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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『RUSH!MASH!!BASH!!!』
19/38

その7

 しかしスマッシャーの足は、クリスを踏み潰す寸前でぴたりと止まった。あと少し動かせば目標達成という所で。

 指示を無視した眷属の姿に、シャグマは怒り心頭でその顔をぺちぺちと叩くが微動だにしない。まるで今再び2度目の死を迎えたように。


「ちょちょっ! 何をして————」


 だが、すぐに彼女や他の眷属達にも異変が起き始めた。


「うっぎゃあぁぁぁぁぁぁ!? 乾燥キノコになるぅぅぅぅぅぅ!!」


 こんな湿度が高い空間ではまずあり得ない乾燥。砂漠に放り出されたように身体から一気に水分が失われていく。


 そんな理解できない状況に、彼女はスマッシャーの肩からもんどり打ちながら転げ落ちるが、その痛みよりも脱水の方が苦しいようで打ち上げられた魚のように喘いでいる。キノコだけど。

 一方のスマッシャーも悲惨だ。体を繋いでいた菌糸が死んだのかバラバラと崩れ、元の動かぬ死体に戻っていた。


 ————何が、起こった?


 クリスの頭の中を大量の疑問符が埋め尽くす。強靭な足の代わりにスマッシャーだったモノの受けている、今のこの状況が微塵も飲み込めていなかった。毒の有無関係無しに。

 それも仕方ない。絶体絶命の状況でもはやこれまでかと思えば、トドメを刺さずに停止し、あまつさえ急に崩れ出したのだから。


「うんうん、間に合ったみたい」


 混乱した彼女の耳に入ってきたのは聞き慣れた、でも今日は殆どと言って良いほど意味のある言葉を発していなかったソフィアの優しい声。


「なん……で……?」


「ありゃま、ちょっと待っとってねぇ? まずは解毒せんと」


 魔法陣を纏わせた腕が優しくクリスをさっと撫でると、彼女の身体から痺れが消え……はしなかった。まぁ、辛うじて動けるようにはなったが。

 ゴクエンダケの毒はそれほどに強力なもの。本来なら胞子を大量に吸えば意識喪失、呼吸困難、嘔吐、腹痛エトセトラエトセトラ。麻痺だけで済んだのは彼女だったからこそ。


「そ、ソフィアさん。う、動ける様に、なったんですね……」


 シャグマが苦しみ出したのは彼女の環境改変によるもの。本当に砂漠に叩き込まれたのだ。しかもそれを知る術がない。とはいえ知っても対策は取れないが。


「そう、シオンちゃんが頑張ってくれたんよ」


「し、シオン、の?」


「そう! 俺のおかげ!」


 ソフィアの後ろからしゃしゃり出てきたシオンの両手には焚き火用の炭が握られていた。


「じめじめは炭で除湿してやりゃいーのよ!」


「えぇ……そんなんで、いけんの……?」


 本日何回目かになる脱力感が再びクリスを襲う。


 脱力と集中がこの短期間で何度も繰り返されたせいかひどく疲れた。さっさと終わりにしてシャワーでも浴びたい。心の底からそう思いながらシャグマの方を向く。

 まだ麻痺が残るとはいえ、そこいらの二流冒険者程度の戦闘力はある。つまり、スライム程度の戦闘力しか持たない魔物を殺すことなら赤子の手を捻るようなもの。


「ま、待って! い、いや待って下さい! お願い……お願いしますっ! 殺さないでぇ……」


「わーお、ジャパニーズ土下座スタイル。コッチの世界にもあるんだな」


 眷属を、更には最終兵器すら失い、瀕死になったシャグマは命乞いを始めた。渇きに喘ぎながらも必死に頭を地面に擦り付ける。

 その姿は先程までの生意気なクソガキとは打って変わって、弱々しい少女そのもの。どう考えても敵は向こうなのに悪い事をしているようだ。


「ねぇ、クリスちゃ「駄目、です」


 その罪悪感に真っ先に耐え切れなくなったソフィアの言葉をクリスはにべも無く切り捨てる。


 コイツは弱いがそれなりに狡猾で特殊な能力を持つ。生かしておいて良い事など絶対に無いと彼女の勘が告げていた。


「でもさ、俺たち掃除屋の役目は魔物の退治じゃ無いしさ……1人くらいならよくね?」


「アンタ、さっきまで、何見てたの? それに1人、じゃなくて1体、よ!」


 見た目に騙されんなボケ。と付け加えて、落ちていたスコップを手にしてヨロヨロと土下座を続けるシャグマに向かう。誰も出来ないなら自分がやるという腹積もりらしい。


「これで、終わり!」


「ちょっ!? ソフィアさんっ!?」


 振り上げたスコップを突き刺そうとした瞬間、シオンの叫びで手元が狂った。首を落とそうとした軌道は逸れ、頬を掠るに留まった。


 一体、何が起こったのか振り返ると————、


「じめじめ……」


「何で!? ほら、炭っすよ! 炭ぃ!!」


 ソフィアが再びじめじめしていた。


 そんな彼女へ必死にシオンが炭を擦り付けるも効果がある様には見えない。


 そもそもが間違えていたのだ。確かに炭に除湿効果があるとは言えども、こんな森林のど真ん中で効果を実感出来るはずもない。それでもソフィアが一時的に正常に戻ったのはひとえにシオンの応援のおかげ。


 ————大丈夫! ソフィアさんならイケるっすよ! ほら、炭があるから大丈夫!! ね? これで大丈夫!!!


 いわゆるプラシーボ効果。炭があるし、何よりシオンがここまで言うのだから。そんな強い思い込みの魔法。とはいえ実際に除湿された訳ではないのですぐにそれも解けてしまった……という訳だ。


「また!?……あっ、いや、今は、それどころじゃ「い、今だッ!! たいきゃーく!!」


 ソフィアがじめじめしたのならば、シャグマを取り巻く環境が元に戻った事となる。しかも一瞬ではあるがクリスの視線も外れている。こんな千載一遇のチャンスを逃す馬鹿はいない。


 何処に残っていたのか、彼女は最初に出したものより一回り小さな複数の眷属を出現させ、そのまま彼らに自分を担がせ逃げて行く。

 それなりの速度が出ており、通常ならともかく、全身に麻痺が残るクリスでは今からではとても追い付けないほど差が広がっていた。

 苦し紛れにスコップでも投げつけてやろうかとも思ったが止めた。この後を考えれば、もう無駄な事は何もしたくない。


「覚えておけよ掃除屋ぁぁぁ! この屈辱は必ず倍にして返してやるからなぁぁぁぁぁぁ!!」


 遠くから木霊するそんな捨て台詞にクリスの口から不意に漏れた感想は怒りでも殺意でもなく———「やっと終わった」

 つまりは疲労。それに尽きる。


「……さて、仕事しますか」


「そうだな……」


「じめぇ……」


 とはいえ実際のところ何も終わっていない。せいぜい環境改変のおかげでカビ……いや胞子が完全に死滅したくらいだろうか。


 切断。運搬。焼却……はちょっと置いとくとして。ここからの重労働を考えると頭が痛い。各自、散らばった道具類を集めて作業を再開する。


 ギコギコ、じめじめ。ギコギコ、じめじめ。


 ふと、誰かの腹が鳴った。


「……腹減ったなぁ」


「……そうね」


 疲れ切った身体は持ってきたビスケットやレーションでは満足しないだろう。肉だ。肉がほしい。


「ミノタウロスって美味いん?」


「……美味しい。前食べたけどかなり美味しかった」


 麻痺と疲労と空腹がクリスを狂わせる。

 本来ならば絶対しない選択。間違いなく腹を下す肉。でも今、目の前のそれは光り輝いている様に見えた。


「焼く?」


 突き出された案は今は最適解に思えた。胞子がちょっと残ってるけど焼けば普通の肉。それに自分には加護がある。ならば、いけるかも。

 そんな訳が無いと頭の片隅で知性が叫ぶ。————腐った肉だからそれ! 止めとけ!


 だが、本能はもっと大きな声で雄叫ぶ。————うるせェ! 喰おう!!


「焼こう」


 今、厳かに焼肉パーティの開催が決定された。


 なおクリスはこの後、食あたりで地獄のような苦しみを味わい、食べなかったソフィアと一緒に食べたはずなのに無事だったシオンに介抱される事になるのだが……それはまた別の話。

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