日常の終わり始まり
跳ねるような軽やかな足運びで少年は走っていた。
顔の筋肉はダラしなくもすっかり緩んで、目は遠くの方を映して、心ここに在らず、無邪気な子供のそれである。
何故なら、今日から僕は中学生!
「ひゃっほー!」
若さゆえに恥知らず。変声前の高いような声で叫びながら、今日から通学路になった桜並木の淡いピンク色のトンネルを進んで行く。
変わり映えしない見知った道がいつもと違って見えるのは不思議だったけど、もしかしたら散りゆく桜の雨効果だったのかもしれない。
「おい、見ろよあれ....」
「うっわ〜...見てて痛いな...ガキかよ」
「..ちっちゃくて可愛い...小学生みたい..」
「アイツ...はしゃぎ過ぎ」...だが....「待てよ、翔」
横を走り去るお子ちゃまな顔馴染みにようっ!挨拶をするが華麗にスルーされた。追跡するが...結構速い。さながら兎のようだと思いながらも腕を振り足を回す。
カバンが厄介だ。背中に背負うリュックタイプのものとはいえ、教材が内部で暴れ回る。左右上下...前後と自由気ままに主張するから思うように力が伝導しない、1歩は進まないし段階的に重さが足にのしかかる。馴れない制服が野暮ったい、靴もそうだ。
「脇目も振らないで...猫まっしぐらかよ...兎か。何がアイツの心を駆り立てるのやら...はぁ...」
距離がみるみる詰まって。
小さな背中が一時的に近づくもこちらはかなりのオーバーペース。
ハァハァ息が上がってくる。
私の脚質は長時間のランには向かない。昔ならともかく今はもう...翔が止まるまでもう追いつけないと分かりきっている。
意地を張っても仕方ない、疲れるだけだ。付かず離れずで自分のペースで追うことにした。
それにしても翔の奴...身軽そうだな....我が子を見守る母親のように優しい眼差しを背に送った。
「ひゃっほー!」
先輩や同級生の視線や失笑が気にならないのかって?
愚問だ。僕はそんな一行に目もくれない。認識などしていない相手など気に留ることなどないのだから。
真新しい鮮明なブラックの制服に、3年間お世話になる相棒に早速、致命的なまでの皺が寄ろうとも、歩みは止まらない。
中学校の正門に到着するまでは。
って、感じでやっと着いた、正門前で僕は両膝に手をやり、絶え絶えの呼吸を整え顔を上げると。
夢にまで見た校舎が目前にドンと構える。
あと5歩、踏み込めばそこは敷地内。
今日は授業がスタートする記念すべき日、噛み締めながら進むとしようか...
ゴクリ。
「何?あの子_____もしかして新入生?」
「目キラキラさせて____なんか可愛いかもっ....」
「え〜?あんなのがタイプ?...さてはショタコンだな?」
「ち..違うよっ!?...ただ..なんか...その...あの..可愛いなぁ〜って......ちっちゃくてって意味で....あ..」
「ほうほう、なるほどなるほど。お前は今日からショタ美だな」
「えっ!?酷くない!?」
「嘘嘘〜怒んないで〜♪」
わちゃわちゃと楽しそうに会話しながら横を通り過ぎて行ったのは、女生徒2人。___僕の先輩に当たる方々だろう。
思いもよらず目は吸い込まれたように。ショタ美と呼ばれた綺麗な黒髪を風に靡かせ歩く大人っぽい先輩に向けていた。
やばっ。
彼女の振り返りざまの一瞥に合わせてしまった自分がいた。
「..あぁ...やっぱり可愛い...抱きしめたい...駄目かなぁ〜?」
「ダメだろ....おいおい、犯罪だけは犯すなよ?ショタ美よ」
「んもう〜!ショタ美言わないでっ!定着したら困るからっ」
「はいはい」
最後にチラリとショタ美さんは僕に笑顔を見せてきた。ついでにウィンクも。
ズキューン!射抜かれた。
ぽっ....。と自分の顔が熱くなったのが分かる。
ここは天国?いいや、楽園か?_____学園です。
彼女に彼氏さんは居るのかな?有り得るかもしれない、可能性に、胸が高鳴る。
僕は身長140cm程しかない。
これから成長期に入ってグングン伸びるのではって?
答えはNO...絶望的なんだ。
お父さんは155cm弱。母さんに関しては140cm...もない。
両親は童顔幼児体型夫婦....と言われるぐらい____決して言われないが___周りの大人より頭1個分よりも小さい傾向にある。
買い物に行っても高い所にある物は取れなかったり、電車の中は息しずらいし、低身長はコンプレックスだと思っていたけど、ありかもしれない...と、165cmはありそうな後ろ姿に右拳を握りこんでいた。
捨てたもんじゃないね。ぐっ。
男子は学ラン、女子はセーラー服。統一された衣服に皆一同が袖を通す、この光景は新鮮で目新しくて、ウキウキが溢れた。
これから入る学び舎で、いったいどんな仲間たちと出会うことになるのだろうか。小学校や保育園時代からの友人やまったく面識のなかった人とも一緒になることだろう。
だが、きっと僕なら皆と上手く付き合っていける。
マスコットキャラのように弄られ、抱きつかれ、玩具にされようとも中心に僕が居ることには揺らぎはないだろう。
最高の仲間たちとどんな青春の1ページを綴っていけるのだろうか。
見通しの良い開けた未来予想図に僕は胸を膨らませる。
浮かれ過ぎた僕は盲目。耳も同様の症状が現れ
「翔っっ逃げろぉぉぉーーーー!!!」
背後から届いた友の声も
ブーーーーー!!!鳴り続ける車の警告音も聞き漏らしてしまうとは、思いもしなかった。
視線が意図せず下に落とされ何かに背を押されたと、理解しながらも僕は転んだ____首だけ振り返る。
え?日向...いんきなりなんで...あ。
スローモーションの時の中、友人の決死の形相と箱のように四角い乗り物が迫ってきたのを視認した。
駄目じゃないか...しっかり前を見てなきゃ...危ないよ。
トラックの運転手さん、は突っ伏して動かない。
そっか、日向が...僕を助けようとしてくれ
ガン!
僕らは自動車に弾き飛ばされ、学園の仕切を跨いだ。
正確には飛び越えた...かな。
不本意な形だよ、まったく。
まったく...お前は最高の友達だよ、日向。人の為に命を懸けるなんて....なんて....馬鹿なんだよ、お前っ...最上級のお人好しめ...
今まさに車輪に潰される彼女の身体。彼女の見慣れた顔を見ながらそんなことを思う。
ボコン!
次は僕の番、黒いタイヤが眼前に迫ってきたけど、先に背を打ち付けられ視界が赤みがかる方が早かった。
「かはっ!?あっ...」
ボコン!呆気なく僕は死んだようだ。
首が変な方に折れ曲がり。
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きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!悲鳴が上がり始める頃には、もう数人が巻き込まれ日常に過ぎなかった今日は大狂乱、幕は開けた。
大多数の生徒が事の異様さに立ち竦み、尻もちを着いてただ成り行きを見守る先で。
容赦ない暴走車両は学園に不法侵入、進路を真っ直ぐに決め込んで昇降口目指し猛スピードで突き進む。花壇なんて関係ない、障害物など関係ない___人が居ようが関係ない、退かないならば壊すのみ。
出鱈目無理やりに走行する車両は花壇の柔らかい土に足を取られ重心を崩されたように次第に傾き、横転した。
ザァーーー!!!と火花を上げながら滑走してゆき昇降口を塞いで、バリンと窓ガラスを砕き、フレームをグニャリと軽々歪めてようやく止まった。
爆発は_____しなかった。
視線を一点に集めた車両はピクリとも動かなくなり静かなものだ。
凍りついたような時の中、1人の生徒が震える手でスマホを取り出しシャッターを切る。
パシャリ!
合図のようにまた辺りが音を取り戻し騒がしくなった。
「...成美...ねぇ...成美...嘘..でしょ____ねぇ、嘘だと言ってよ!ねぇ....」
先程までふざけ合っていた、横に居た____今は変わり果て転がった友の姿を見て涙を流す者。
「け...警察...警察呼ばなきゃ...」
回らない頭でも的確な状況判断をくだせる者。
「やっばー...写真撮ろっ....ネットにupしなきゃ...」
瞳の奥の方では嬉々として、写真を撮る者。
様々な思いが入り乱れたカオスと化した場に、先生ら大人が到着したのはそれから少し後の事だった。
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事件か事故か。発生してから10数分経過する頃には警察や救急車、消防車どこからか情報を仕入れたのか、次第に報道人が詰め寄せ、数は増えつつある。
報道人はスクープとばかりに血走った眼で我先にと門前に詰め寄り、他を蹴り弾きそうな勢いだ。同じくらい血眼で警官が身体を張ってそれを食い止める。
下がってください!下がってください!余りに執拗い集団に手を上げるんじゃないかとゆうような剣幕で押し返す。
その背後で何台もの救急車が赤灯をグルグル回していた。
下敷きにされた何名かは即死だったが、跳ねられた何人かは重症もしくは軽症で、救急隊員がせっせと行動を起こし対処する。
正に人命救助の真っ最中だったのである。
そんな光景を一般市民に過ぎない生徒らと教員らはただ見ている事しか出来なかった。
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「僕は死んだ筈だ。命懸けの日向に弾き飛ばされて、でも結局タイヤに潰されて。なのに生きている。これってどうゆう事なんだろ?」
翔は1人佇んでいた。
痛みはない。トラックの姿も。まるで夢でも見ていたように。
手を握って開いて、身体中ペタペタ触ってみるけど、感触もある。
定番ながら足を見ても、やっぱり付いている。
スンスン。
嗅覚も。視覚も。耳も聞こえる。
サァー....振り返れば桜の木が遠くで揺れてる。
いい音だ。
どうやらここは学園の敷地内、正門をくぐってすぐの所だ。
日向が横たわって居るのが見えた。
記憶の限りでは僕を助けるために轢かれてしまった彼女、の元に僕は歩み寄る。
どんな顔で、何を伝えたらいいのだろう。
分からないけど声をかける。
「ねぇ、日向....日向...目を開けて...日向..」
ユサユサ肩を揺すった。