その2
昔々、とある村の屋敷に1人の魔女が暮らしていました。
彼女は類稀なる魔術の才と比肩する者がいない程の魔力を持ち、その魔術で村の人々を助けていました。
そんな魔女には、2人の弟子がいました。
1人は平凡ですが熱心に魔術と向き合う少年。
1人は優秀ですが自らの才能を過信し、傲慢な少女。
魔女は2人を我が子の様に分け隔てなく平等に愛と知恵を与え育てました。
2人が魔術師として一人前になったある日、魔女は2人に試練を与えました。
少年には森に住む人喰いの鬼が守る「星呼びの草」を取ってくるようにと、
少女には山に住む危険な竜が守る「地鳴らしの水」を汲んでくるようにと言い付けました。
少年は平凡であるが故に万全の準備を、少女は非凡であると思い込むが故に身一つで飛び出して行きました。
2人は「星呼びの草」と「地鳴らしの水」を探しますが一向に見つかりません。
それもそのはず、そんなものはこの世に存在しないからです。
この試練は確かに、近くの森や山に住む鬼と竜を倒せる程度の実力があるかどうかを調べる意味もありましたが、本来は弟子の内面を見るものだったのです。
少年は鬼を倒した後も何日も何日も諦めずに「星呼びの草」を探しましたが、少女は竜を倒した後にすぐ諦め、近くの水を瓶に汲んでそれを「地鳴らしの水」として持って帰りました。
自信満々に竜との戦いを武勇伝として語る少女に魔女は言いました。
「地鳴らしの水なんてものはこの世に存在しない。なら君の持つそれは何だ?」
彼女の言葉に少女は先程までと打って変わって黙ります。
嘘を付いただろうとは言われませんでしたが、その眼がそう告げている。少なくとも少女にはそう見えました。
それは間違っておらず、魔女には遠くの風景を見る事が出来るので、屋敷で2人の状況をずっと見ていたのです。
普通の魔術師ならともかく、その優れた才能を自身の元で更に磨かれた少女ならば、竜を倒す事は簡単だろう。少なくとも魔女はそう思っていましたし、実際にもその通りでした。ですが、それをとても偉大なことの様に語り、あまつさえ嘘を付いた事に彼女は酷く落胆しました。
「その傲慢さを捨てなさい。それでは君はそれ以上の成長は出来ない」
魔女はそう言って少女を残して部屋を出ました。
その言葉に少女は憤慨しました。自分の溢れんばかりの才能を、未曾有の見聞を誇示して何が悪いのか。
自身が嘘を付いた事を棚に上げて、怒りのまま手にした「地鳴らしの水」が入った瓶を叩きつけました。
それから1週間後、少年は森の中で今だに「星呼びの草」を探していました。無くなった食糧の代わりに草や霞を食べ、川の水を飲む事で命を繋ぐような状態でも探す事を辞めませんでした。
そんな少年の前に魔女が現れました。
少年は魔女にまだ見つけていない事を伝えると彼女は言いました。
「すまないね。星読みの草なんてこの世に存在しないんだ」
平凡な彼では、もしかしたら鬼を倒す事もままならないのではと思っていましたが、魔女から教わった多彩な魔術と地形を利用して鬼に勝利した時はとても喜びました。ですが、その後にまさかここまで探し続けるとは思っていませんでした。
このままでは死ぬまで存在しない「星呼びの草」を探し続けると確信じみた直感を感じた魔女は少年を連れ戻しに来たのです。
「少しは肩の力を抜きなさい。それでは立派な魔術師になれないよ」
魔女は背中に背負った、もはや力尽きて立つことすらままならない少年に呟きます。
その言葉に少年は安心します。ようやく普通の魔術師になれたのだと。やっと、認めて欲しい人に一歩近づけたのだと。
試練が終わった日から少女の少年への態度が変わりました。
見下していた少年が、今まで眼中にすら無かった凡人が、何故か魔女に一目置かれる存在になった事に焦りと苛立ちを感じていたのです。
実際、少年の実力は少女に勝るとも劣らないほど育っていました。
とはいえ、少女は努力すれば簡単に少年を追い越す事が出来るのです。ですが、長年の怠惰と傲慢さは彼女に今更泥に塗れる事を許しません。
考えた果てに少女は魔女の書棚から禁書を盗み出しました。禁書には強大な魔術が記されていましたが、読む者の邪な心を増幅させる危険なもの。
彼女はそれを知っていましたが、自分なら大丈夫だと根拠のない自身を元に盗んだのです。
そして彼女は禁書から他人から魔力を奪う術を見つけ、実践したのです。
少女は確かに強くなりました。ですが、魔女に届く事はありませんでした。
付け焼き刃の魔力を使いこなす技量を彼女は持ち合わせていなかったのです。
更には大量の魔力による負荷により、少女の使う魔術は徐々に弱まっていきました。
数ヶ月もすれば少女は普通の魔術師と変わらぬほどまで落ちぶれていきました。しかし、彼女はそれを認めませんでした。
いつのまにか少年よりも劣ってしまったコトなど。
彼女は更なる力を求めて禁書を開きます。
その中で1つの魔術を見つけました。それは他者の魂を奪う魔術です。
魂は魔術の根幹。それを直に喰らえば魔力も魔術にも上手く身体へ『馴染む』でしょう。ですが、魂を奪われた人間は死んでしまいます。
禁書に心を染められた少女は良心すらも失われ、簡単に強くなれるのならばと一切の躊躇はありませんでした。
少女は強くなりました。多くの犠牲の果てに魔女に勝るとも劣らない程に。
ですが、彼女は満足出来ません。欲の器は底が抜け、満たされる事は無くなっていたのです。
少女は魔女の魂を喰らう事にしました。
夜の闇に紛れ、寝込みを襲おうと魔女の寝床へ向かう彼女の姿はもはや1人の魔術師ではなく、1匹の外道それそのもの。
しかし、寝床はもぬけの殻。自身の浅い作戦が思い通りに行かなかった事に腹を立てて暴れる少女を強烈な炎が襲いました。
肌を、それどころか骨すらにも届きそうな炎に悶える少女の目に映るのは少年の姿はでした。
魔女は少女の変換に気付いていました。ですが、それを止めれば、この関係が崩れてしまう事を恐れて止める事が出来なかったのです。
その事を知った少年が代わりに止める事にしたのです。多少の荒療治だとしても。
「その炎は罰だ。心から罪を懺悔し、改心すると誓えば消える」
少年は叫びます。多少天狗にはなる事はあったが、優秀で憧れの1人であった姉弟子に戻ってくれる事を祈りながら。
ですが祈りは届かず、少女は炎に包まれながら少年に襲い掛かり、隙を作り出して這う這うの体で屋敷を後にしました。
その変わり果てた姿を少年も、別の部屋で見ていた魔女も追いかける事は出来ません。もう、2人が知る少女は何処にも居ないと分かってしまったから。
少女は何とか炎を消しましたが、何度治癒魔術を使えど火傷を治す事は出来ませんでした。
「その炎は罰だ。心から罪を懺悔し、改心すると誓えば消える」
少年の魔術は威力こそありませんが、特殊な誓約を乗せ、永続的な効果を与えるものでした。魔女の教えの賜物です。
本来ならば、懺悔し改心しなければ炎すら消せず燃え尽きるはずが、なまじ優秀で魂を喰らい力を付けたせいで炎だけは消せてしまったのです。
少女は少年の実力を認めず、治らぬ火傷を魔力の不足だと思い込みひっそりと、魔女や少年に見つからぬように夜な夜な人を攫い、魂を喰らう様になりました。
ボロボロのローブとそこから覗く焼け爛れた肌も相まって、いつしか彼女は人攫いの魔女『バーバヤーガ』と呼ばれ、恐れられる事になったのです。