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魔物専門掃除屋『D & C』の日常  作者: クロード
『Destroy & Cleanのアーカイブ』
11/38

その11

 翌日、宣言通り空が赤みを帯び始めた頃に帰ってきた。クリス1人で。


「お帰りなさい……って、貴女だけ? 他の2人は?」


「あ、えっ、と……ば、しゃの、返却」


 何だか挙動不審気味なクリスは質問にそう答えると、今回の報酬と思しき何かが入った布袋をリューナクが座っているデスクに置くと「じゃ、じゃあ、私も予定あるから」と逃げるように踵を返す。


「ちょっと待ちなさい」


 扉に手を掛けた瞬間に飛んで来た静止の声にびくり、とクリスの背が小さく震えた。


「な、何?」


「や、大した事じゃないわよ。昨日、掃除のお駄賃として良い感じの茶葉を貰ったから一杯どうかと思って」


 本当に大した事じゃなかったとクリスは内心ほっとする。だが、今は呑気にティーブレイクしている場合ではない。


「い、要らない……私、紅茶飲めないし……」


「あら、でもこの前の依頼主がくれた高めのハーブティー飲んでなかった? というか、シオンもソフィアもあんまり好みの味じゃないって言ってたから、ほとんど飲んだのは私と貴女でしょ」


「ハーブティーと紅茶は別物だから……」


 紅茶を臨時の『嫌いなモノ』リストにぶち込み、無理矢理話を切り上げようとするものの、その強引さに流石のリューナクも怪訝そうに顔を顰めた。


「クリス」


 名前を呼ばれたクリスは答えない。ただ、黙っているだけ。


 重苦しい沈黙が場を支配する。

 いや、この場を支配しているのはリューナクだ。彼女が口を開かなければどうにもならない。


「何か隠してるわね」


 支配者は見透かしているかのような口調で告げる。しかし、その視線はクリスの持ってきた布袋に注がれていた。


「……何も」


 ————ヤバい。


 昨日と今日で何度口にしたか分からない言葉がクリスの脳内で木霊する。

 だが動く事は出来ない。逃げれば『認める』事になる。


「ふぅん。なら、この中を見ても良いわよね」


 何も答えない。何も答えられない。それに意味はない。何と言おうとも止められない。


 鼓動がやけに耳を打つ。この静寂の中ではリューナクにも聞こえてしまうのではないかと心配になるくらいに大きく、強く。


「全く、何をしたんだか……」


 リューナクが袋の口を開けようとしたその時————、


「サプラァーイズ!!」


 突然、思い切り開け放たれた扉からシオンが入ってきた。


「えっ、ちょっ!? 何!?」


「……は?」


 驚いたのはリューナク……だけではない。クリスも面食らっている。つまり、これは想定外の事態。


 ————「ボスへの報告は公平にじゃんけんで決めよう」「何でアンタが仕切ってんの?」


 そんなやりとりの後、結果として敗北したクリスが今回の報告をする事もなり、勝者となったシオンとソフィアは今頃どこかでヒマを潰している予定のはずなのだから。


「えっ、えっ? シオン、あなた腕はどうしたの!?」


「まぁ、ちょいと色々ありまして……んな事よりぃ! ボスゥー! 忘れちまったのかよぉ!」


「えっ……え、えーっと?」


「この依頼で、記念すべき500か……あー、いや盛りすぎか? あっ、って、ちがっ……にひゃく……そう! 200回目達成だぜ! めでたい!!」


 仲間の腕が何故か木製の義手に置き換わっていた事に対して若干の困惑を見せるリューナクをよそに、シオンはやけにハイテンションに騒ぎながら答える。

 だが、その途中で手を後ろに回した際、クリスにだけ見える位置で腕を分かるようにクロスさせバツを作った。つまりこのサプライズは全て嘘で、どういう風の吹き回しか助けに来たという訳だ。


「そ、そう! あ、あっぶなー! あとちょっとでバレるとこだったわー!」


 これ幸いとクリスは即座に調子を合わせる。

序盤のグダつきはともかく、「来んのが遅いのよ!」「悪りぃ悪りぃ」という自然な掛け合いを嘘だと思うのは難しいだろう。


「すっ、すっかり忘れてたわ! それはめでたいわね!」


 無論、それはリューナクも例外ではない。

 その嘘をまるっと信じたようで、嬉しそうに表情を崩す。


「という事はこれは何? 記念品的なモノ?」


 そして、話の流れ的に当然のように布袋の詳細を聞かれた瞬間、一瞬だけシオンの表情が消えた。だが、すぐにいつものような気の抜けたような顔に戻して答える。


「あー……そ、そう! サプライズ! サプライズプレゼント! 今回の報酬の上に乗せてんの!」


「わっ! 嬉しい!」


 予想外のプレゼントに喜ぶリューナクには2人の「大丈夫なの?」「大丈夫大丈夫……多分」という潜めた声の会話は耳に入っていなかった。


「それじゃあ、ソフィアさんが今……ほら、色々してるから迎えに行ってくる! それ開けるのは皆が揃ってからにしてくれよなボス!」


「勝手に開けないでよー?」


「分かってるわよ! 子供じゃあるまい!」


 などと言っていたが、軽口を振り撒きながら部屋を出て行った2人を見送った数分後、誘惑に弱いリューナクは「ちょっとくらい良いわよね」と布袋を開いた。


「何かしら何かしら……ん? なにこれ『肩たたき券』……?」


 開いて1番初めに目に入ったモノがそれだ。手作り感溢れるデザイン違いのそれは掃除屋の面々が作ったであろう3種類。


「ま、まぁ、こういうのは気持ちよね。お金ないし……とりあえず、今回のほう、しゅう……」


 肩たたき券を退けると、その下には『請求書』と書かれた紙が目に飛び込んできた。書式の異なるそれは『馬車の弁償』『禁足地への立ち入り』『契約不覆行による損害賠償』の3種類。それ以外はカサ増しと思われる石しか入っていない。つまり報酬はない。負債だけだ。


 まさにサプライズ。ともあれ、口から飛び出るのは歓喜の叫びではなく————、


「な、なにコレええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 悲鳴。


 悲しい事にこれが掃除屋D & Cの日常。金欠と悲鳴が奏でる騒々しいオーケストラ。

 拝聴料は家賃1ヶ月分。しかし、観客はいない。今月も滞納だろうか。それでもこの狂騒は続いていく。明日も、明後日も。

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