリューナクの耳には入ってなかった。


「そ、そう……うん、気をつけてね……」


『はいはい、じゃあねー』


 ガチャリと受話器を置いた彼女は頭を抱える。

 それも仕方ない。魔物について無駄に詳しくて身体能力が高いクリスも、魔術に精通したソフィアも不在で、不死性だけが取り柄の男と2人だけでの仕事が確定したのだから。


「ま、まぁ、ボス! 元気だそーぜ! ほら、ちゃっちゃと終わらせて、裏ボスを驚かせてやろーじゃん!」


「そ、そぉねぇ……さっさとよーいしてぇ……いきましょぉ……」


「何いりそう? 俺、用意してくるわ!」


「あぁ……えーっ……なんかぁ、こぉ……いりそぉなぁ、やつぅ……」


「りょーかい!」


 力なくテーブルに身を預け、そのままだと溶けてしまいそうなリューナクを見て、彼女がそうなった原因の大半だと理解した不死性だけが取り柄の男が甲斐甲斐しく動く。ここにクリスがいたなら「珍しい」と驚いた事だろう。


 軍手、小型の粉砕機、布袋、スコップetc.


「じゃあ、それでお願いしまーっす!」


 必要そうな物を集め、ついでに作業後の廃棄物処理の申請まで終える。その手つきはいつも準備を他人に任せきりでほぼ手ぶらで同行する男と同一人物だとは思えないほど。


「なーんか、懐かしーっすねぇ! 最初の頃はこーやって2人で準備してたよなぁ!」


 今日は俺1人だけど、と小さく付け加えたシオンが言った通り『D & C』が掃除屋になったばかりの頃は2人で仕事を回していた。そのおかげで彼にも多少のそういう経験があるわけだ。


「そぉねぇ……なつかしー、わねぇ……」


「ほら! ボス、これ持って! キリッと! いつもみてーに堂々と!」


 準備を終えたシオンは最後にリューナクを立たせて、彼女がいつも使う護身用のライフルを持たせてパンパンと手を叩く。


「うぇぃ……」


 それでも彼女のやる気は出ない。それほどにクリスとソフィアの役割は大きい……というより、もはや2人の存在はインフラそのもの。綺麗な水の味を覚えれば、雨水を飲む事など到底出来ない。


「……せーの! 『掃除屋社訓』唱和ッッッ!!」


 不意にシオンが乾いた音が部屋中に響くほど大きく手を叩き、叫び。その言葉に反応して、今まで背骨が抜かれたかの様にうな垂れていたリューナクの背筋がピンと伸びた。


「「破壊なくして掃除なし! 掃除なくして創造なし!」」


 そして、そのまま2人は何の打ち合わせする事も無く、ほとんど同時に叫ぶ。


 ————掃除屋社訓。何かそういうのあった方が良くね?そんなノリで2人によって作られたもの。


『破壊なくして掃除なし、掃除なくして創造なし』


 軽いノリで始まった割にはあーでもないこーでもないと無駄に2時間ほど悩み、何が正解か分からなくなった辺りでようやく出来上がったのがコレ。産みの苦しみを味わった果ての産物であるためか、復唱すると——主にリューナクの——テンションが上がる(気がする)不思議な呪文だ。あって良かった。


「……さぁ! 行くわよシオン! さっさと終わらせて今日はパーっと飲みに行きましょっ! グロー様からの依頼なら、報酬も期待できる筈だし!!」


「おー!」


 ようやくテンションが元に戻ったリューナクを先頭に、意気揚々と出掛けていく。

 なお、余談ではあるがこの2人は下戸である。そのため酒を飲む事は出来ないので、この場合の『飲み』というのは酒場での食事の事を指す。あくまでイメージである。

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