2話 転生前の記憶を思い出す
夜、月を眺めながら、シドラを頂く。
旦那様が帰ってくる様子はなかった。
今年も粘ってみたけど、だめそう。
「旦那様……」
夫婦の寝室は、もう何年も私しか使っていない。
ベッドに関しては、学生の間は学業に、と旦那様が別室で就寝すると主張したからだ。
だからここに来てから、一度も旦那様側の扉が開いたことはない。
確かに学生の身分で学業優先なのは、旦那様の言う通りだろう。
けど、アンヘリカは妊娠出産で学業を一時的に休んだりもしていて、その後戻って来ている。
だから、学業を理由に避けられている気がしてならなかった。
それにもうあと半年で卒業だ。
正直一緒に寝てもいいのではと思う私は、はしたないのだろうか。
一人では広すぎるベッドに横になっても、訪れるのは淋しいとか虚しいといった気持ち。
「……もう寝よう」
でも今日は、そう。今日だけは、いつもと違う夜を迎えた。
「あら?」
夢を見ている。
いいえ違う、あまりにも現実味がある。
「これは?」
私は小さな子供だった。
まだその世界の学校にも通わないぐらい小さい女の子。
見ているのは、テレビというもの。
薄い板のようなものに、色が着いて動いて音がでている。
そこには、私がいた。
「私?」
『癒しの輝き クラシオン!』
見たことのない衣装に身を包み、悪と戦う私は、言葉の通り輝いていた。
『私は、負けません!』
『クラシオン!』
『フスティーシア!』
テレビの向こうの私は格好良かった。
悩みに立ち向かい、悪と戦い乗り越える。
まさにヒーロー。
「これが、私……」
途端、想像を超えたものが私の頭を巡り、数えきれない何かが流れていく。
記憶だ。
戦士として戦う私を見ている少女の記憶。
少女は、その世界で言う小学校に通う前に亡くなった。
僅か六年ほどの記憶の中、テレビアニメの中にいる私が仲間とともに悪を討つ姿が好きで、自宅でも病院でもずっと見ていた。
そのアニメ世界が、ここ。
「この世界は、ラングの世界……」
魔法戦士ラブリィブレッシング、シリーズ四年目スプレンダー、五年目スプレンダーリミテ、それが今私がいる世界。
主人公はフスティーシア。正義をつかさどる戦士。
私は第二の戦士として目覚めた、クラシオン。癒しをつかさどる戦士だ。
悪の統治者オスクロと戦う使命をおびた、魔法使いであり戦士。
* * *
「今のは……夢?」
今まで見てきたような夢とは全く違う。
こんなにも鮮明で、近くて。
「おや、奥様。起きてらしたのですか」
「ソフィア」
「お早う御座います」
「ええ……」
「奥様? ……リン様?」
ソフィアの声が遠い。
ああ、やっぱり違う。
「いいえ」
「?」
「夢では、ないのです」
ええ、そう。
あんなに若くして亡くなってしまった。
あの小さな少女は確かに生きて存在していた。
私たちの世界とは全く違う世界。
日本という異国、時代も違う、魔法もない世界は確かにあった。
あれは現実だ。
「私は、彼女の……ヒカリ・イチミヤの生まれ変わった姿」
「はい?」
「ソフィア」
「はい」
「私、転生前の記憶を思い出しました」
「……え?」
現実として、存在するなら。
ヒカリの好きなアニメの世界がここであるなら、私はやらなければならない。
「私の、使命!」
となれば、早く着替えないと。
急いで会わないといけない。
「旦那様の元へ行きます」
「え?」
「急いで、ソフィア。早く着替えないと、旦那様が出て行ってしまう」
「は、はい」
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