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8話 ヒーロー衣装の準備

 ラングとして旦那様と戦い、本当の旦那様を取り戻すと誓ってから、すぐ。

 私はありとあらゆる面で準備を始めた。


「これがスプレの、ですか?」

「ええ、そうよ。ソフィアありがとう」

「いえ」


 やはりきちんとしたものを用意しないと、旦那様は救われない。

 訓練場で拳を交えてよくわかった。中途半端はだめだわ。

 幸い、周囲の人脈に恵まれていたのか、頼まれてたものは、すぐに届いた。

 後は自分で直したり、調整を加えるだけ。

 必要があれば勉強もし直して、最低限の用意は出来た。

 あまり時間がかからなかったのは幸いとしかいいようがない。


「え?」


 この時間には珍しく、扉の叩く音がした。

 私より年上の若い男性、身体を鍛えていて、統制のとれた筋肉のついた腕から振られている。

 よく知る手。

 久しく触れていない手だ。


「え、うそ……旦那様?」

「リン様?」


 嘘でしょう。

 今いるのは与えられた私室。

 夫婦の部屋と同じく、屋敷に来てから旦那様がこの部屋の扉を叩くことはなかったのに。


「いかがされますか?」

「お願い」


 期待なのか緊張なのか、少しだけ声が震えた。

 開けられた扉の先には、やはり旦那様。


「旦那様」

「クラシオン、先日のこ、と、で、」

「おはようございます、旦那様!」

「そ、そ……、」

「?」


 私を見留め、部屋に入って、すぐのところで立ち止まったまま。

 目を開いて、口を何度か閉じたり開いたり……驚いているよう。

 今日は休日だけど、旦那様は仕事だったはず。

 何故、わざわざ私のところへ?


「その、服は、なん、だ?」

「あ、ああ!」


 そうだった。私は今、ラングに変身した姿だったわ。


「旦那様、これはラングの衣装ですわ。これを纏う時、私は戦士になるのです」

「そんな露出の多い服は、今すぐやめなさい!」


 旦那様が珍しく大きな声をあげている。

 敵を目の前にしているとしか見えていないのだわ。

 けど、このよく出来た衣装の説明は、きちんとしておかないと。


「何を仰るのです! 確かに丈は短いですが、下にきちんとはいております。それもラングでは配慮されているのですよ」


 ほら旦那様、と私達が普段着ない丈の短さのスカートの端を持った。

 きちんと下にはいているのは、シリーズ全てに共通している。

 レギンス、タイツ、パンツスタイルの戦士もいたりと多岐に渡るけれど、スプレとスプリミはレギンスが主だ。

 摘んだ裾をあげると、旦那様が見て分かるほど動揺した。


「いいや、めくり上げるなやめろ!」

「いえ、先程も申し上げましたが、配慮されてるので、中を見ても問題は」

「駄目だ!」

「やはり私のことは、敵として見えるだけなのですね……」


 そうなると、何度も敵として戦わないと響かない。

 スプレでは二十六話で正気に戻ったことを考えると、まだ先は長そうね。


「もういい……」


 溜息を吐いた旦那様が、そのまま部屋から出ていこうとする。

 思わず呼び止めてしまった。


「旦那様」

「どうした」

「あの、何か私に御用があったのでは?」

「……いや」


 沈黙の後に短く応えた。

 本当は何かありそうだけど、話す気がとうに失われてるよう。

 旦那様ともっとお話したいけど仕方ない。

 洗脳されている手前、夫婦として共に立つことも難しいのだろう。


「では、いってらっしゃいませ」

「ああ」


 こちらを見ることなく、けれど相槌を打って部屋から出て行った。

 ああ、短かったとはいえ、なんだかとても夫婦らしいやり取りだったわ。

 そんな小さな事に喜びを感じるのはおかしいかしら。


「リン様? 服は……」

「ああ、そうね。脱ぎましょうか」


 正直、作りが前世のものだから、一人でも脱ぎ着はできるのだけど。

 折角なので好意に甘えることにした。



* * *



「街に行きましょ!」

「はい、是非」


 カミラは王女殿下としての仕事があって、先に帰ってしまったけど、私はアンヘリカと共に王都の商店が並ぶエリアに行くことにした。

 アンヘリカは髪留めを新調するらしい。


「そうそう、最近物盗りが増えてるらしいわよ」

「そうなの……、このあたりで?」

「ええ。今日、うちの護衛が多めなのはそこ」


 いつも専属護衛騎士一人しか置かないところを、今日は三人。

 私は変わらず一人。

 旦那様がいる時は必要ないけれど、やはり私一人の時は専属騎士についてもらっている。

 旦那様が選んでいるから、かなり信頼のおける実力者。

 あまり話してくれないけど、いい人なのは長い付き合いからわかる。


「リンは買わないの?」

「ええ、次の社交界に使うものは用意してるし」


 アンヘリカが買うものを決めた。

 店から出て歩きながら、話の続きをする。


「個人の趣味と嗜好でってことよ?」

「んー……」


 あまり物欲がないとは、よく言われる。

 こういう女性がよく行くところは好きだけど、買う買わないだと特段買う気持ちにならない。


「まあリンが物欲ないのは今に始まったことじゃないしね~」

「そうね、何故かしら」

「興味の対象が物じゃないだけよ」

「そうかし、」


 と、突然大きな声と、周囲のざわめきで辺りが支配された。

 護衛騎士が素早く私達を囲む。

 声は遠くから聞こえた。


「なに?」

「リン、あれ」


 アンヘリカの指差す方を見上げると、屋根伝いに走る人影が一つ。

 夕暮れ時で影になって顔が見えない。


「アルコだ!」

「え、アルコ?」

「物盗りよ! 二人一組で、アルコとフレチャって通称名で通ってるの」

「フレチャ?」


 それは間違いない。

 スプレンダー、四幹部の二人の名だわ。


「なんてこと!」

「リン?」

「私、行かないと!」

「はあ?」


 アルコが頭上を通りすぎていく。

 だめだわ、ラングとして見過ごすわけにはいかない!

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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