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53話 クラシオンの願いが叶う

 音楽発表会の件もあり、ラブリィブレッシングシリーズは、市井にも広く浸透した。

 仕立て屋では戦士の服を扱ったと噂が広まったり、戦士が戦った場所は聖地と呼ばれ訪問者が後を立たないと、ライムンダ侯爵やカミラ、アンヘリカから聞いている。

 私の正体は一部の人しか知られていていないので、私の身辺が騒がれることはなく、平和な日々を過ごしている。


「クラシオン、いいか」

「はい!」


 カミラと別れ、旦那様と共に連れられてきたのは、訓練場。私が戦士として初めて旦那様と拳を交えた場所だわ。

 女性用騎士服に着替えた私が旦那様と共に訓練場に入ると、中にいた騎士達がぴしりと並んだ。旦那様が来るだけで空気が変わるのね。さすが旦那様だわ。


「はあ……やるか」

「旦那様?」

「いや……やはり君を人前に晒すのは気分が良くない」

「まあ」


 嬉しそうにする私とは反対に、旦那様の憂鬱そうな顔は変わることがなかった。

 今、私は臨時的に訓練の講師をしている。

 今回の件で新設された魔法戦士の育成のために。勿論私の正体を知らない騎士もいるから、戦士に教授を受けた者の一人として講師をしている。


「では」


 旦那様が誰かを指名する前にやる気のある手が勢いよくあがる。旦那様は眉間に皺を寄せて渋々その手の主を指した。私と相対する騎士の瞳はやる気に満ちている。


「クラシオン、強化を最大で力の限り殴りなさい」

「え、旦那様。今から行うものは、ただの見本ですが」

「かまわん。そのぐらいの方が士気があがる」

「分かりました。やります」


 旦那様が私の耳元で助言してくれたように、思い切り相手の騎士に拳を振るうと、強化で防御していたとはいえ、訓練場の端まで吹っ飛んでしまった。


「私ったら」

「いや、これでいい」


 素晴らしいと旦那様が褒めて下さったので、これで良かったようだった。

 周囲の空気が戸惑っているように感じたけど、旦那様曰く、新しい訓練をするとこうなるらしい。

 オスクロ戦を終え、王陛下は魔法戦士の重要性を鑑み、魔法戦士の部隊の新設と、魔法使いの部隊と連携をとることを決めた。連携をとることにより、それぞれの監視も兼ねることができる。オスクロのような者をださないよう抑止も考えてのことだった。

 臨時講師として通うことになったので、音楽発表会の時から続けて、私は旦那様と行き帰りをいまだ共にできている。それがとても嬉しくて、私は日々幸せを噛み締めていた。



* * *



「クラシオン」

「はい」


 そんな日々の馬車の中、隣に座る旦那様が、やや肩に力をいれ緊張した面持ちで私を見下ろした。


「その、今日なんだが」

「はい」


 言葉を詰まらせたけど、私は旦那様の言葉を待った。ぐっと奥歯を噛んで、はっきりと私に告げた。


「今夜、寝室へ行く」

「え?」

「夫婦の寝室に行く、から、待っててほしい」

「……」


 私が旦那様に願ったこと。言葉にしてお願いしたことだった。


「クラシオン?」

「え、は、はい! お、お待ちしてます」

「ああ」


 嘘、夢のようだわ。まさか旦那様が。

 そんな夢見心地の私を尻目に夕餉はあっという間に過ぎ去った。何故かソフィアとナタリアが事情を知っていて、いつもより丁寧に磨かれたけど、何も言及する気になれず、そわそわしたまま寝室に入った。


「……私ったらおかしいわ」


 いつになく緊張していた。

 不思議、今まで少しずつ旦那様と触れ合ってきたのに、今更な気もする。

 そうこうしている内に、がちゃりと扉が開く音がした。

 思わず立ち上がってしまった。


「クラシオン」

「だ、旦那様」


 ああ、だめね。特段この時間に顔を合わせないわけではないのに、どうしても緊張してしまう。無意識に自分の指を触ってもぞもぞしているなんて子供のようだわ。

 こちらにゆっくり歩みを進めた旦那様を見ようと目を上げると、旦那様の瞳が水気を帯びていて、旦那様も緊張しているのだと分かった。でもそれ以上に、旦那様が夫婦の寝室に来て下さったことが嬉しくて、実感すればする程、私の緊張はどんどん消えていってしまう。


「クラシオン、今まで本当にすまなかった」


 ずっと一人にさせて、ひどい態度をとって、と旦那様が苦しそうに言葉を落としてくる。

 いいえ、今日ここに来て下さっただけで、もう充分だというのに。


「旦那様、私嬉しいんです」

「クラシオン」

「ありがとうございます、旦那様」


 旦那様が唸って、私を抱きしめた。

 もうそれだけで胸がいっぱいになるほど幸せを感じた。


「クラシオン」


 抱きしめる腕を緩められ、私は旦那様に緩く囲われたままの状態から、顔を上げた。

 旦那様が見下ろして、片手で私の頬を撫でた。


「口付けても?」


 目元が、赤い。


「はい」


 頷くと嬉しそうに目を細めてくれるものだから、私の心内がことんと動いた。


「クラシオン……愛している」

「私も、愛しています。旦那様」


 静かに瞳を閉じて、旦那様を受け入れた。

最終話同日UPします。

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