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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『致命的に背徳的かつ、圧倒的に冒涜的な……』
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その1

 チクタクと時計の針が時間を刻む音がリューナクにはやけに遅く、大きく聞こえる気がする。その理由は間違いなく対面のソファに腰掛けて出された紅茶を飲む少女のせいだ。


 シワ一つすらない黒のストライプスーツと赤のネクタイ。ティーカップを持つ手には黒い手袋が付けられている。

 顔立ちは整っており美人と言ってもいい。だが、真っ黒な服装とクールを通り越して無機質にも見える表情も相まって、全体的に冷酷そうな印象を与える相貌。うなじあたりでひとつにまとめられた黒髪は腰あたりまで伸びており、まるで尻尾のようだ。

 名前は、グロー・アンガル。

 身長と見た目こそ10代前半の少女に過ぎないが、実際はここいら一帯の土地を持つ大地主にして、裏社会のトップ。もちろん、この本部兼住居としている建物も彼女から借りている。


「あ、あのぉ……アンガル様ー? ほ、本日はどの様なご用件でしょうか……?」


 何度も家賃を延滞してはいたが、今月は既に支払い済みだ。だが仮に催促なら電話でするはず。いつものように。だからこそ、今回の急な来訪の意味が分からない。

 そもそも、リューナクとしてはグローがビックリするほど苦手だ。正直なところ理由がなければさっさと帰って欲しい。


 特に今日はフォローしてくれそうなクリスは、先日見つけたという新世代の魔物の報告をする為に冒険者ギルドの本部に行ってるし、いるだけで場の空気を和らげてくれるソフィアは、ぎっしりと書類の入った箱を空だと思って持ち上げた際に「ぴぎっ」みたいな声をあげて固まったためシオンに連れられて病院に行っている。


「仕事の依頼だエンゲル。それ以外でここに来ると思うか?」


 だが、彼女の願いも虚しく飲み終えた空のティーカップを置くとグローが口を開く。

 ませている、そんな言葉では足りないほど外見と乖離した落ち着いた声色と威圧的な喋り方は幾つもの修羅場を超えて来たのか容易に想像させる。


「って……えっ? し、しご、仕事ッ!? アンガル様自ら!?」


「そう驚く事でもない。今は疎遠ではあるが、『D & C』がまだ壊し屋の看板を掲げている頃にいくつか依頼した事があるはずだ」


 なるほど、そういう事かと心の中で相槌を打つ。それならここに来た理由に見当が付く。


 掃除屋の前身である壊し屋は優秀な暗殺組織だった。

 ボスであるリューナク・エンゲルをトップとして、優秀な暗殺者が揃っていた。

 高額な依頼料を取るがあらゆる依頼を完璧にこなす事が出来ていた。


 ————『だった』。これらは全て過去の栄光に過ぎない。

 今は見る影も無く、かつてのメンバーは皆去っていった。故に今は暗殺など到底出来ない。


「そ、そうなの……? あ、いや、そうでしたね……というか、えーっと、それはつまり……その……殺しの依頼、ですか?」


 恐る恐る聞き返すと、グローは「まさか」と表情を変えずに答えた。


「流石に掃除屋となった君達に専門外の依頼を持って来るほど非常識ではない」


 その答えに少しホッとする。その辺をちゃんと分かってくれていたから。だが、それと同時にまた分からなくなった。こんな場末の落ちぶれた元・暗殺組織に来た理由が。


「今回の依頼は片付けだ。これは領分だろう?」


「そ、そうです! ええ、掃除屋ですから!」


 暗殺の依頼では無く、普通の仕事をグローが直々に持って来てくれたのだと理解したリューナクは先程までの不安感が吹き飛び、逆に胸を張って堂々と振る舞う。自分達の評判がそこまで轟いているのだと。


 彼女は舞い上がっているが、仮にクリスがこの場にいればこう思うだろう。『普通の依頼ならこんな所じゃなくてもっと良い所に持っていくんじゃないか?』『何か裏があるんじゃないか?』と。


「では、詳細だが」


「はい!」


「街外れにある無縁塚」


「はい?」


「それを全て撤去してくれ」


「は?」


 リューナクは自身の何か触れてはいけない重要な部分がピシリと大きな音を立ててヒビが入ったような感覚に襲われた。


 無縁塚。撤去。死体も含めて。

 その言葉を処理出来ずに脳が、身体が固まってしまう。


「すでに国から許可は取っているから安心するといい」


 そんな的外れな言葉も届かないくらいに。


 したくない。無縁塚とはいえ墓を掘り起こし死体を処分するなんてあまりにも冒涜的だ。というかこの依頼も微妙に専門から外れてる。魔物関係無いし。

 しかし、これはグローの——裏社会のトップからの直々の依頼。下手に断ればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。前門の墓、後門のグロー。どちらもキツい。


 しばらく気まずい沈黙が2人の間を流れる。


「ただいまボスぅー。やっぱ、ソフィアさんぎっくり……あっ、裏ボスじゃーん! らーしゃーせ!」


 それを破ったのはシオンの能天気な声。

 ちょっと助かったと思ったリューナクだったがその考えを即座に打ち消す。

 何故かこのアホ、グローの事を何度説明しても「裏ボス」呼ばわりするのだ。本人曰く「ボスよりも偉いから大丈夫」と意味不明の理屈をこね、ある程度の礼儀は弁えているらしいがあまりにも気安く接するのだ。気安過ぎるのだ。


「……はっ!? ちょ、ちょ、ちょっとシオオオオオオン!! アナタ、グロー様を変な呼び方で呼ぶのは辞めなさいって何度も言ってるでしょおおおおおおぉぉぉ!?」


「やぁ、シオン。邪魔しているよ。君は今日も息災そうだね」


「裏ボスもお元気そーで何よりっす!」


 リューナクの叫びなど聞こえないかのように2人は少し楽しげに続ける。

 最大の問題点はグローが特に気にしていないどころかその呼び方を……というかシオン自体をちょっと気に入っている節がある事だ。


 最初にシオンが彼女を『裏ボス』呼ばわりした時、靴を舐める勢いで土下座したが頭を上げるように指示された挙句————『構わんよ。グロー様、だとかアンガル様、などと言われるよりはずいぶん可愛げがある』。そう言って何もしなかった。


 もし本当に気に食わなかったら……自身がナメられたと思えば、その時点でジャケットの下のホルスターに挿さされた拳銃で即座に眉間を撃ち抜かれているハズなのだから。


「今日は依頼っすか? 何頼むんす?」


「街外れの無縁塚の撤去だよ。昔、両親が税金対策に作ったが今は殆ど利用もされてないし、それ以前に、背徳的にも墓荒らしが出ているようでね」


「んな所じゃおちおち寝てられんっすねぇ」


「ふむ、それこそ死体の君が言うなら間違いなさそうだ」


 下らない雑談にケラケラと笑う2人を見てドキドキするリューナク。下手すれば眉間に穴が空く事になるのだから。

 なぜシオンがグローの逆鱗に触れないか分からないが、ちょっとご機嫌そうなので下手に喋れない。できる事はシオンに『断って』と目配せする事ぐらい。


「そうだ、異界から来た君にひとつ面白い話をしよう」


「面白い話? なんすかなんすか!」


「『バーバヤーガ』という悪い魔女の話だよ」


 まぁ、それもグローの方に視線を向けているシオンには効果がないのだが。

 リューナクの落胆を他所にグローの話は話し始める。

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