その2
「はい、こちら掃除屋『Destroy & Clean』です」
応接間の様な部屋の中、1人の女性がデスクに座りながら電話の受話器片手に誰かと話している。
ピシリと決められた黒のスーツ。その上から羽織られたトレンチコートは平均よりも高い彼女の身長を考慮しても少しダボついており男物である事を伺えた。彼女は声こそ落ち着いているが顔色はやや青く、癖なのだろうか空いた片手で忙しなく自らの黒髪を弄んでいる。
名前は、リューナク・エンゲル。彼女が掃除屋と呼んだこの組織——『Destroy & Clean』通称『D & C』の主だ。
その会話を向かいに置かれた来客用と思しき対面に置かれたソファにだらしなく身体を預けて聞きながら2人の男女が何かの賭けをしている。
「今日こそ依頼に銅貨1枚」
1人は黒髪の男。着回しと洗濯のループを繰り返したせいでくたびれたパーカー。前開きのそれから覗く、何をどうすればそこまでボロボロになるのかと思わずにはいられないシャツ。色褪せたジーンズ。特に手入れされずボサボサの黒髪。それらを組み合わせることで醸し出されるなんとも言えないダメ人間オーラ。
名前は、シオン・リンドウ。そう名乗ってはいるが、姓と名を逆にすればそれがそのまま本名になる生粋の日本人である。ならばなぜ、外人じみた名前を使っているのかと言われれば……それはまた別の機会に。
「アンタも懲りないわね。今日も何かの支払いの催促よ、どうせ。あっ、銅貨5枚ね」
もう1人は赤髪の女。黒を基調として所々に金色の刺繍が施され大胆に胸元が開かれた服と、それを持て余す平坦な胸は見た者にセクシーさよりも先に世界の不条理を感じさせる。だが、服の上からでも分かるほどの抜群のスタイルや綺麗に手入れされたツインテール、そしてすらりと伸びた手足に程よくついた筋肉はこの少女がただのちんちくりんの小娘ではない事を何より雄弁に語っていた。
名前は、クリスタル・フォード。水晶を意味する名を本人は気に入っていないようで、他人にはクリスと呼ばせている。
「ええ、はい……間違いありません。ここがその掃除屋です……はい」
「依頼来い〜、依頼来い〜」
「無駄よ、無駄無駄ぁ。これ先週の家費の催促と同じパターンだってば」
数少ないメンバーである2人の会話からも分かる通りここ最近依頼は少なく、ついでに家賃等の支払いが滞っている。それこそ賭けの対象になった際に依頼が来る事の方が分の悪い選択肢になるほど。普段ならば、このままリューナクが青い顔で電話を切った後でシオンが溜息混じりにクリスへ銅貨を譲渡する光景が見られるだろう。
「えっ!? もう使われてない魔物の見張り台の撤去っ!」
だが、今日はシオンにツキが向いている様だ。
「ひゅー、いいねぇ!」「うえっ!? マジか……」
久々の依頼に喜ぶリューナク、別の意味で喜ぶシオン、小さく溜息を吐いて銅貨をテーブルに指で弾き飛ばすクリス。三者三様、もとい感情的には三者二様の反応を示しているが、思っている事は皆同じだ。————久々に給料が出そう。
「はい! はい!! 喜んで!」
詳細を聞き終わったリューナクは電話を切れたのを確認すると2人に叫ぶ。
「さてと掃除屋! 仕事の時間よ! 準備なさい!」
「オッケー、ボス! 俺はいつでも良いぜ!」
「アンタは何も用意しなくて良いもんね」
意気揚々と叫ぶシオンを横目にクリスは少し気怠げにそう吐き捨て、「見張り台だっけ」と呟きながら『倉庫(火気厳禁)』と書かれた部屋に入っていく。
一方、リューナクもデスクの後ろに掛けてある銃をあれこれ選んでいる。何もしていないのはシオンだけだった。
彼らは掃除屋『Destroy & Clean』、略して『D & C』。かつてこの世界に君臨していた魔王が残した負の遺産である魔物……が更に造った数々の建造物群や彼らの死骸を片付け、その近辺に住む方々の健やかな生活を守るお手伝いを目的とした組織である。
「ただいま〜」
「おっ、ソフィアさん。お帰りっすー」
そんな(1人を除いて)少しばかり慌ただしく準備をしている最中、ほんわかとした声と共に部屋に入って来たのは、その声色と違わぬおっとりとした雰囲気を纏う少女だった。ふわりとウェーブのかかったクリーム色の長髪。ゆったりとしたロングスカート。手に持った荷物で膨らんだバック。何だか優しい田舎のおばあちゃんの様な熟練の風格らしきものを漂わせているようにも見えるが、見た目はそれこそ3人の中で最も幼い。
名前は、ソフィア・ミザリア。この組織に所属する最後の1人だ。
「よっこいしょ」の掛け声と共に荷物をテーブルに置いた彼女へリューナクが声を掛ける。
「あぁ、ソフィア。いいタイミングね、お帰りなさい」
「うんうん、ただいまぁ。あっ、そうそう近所のパン屋さんが作り過ぎちゃったパンくれたんだけどねぇ、みんなでお食べ〜」
「ええ、頂くわ!」「あ! 俺も俺も!」
2人の声に続いて火気厳禁の扉の向こうから「私も!」とクリスの声が飛ぶ。それを見てニコニコ顔のソフィア。何だかほのぼのとした空気が流れていく。
「……って、いけないいけない。掃除屋! 仕事よ仕事! 準備準備!」
ハッとしたリューナクが強めに手を叩く。緩んでいた空気がちょっと引き締まった。
「あらま、久しぶりにお仕事来たんだねぇ。なら、これは帰ってきたらのお楽しみ。準備しないとねぇ」
「ええ、そうしてちょうだい! 皆、あと20分くらいで行くわ————」
リューナクの号令を遮ったのは電話のコール音。「何か伝え忘れかしら」と彼女が電話を取り3回ほど頷くと、サッと顔から血の気が引いていった。
「あ、いや、それはそのぉ……そう! 今日、依頼が入りましたので! その報酬で!」
「……これは家賃の催促だな」
「え゛っ、代わりに今からお屋敷の掃除!? 別に掃除屋ってそういう依頼は承って……というか今から仕事が——って、切れちゃった……」
「ツーツー」と寂しげな音を放つ電話を戻したリューナクは弱々しい声で「じゃあ、場所は地図にでも書いとくから……よろしく……」と誰に言うでも無く呟くとトボトボと部屋を後にする。あまりの哀れさにその姿を見ていた2人は何も声を掛けられない……というよりなんて声を掛ければいいか分からないというのが正しいか。
それから10分程度してクリスが出て来る。先程のラフな格好に比べればある程度着込んでいたが、いわゆるフルアーマーと呼ばれるほどの重装備ではない。あくまで行動の邪魔にならない最低限の装備といったもの。後は大きめのバッグを2つ持っていたがそれだけだ。武器の類を身につけている様子はない。
「お待たせ……ってボスは?」
「……別仕事だ。たった1人でな」
「あっそ。じゃあ、ソフィアさんの準備終わったらいきますか。あとアンタはこれ持ってけや」