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異世界物

最高の勇者を殺す一つの方法

作者: コーチャー

「では行ってきます。ふた月ほどで戻るつもりですけど女王代理はくれぐれも言動に気をつけるように。宰相は魔法国などから賄賂わいろなどを受け取ることに夢中にならないように。役得やくとくと言えるくらいなら大目に見ます」


 私が言うと、私そっくりに変装へんそうした侍女長じじょちょうが目に涙を溜めながらすがりついてきた。


「女王陛下! ほんとに行くのですか?!」


 背後から侍女長は抱きつくと背中に顔を押し付けるようにして声を出した。


「ええ、勇者様が現れた、ということですので、それが本物かどうか見極めないと行けません」

「別に陛下が行かなくてもいいじゃありませんか? なんだったらそこで偉そうにしている宰相とか将軍の誰かでもいいじゃないですか」


 魔王が現れてすでに八年の月日が流れている。現在、魔族と人類は奇妙なほどの膠着によって、小規模な小競り合いとわずかな期間の平和を繰り返している。それは魔王を倒す伝説の勇者がいまだに現れず各国が守りに集中していることが原因だが、もし勇者が現れればすぐにでもこの作られた平和は崩壊するに違いない。


 勇者の不在は、各地で自称勇者を多く生み出す。これまでにも数十名の勇者をかたるものが、我が国の王城にやってきたが、いずれもが偽者だった。そして今回、伝説の勇者の鎧を身につけた勇者が現れた、という情報が入ったのだ。もし、これが私の望む勇者であれば国を挙げて協力したいと思っている。


 女王として私は現れた勇者の真贋を見極めなければならない。


「何事も他人まかせではいけないのです。わかってください。侍女長。あなたは私の不在のあいだ影武者としての仕事をしっかり果たして欲しいのです」


 私は振り返って涙をながす侍女長をそっと抱きしめた。彼女は力強くしがみつくと私の胸元に顔をうずめた。

「ああ、陛下のいい匂い。この肉付きの悪い胸も最高です」

「宰相。こいつを死刑にしておきなさい。私が帰るまでに」


 宰相は黙って頷くと嫌がる侍女長を私から引き剥がした。「宰相、やめろー! 呪い殺すぞ」とか「私の陛下がー」と叫ぶ彼女に私は冷たい眼を向けた。侍女長が私に仕えて八年になるがあの変態性はどうにかならないだろうか。


「陛下。くれぐれもお気をつけください。私はあなたが奇貨きかだと信じておりますので」


 大きな背丈の宰相は悪そうな笑みのまま私を見た。彼は金銭や財宝を好む俗物である。だが、その力や知識は俗物というにはあまりにかけ離れている。有能な俗物それが我が国の宰相である。彼の太くたくましい腕にしめあげられた侍女長が手足をばたつかしているが、彼の前では子供が駄々をこねているように見える。


「ええ、任せなさい。みごとに勇者の真贋を明らかにしてきます」

「こちらも、侍女長には一切口をひらかせず。政務を取り仕切っておきます」

「それがいいわ。彼女には人形としての役割だけを求めなさい」


 古参と言えるふたりの家臣に見送られて私は、早暁そうぎょうの城をあとにした。勇者が現れたというのはここから騎馬で五日の山奥の国だ。とはいえ、私の空間転移魔法なら一瞬だ。





 山奥の国。この国は魔王の国やその支配下の国々とは国境を接していない。深い山々と切り立った断崖が自然の要塞としてこの地に住む人々を魔族からも人からも守っている。だが、この自然のせいでこの国の耕地は少なく、めだった産業がない、とも言える。


 それでもサラマイと呼ばれるこの国の王都は最低限度の活気を持っていた。行商人が川魚や野菜を売り歩き、宿や飲食店がちらほらと目につく。この分だと、今日の宿ではのみしらみに悩まされることはないだろう。これまで勇者様を探しに行って一番困ったのがはるか東方の島国だ。着ている衣類が肌に張り付くようなじっとりとした湿気と高い気温がひどく不愉快で、すぐにでも帰国したくなったほどだ。この島国では建物は石造りの建物は少なく、木と土でつくられた粗末な家が一般的で、隙間から虫や風が忍び込んでくるなど当たり前だった。


 その点では、ここは大丈夫そうだった。


 家々はしっかりとした石造りか粘土を焼いた煉瓦れんがで作られている。人々の服装も綿や木綿で作られたものをしっかりと身につけている。私は文明のありがたさに感謝をしながら、王宮から離れた解放感をしばし堪能した。


 具体的には、露天で山鳥やまどりの串焼きを頬張り、甘く味をつけたチーズをふんわりと焼き上げた菓子を食べ歩き、広場で怪しげで活気に満ちた大道芸などを観て歓声をあげた。やはり王宮ではこの手の自由を謳歌おうかすることは難しい。国で一番偉い女王でも獲られないものはあるのだ。


 雑技の華麗さについ見入ってしまい大声を上げすぎた私は喉の渇きを癒すために小奇麗な酒場を選んで扉をくぐった。店内は少し薄暗いが客席はしっかりと磨かれ好感が持てる。客たちも料理を美味そうに口に運び、木で出来た杯に葡萄酒や麦酒を満たして喉に流し込んでいる。素晴らしい光景だ。私が目指すべき世界はこのような小さな幸せが当たり前であるべきなのだ。私が微笑ましく眺めていると女将と思われる年配の女性が近づいてきた。


「つっ立ってないで席に着いたらどうだい」


 私が慌てて近くの席に座ると女将が「いまは川魚が一番いいよ。焼いてよし煮てよし。あとうちの特製ソースがあれば間違いなしさ」と自慢げに言う。そこまで言われるとそれほど美味しいのか、と気になる。


「では、それと葡萄酒をください」


 私が言うと女将はひまわりのように笑うと「まかしときな」と言ったあと少し困った顔をして私に耳打ちをした。「あんた若いうちから飲んだくれてると大きくなれないよ」と心配げな声をかけてくれた。だが、それは無用の心配というものだ。侍女長にも貧相、低身長、童顔とからかわれる我が身であるが今年で二十歳になる。もはや成長という点は望めない。


「こう見えても二十歳になりました」


 私が胸を張って言うと女将は何とも言えない顔をしたあと明るい声で「華奢なほうが男ウケするよ。あたしみたいにぼんぼんぼんな体型っていうのもなんだからね」と大きな胸と少し膨らんだ腹を揺らして笑った。ない胸に手を当ててみる。はたして私の運命の相手がいるとしてこの身体をどう思うだろうか。そんなことを黒い瞳の奥で考えていると女将が葡萄酒と注文していない鹿肉を卓に置いた。


「鹿はおまけさ。これ食ってあんたも大きくなりな」


 片目をつぶって女将は微笑むと私の席から別の客の席へとてきぱきと移動していった。好意は素直に受け取るべきだ。私は薄焼きにされた鹿肉をつまむと口の中に放りこむ。脂身の少ない鹿肉だというのに噛めば噛むほど肉汁が出てくる。臭みもほとんど感じない。きっとここの料理人はよほどの腕利きか、鹿を獲った猟師の腕が良いのだろう。


 葡萄酒は血よりも薄い赤だが、杯の上に顔を近づけるだけで果物や香辛料の香りが漂ってくる。これだけでこの店が繁盛している理由がわかった気がした。


「あんたは旅の魔術師なのかい?」


 川魚料理を持ってきた女将が珍しいものを見るように訊ねた。彼女は私が卓にもたれかけさせていた杖を見ていた。この杖はお忍び用の杖で金銀の装飾はまったくない。実用一点張りでトネリコの木に鉄の芯棒を埋め込み柄頭にごく小さな魔石をつけた単純なものだ。


「ええ、魔術師なんですけど争いには向かなくて。中央の方は魔王だ、諸国連合が、と騒がしいですから」

「あっちのほうはずいぶんとひどいらしいね。魔王なんてはやく勇者様にやられちまえってもんさ」


 女将は私に同情するように苦笑いした。


「そういえば、こっちの方では勇者様がいるとか?」

「そうさ! 鉄血岩壁の勇者オルベルト様。あのかたが来てからというものこの王都は魔物や野盗に悩まされることはないし、国中の物流が上手く流れるようになってご覧の盛況だよ」


 配下から知らせのあった勇者というのはそのオルベルトのことなのだろう。それにしても鉄血岩壁とはすごい二つ名である。私など侍女長から絶壁幼顔の女王など言われたことがあるがこれは悪口であり、二つ名ではない。


「それはいいですね。あと、川魚も最高にいいですね」


 皮目をパリパリになるまで焼いた魚にかけられたハーブや松の実を使ったソースが絶品で私はひどく嬉しい気持ちになった。料理が褒められたのが嬉しかったのか女将は大きな声をあげて笑うと「うちの亭主がきけば喜ぶよ。料理しか取り柄のないボンクラだがね」と惚気のろけた。


 酒と料理を堪能していると店の入口の方が騒がしくなった。何事かと戸口に目をやるが、私の身長では人々の垣根かきねに遮られて何が起こっているのか見えない。


「あんたついてるね。噂の勇者様のご帰還きかんさ」


 酒場で楽しげに食事を楽しんでいた人々は、扉口に集まると大通りに顔を出して歓声を上げている。私も勇者オルベルトを見るために人をかき分け、凹凸の少ない身体を活用して前に進み出た。人々の視線の先には雄牛のように巨大な全身鎧に身を包んだ戦士がいた。私にはすぐにその鎧が聖なる力を宿しているのが分かった。あれならば伝説の勇者が残した遺産と言われるもの理解できる。それにしてもあの鎧の巨大さは並大抵のものではない。


 オルベルトは市民の歓喜など気にならぬようにまっすぐ大通りを歩いてゆく。鎧兜によって顔は見えない。その後ろをオルベルトの兜に似た厳つい兜をかぶった屈強な四人の兵士が続く。彼らの行進は城塞が歩いているようだった。行進の最後尾に立派な法衣を身につけた回復術師がいた。私の目はその回復術師に釘付けになった。


 回復術師はすらりとした高い身長に輝く黄金のような長い金髪。胸元は豊かに膨らみ、腰は柳のようにしなやかに細い。その美の女神のような彼女は沿道に集まった人々ににこやかに手を振り、無愛想なオルベルトの代わりに華やかさを演じているようであった。


 同じ女性としてどうしてここまで差がつくのか、と思うと嫌悪感がひどい。私と彼女を並べてどちらが女王でしょうか、と問えば多くの人は彼女を指差すに違いない。


 手ひどい敗北感を胸に席に戻ると女将がニコニコとした表情で「あんた、比べちゃいけないよ。シルビア様はカンブリア枢機卿すうききょうのご令嬢なんだから。育ちの良さってもんが身体にも性格にもでるってもんさ」と慰めてくれた。


 私はそれをくずくずになるまで焼かれた魚のような瞳で聞いた。


「まぁ、いいじゃないの。あんたのその黒髪だって綺麗なもんさ。身体は、もっと食べることさね」

「あ、はい。食べます……」


 半ば味がわからなくなった思考のまま料理と葡萄酒を胃袋に流し込むと私は女将によくよくお礼を言って少し多めの代金を払った。女将は謙遜けんそんはしたが商売人らしくお金は素直に受け取った。酒場を出た私は重い足取りでこの国の王城に向かった。


 城門に着くと私は荷物の中から一枚の羊皮紙を取り出すと衛兵に手渡した。彼は羊皮紙に目を通すと驚いた表情をして、後輩と思われる兵士に私を城門の脇に建てられた物見砦で応接するように命令すると城内へと早足で向かっていった。


 まだ十代後半であろう兵士は、私を砦の小部屋に案内すると緊張した様子で言った。


「術師様、申し訳ありません。いま上官が連絡に行っておりますので少々お待ちください」

「いいのです。急に参ったのはこちらとしても詫びるところです」


 羊皮紙に書かれた私の肩書きは西方にある魔術大国の王宮魔術師である。魔王の国に対抗する諸王国連合のなかでも発言力のある魔術大国では各地に残る歴代の勇者の遺物を研究し、魔王に対抗しうる武器を作るための研究を行っている。これは私の目的とは異なるが勇者の真贋を調べるために多少の偽りは許されるはずである。


「ここに来る途中、鉄血岩壁の勇者オルベルト様をお見かけしました。あの方が身につけていた鎧が勇者の遺物なのでしょうか?」


 若い兵士は強ばった声をだして問いに答えた。


「そうです。オルベルト様が装備されているのは三代勇者ゴルドア様の大鎧セコニアです。我らが王の至宝として保管されていたのですが、カンブリア枢機卿とそのご息女シルビア様がオルベルト様の大才にお気づきになり、あの大鎧が下賜かしされることになったのです」


 なるほど、勇者ゴルドアの大鎧であれば、私が感じた聖なる力というのも納得がいく。ゴルドアは歴代勇者の中でも勇猛果敢で有名だ。


 勇者ゴルドアは剛力無双であったが暴れ者で町の者からも煙たがられる存在だった。彼は金に困ると町の入り口で旅人に勝負を挑み、負けた者から金を巻き上げて生活をしていた。ある日、旅の女がゴルドアの噂を聞いて彼に勝負を挑んだ。人々は彼女の無謀をあざ笑ったが、旅の女は「私が勝ったら弱い者を襲うことをやめて正しいことにその力を使いなさい」とゴルドアを諭した。

 ゴルドアは女の話を笑うと丸太のような腕で殴りつけた。しかし、女は一歩も動かず。怪我一つなかった。ゴルドアは何度となく拳を振り上げたが最後まで女を傷つけることはできなかった。疲れ果てた彼が膝をつくと女は自分が神託を受けて人々を癒してまわっている聖女であり、ゴルドアに魔王を倒す旅についてくるように命じた。ゴルドアは聖女とともに旅を続け、神の加護を受けた鎧と剣を手に入れて魔王を討滅とうめつしたという。


 これが今日でも知られている勇者ゴルドアと聖女ルーナの伝説である。


「確か、伝説では鎧が持ち主と認めればどのような攻撃も防ぐが、認められなければ攻撃を防ぐどころか装着者を傷つけると聞いています」

「そうです。多くの勇士が挑んでは身に着けられなかった大鎧セコニアをオルベルト様はそれを見事に着こなしておられます。まさに選ばれし勇者の証です」


 武器や防具のなかには持ち主を選ぶとものがある。選ばれぬ者には小枝ほどの剣でも重さで振り上げることが出来ず。選ばれた者は鳥の羽ほどにしか重さを感じない。伝説の大鎧はまさにそういう類なのかもしれない。


 私は興奮した様子で熱弁する若い兵士を羨ましく思った。


 多くの人々にとって勇者も英雄も変わりない。勇者であろうと英雄であろうとそう呼ばれるものは相応の成果を出すからだ。魔物を倒してくれた。国を救ってくれた。そういう成果を人々は喜ぶ。だが、私はそうではない。英雄であろうと勇者でないならその人物は不要なのだ。必要なのは勇者だけで英雄も強者も必要ない。


「オルベルト様はどのような人物なのですか?」


 質問の内容が悪かったのか彼は少し顔を曇らせた。


「すいません。僕はオルベルト様と戦えるほど勇敢ではありませんし、強くもありません。なので、お話をしたことがないのです。ですが、上官が言うには魔物の跳梁跋扈ちょうりょうばっこを憎み。人の世を守ることを第一に考えられていると聞いております」

「それは素晴らしい勇者様なのですね」

「はい、最高の勇者だと僕は思います」


 若い兵士は心から誇るように微笑んだ。私にはそれがひどく眩しかった。


「お待たせいたしました。カンブリア枢機卿とシルビア様がお会いになるそうです」


 背後から低い声がして振り返ると扉口にさきほどの衛兵が立っていた。彼の背後にはさらに年配の兵士と文官と思われる男性が二名ほどいた。私は若い兵士にお礼を述べると彼らに続いて王宮へと向かった。城門をくぐり王城に入るとさきほどの小部屋より上等の部屋に通された。


 床には羊毛を綺麗に織った敷物が敷かれ、黒檀の大きな机が置かれている。そして、ふたりの人物が私を待っていた。一人は白い法衣に漆黒の長衣を重ねた中年男性で、もう一人はさきほど大通りで見たシルビアだった。自然、隣の中年男性は彼女の父親であるカンブリア枢機卿ということになる。


「この度は急な訪問をお許しいただきありがとうございます。私はエリン・ピースメーカーです」

「かの魔法国の王宮魔術師の訪問とあらば致し方ありますまい。いま世界が小康しょうこうを保っているのは貴国の魔法の力ゆえだが、それにかこつけて小国に対して強権を働かせることを私は好まない」


 カンブリアはあまり好意的ではない目で私を見た。


「お父様。そのような言い方ではエリン様がお困りなります」


 シルビアはカンブリアの袖をひくと苦言を呈した。私は「ご気遣いありがとうございます」と頭を下げた。改めてシルビアを見ると白亜の彫像のように均整がとれた顔立ちがひどく美しい。世が太平であればさぞ多くの殿方に言い寄られたことだろう。


「で、此度こたびは勇者の遺物の調査にこられたというが、それは」

「はい、鉄血岩壁の勇者オルベルト様がお持ちだという伝説の大鎧セコニアの調査をお願いしたいのです」


 私が言うとカンブリアはこのような小娘に何ができようという猜疑さいぎのこもった視線を投げかける。彼にとっては私の訪問はあまり気の良いものではないのは確かだ。この国で勇者が生まれたとなれば諸国連合におけるこの国の重要度は増大する。そして、それを支えるのが勇者オルベルトと伝説の大鎧ということになる。


「勇者の遺物は国の宝である。いくら魔法国の魔術師とはいえ異邦人であるあなたに調査させるというのは気が進まぬ」

「お気持ちはよく分かります。ですが、いまは一丸となって魔王と戦うときです。どうか、ご協力を」


 私が正論を述べるとカンブリアはばつが悪そうな顔をした。いかにも小うるさいことを言う娘だ、と考えているのが見て取れる。だが、隣にいたシルビアは違っていた。天使のように微笑むと彼女は言った。


「お言葉はごもっともです。しかし、我が国はオルベルト様と大鎧の力でなんとか国を守っているのです。その鎧が調査のために使えぬとなると大変困るのです。エリン様は大鎧に変わる自衛の手段を私たちにあたえてくださるのでしょうか?」


 私は彼女に微笑み返すと荷物の中から銀製の小刀を手渡した。


「これは?」

「それは私の研究の成果です。第二代勇者アレンが炎の精霊から加護を受けた炎刀グランを模した量産グランともいえる魔導具です。魔力を少し込めて頂ければその真価がみえましょう」


 シルビアは少し楽しげに小刀を握ると手に魔力を込めた。小刀には細かな文様が刻まれており魔力と反応して炎の刃を生み出した。


「これは……」

「素晴らしい」


 カンブリアとシルビアは量産グランを見つめて口元を緩めていた。私はこれでなんとか交渉ができるだろうと心の中で一息ついた。


「これと同じものを二十振り。用意しております。また、大鎧の調査は最大で七日もいただければ結構です。さらに大鎧の研究で得た結果はすべてご提示します」


 生唾を飲むとカンブリアはシルビアと無言で目を合わすと大いに愉快そうな声を出した。


「いやはや、素晴らしい研究だ。我々は国を守るため、魔王を滅ぼすため協力せねばなりません。七日と言わず気が済むまでご滞在ください。諸国連合の一角として我らは協力を惜しまん」

「では、大鎧と使用者であるオルベルト様からお話を聞きたいのです。よろしいでしょうか?」


 オルベルトの名前がでるとカンブリアの表情が曇った。彼が何か言おうと目を泳がせていると隣にいたシルビアが先に口を開いた。


「オルベルト様は、魔物討伐から帰られた直後、どうか休息させていただけませんか? 大鎧の方はすでに宝物庫の方に戻っておりますのでそちらを先に見られるのが良いでしょう」


 確かにさきほど凱旋したばかりの人間に話を聞こうというのは急ぎ過ぎたかもしれない。私はシルビアに非礼を詫びると宝物庫への案内をお願いした。


「エリン様はどうして歴代勇者様の装備の研究を始められたのですか?」


 シルビアが鈴が鳴るような可愛らしい声で私に訊ねた。


「どうしてと聞かれると恥ずかしいのですが、私は戦いに不向きな魔術師なのです。ですが、このような世情では魔術師は戦地に送られるのが当たり前です。だから、一芸を持って身を救おうと装備の研究を始めたのです」

「私もです。戦いは好きではないのです」


 私は彼女の言葉を意外な気持ちで聞いた。オルベルトに従って魔物討伐に参加する彼女は、回復術師と言っても好戦的な人間であると思っていたが、それは違っていたのかもしれない。


「だとすればシルビア様は勇敢なのですね。私は嫌で逃げてしまったので」

「いえ、そんなことありません。あの小刀は本当に素晴らしかったです。勇者様のような選ばれた人間でなくとも優れた装備を使いこなせる。それはすべての兵が勇者となりえる可能性を開いたと言えるではありませんか」


 すべての兵士が勇者と等しい力を持つ世界。それは一つの可能性として素晴らしいのかもしれない。そうなれば私の存在はないに等しく、私は自由になれるだろう。


 王宮の通路は入り組んでいたがシルビアは迷う様子がない。その後ろを私は必死についていると慌てた様子の初老の兵士がシルビアに声をかけた。


「シルビア様、戻ってきたライザーの傷がひどく……。どうか回復魔法をお願いできませんか?」


 兵士はひどく申し訳なさそうに頭を下げた。シルビアは少し困った顔をしたが、すぐに微笑むと私に「寄り道をしても?」と伺いを立てた。私はそれに「どうぞ。鎧は逃げませんので」と答えた。兵士は安堵したように息を吐くと負傷した兵士のいる部屋に私たちをいざなった。


 ライザーと呼ばれた兵士は、さきほどオルベルトとシルビアの後ろを歩いていた四人の屈強な兵士の一人なのだろうか。凱旋の際に兵士がかぶっていたいかつい兜が足元に転がっている。彼は脂汗を流しながらうめき声をあげていた。見た目には大きな傷は見当たらないが、腹部が大きくはれ上がり紫色に腫れあがっている。おそらく打撃によるものだろう。贔屓目ひいきめに見ても彼は死に片足を突っ込んでいるようにしか見えない。シルビアは、宝玉の埋め込まれた杖をかかげ、兵士の頭にゆっくりと魔力を込めてゆく。


「大いなる神の慈悲によって蝕まれし傷を癒し、すべての痛みを打ち消し汝を救わん」


 ライザーの腹部の腫れがわずかに小さくなった。見た目はあまり回復していないように見えたが、ライザーの激しかった呼吸は嘘のように落ち着き、彼は目を開けてこちらを見ると「痛みが消えた。シルビア様ありがとうございます」と言うと眠りに落ちた。


「あとは体力が戻れば普段通りに動けるでしょう」


 シルビアは初老の兵士に言うと部屋をあとにした。


「シルビア様はすごいですね。戦地にも赴き、兵士たちの傷も癒す。とても私にはできません」

「そうでもありません。私は見ての通りの回復術師です。神の恩寵をもって傷を癒すその程度の力しかなく。戦うことはできません。ですが、私が前線にいることで兵士や勇者様が傷を気にせずに戦えればと思っております」


 そう言う彼女の表情は可憐で誰もが守りたくなる。そんな儚さを感じさせた。


 案内された宝物室は、流石に一国の至宝を閉じ込めただけあって様々な名器、金銀財宝が所狭しと並べてあった。もし、この光景を宰相がみれば涎を流して喜ぶだろう。あの男は実に俗物である。金貨や銀貨はあればあるほどよく。宝石も大きければ大きいほど良いと彼は思っている。それでいて知識や思慮は凡百ぼんびゃくを遥かに超えるのだから始末に負えない。


「こちらが伝説の大鎧セコニアになります」


 宝物庫の出入り口から少し入ったところに鎧は並べてあった。


「触っても?」

「どうぞ」


 彼女に促されて鎧に触れる。伝説のように神が作ったのか、優れた鍛冶屋が生み出したのかは分からないが、鎧には聖なる力が込められていた。鎧のいたる場所に刻まれた文様や言葉は、向けられる攻撃を弾き返すようになっており並の相手であれば傷ひとつ付けられないだろう。非常に完成度の高い鎧であることは間違いない。


 私は手にしていた杖を振り上げると、シルビアが「あっ」と驚きの声を出したが、気にせずに鎧に向かってそのまま振り下ろした。次の瞬間、強い衝撃と共に私の杖は弾き飛ばれて床に落ちた。シルビアはそれを驚いた顔で見ていた。


「流石は伝説の大鎧セコニアですね」


 痺れた手を見ると青あざが出来ていた。私は痛む手を押さえながら杖を拾い上げた。シルビアは私の手を見て慌てて回復魔法を唱えてくれた。青あざは消えなかったが腫れが少し和らぎ、痛みは嘘のようになくなった。


「お気をつけください。全ての攻撃を防ぐと言うのは事実であり、誇張ではないのです」

「ええ、身を持って理解しました。そしてあの鎧の劣化品を作ることは可能だと思います」


 私の言葉を聞いた彼女は目を見開いて喜んだ。


「本当ですか。そんなことが本当に可能なのですか?」

「ただ、気になることがあります」

「それは?」


 彼女は私の顔を覗き込み答えを求めるがまだ言うべきではないだろう。


「オルベルト様にお聞きすればすぐにわかると思います。明日、オルベルト様にお会いできますよう取り計らいをお願いいたします」

「そんなことでよければ構いません。明日の昼過ぎにはなんとかなると思います」

「よろしくお願いいたします。それとできれば宿舎を貸していただきたいのですが」


 私が申し訳なさそうな顔をすると彼女は人の良さそうな顔で「ええ、当たり前です。エリン様は我が国の賓客です。宿舎と言わず外交使節用の客室を用意しておきます」と微笑んだ。私は宿を改めて探す必要が無くなったことに安堵しながら彼女が求めているものを渡すことにした。


「前金というわけではありませんが」


 荷物を入れた革袋から私は二十本の小刀を取り出すとひとまとめにして手渡した。それはさきほどの炎刀グランの量産品である。威力は本物の五割にも満たないが鉄を焼き切るくらいの威力はある。彼女は少し驚きながら受け取った。


「しかし、調査は終わっておりませんよ」

「どうせ、魔王の国と戦いが始まればお配りするものです。それが直前になるか今渡すかの違いです」

「エリン様は本当にお優しい。そして、ご自身で言われるとおり争う事に不向きなのですね」


 交渉下手を諫められたのか呆れられたのか彼女はそう言うと近くにいた文官を一人捕まえると、私を客室に案内するように命じて去っていった。私はどっとでた疲れを隠しながら客室に入ると寝台に飛び込んだまま深い眠りに落ちた。





 翌朝、私は手の痛みで目を覚ました。なにか痛めるようなことをしたかと寝ぼけた頭で考えると、大鎧セコニアを杖で殴りつけたことを思い出した。目をこすりながら手を見るとまだ手が青く腫れていた。伝説の装備というものは存外に祟るらしい。


 手荷物の中から打ち身に効く軟膏を取り出すと手に塗りこむ。これで少しは楽になるだろう。


 身支度を整えていると扉を叩く音がした。返事を返すと、昨日、ライザーという兵士の看病をしていた老兵士が入ってきた。


「シルビア様からエリン様をお連れするようにと申しつかりました」

「分かりました。こちらは問題ありません。そういえば昨日のライザーという兵士は大丈夫でしたか?」


 シルビアが回復魔法で傷を治していたくらいだ。今日あたりには元気になってご飯を食べたり出来ているに違いない。しかし、老兵士は顔を曇らせて「死にました」と答えた。


「どうして? 腫れもましになって呼吸もあんなに楽そうだったのに?」

「わしにも分からぬのです。あのあと当直の兵士と交代して朝戻ってくるとライザーが死んだと伝えられました。あやつは若いが良い資質をもっておったのに……」

「失礼なことを言いました。すいません」


 私が頭を下げると彼は首を左右に振って「ときとして運命は残酷ですので」と自らを納得させるように力ない言葉を吐きだした。私はがっくりと肩を落とした彼のあとに続くと王宮の一室に案内された。中に入ると昨日、宝物室で見た大鎧が真ん中に座っていた。以前と違うのは中身は空ではなく、なかにオルベルトがいるということだ。鎧からは人の息遣いが聞こえる。彼の背後にはシルビアとカンブリアが揃って座っていた。


「エリン様、どうぞおかけください」


 シルビアはオルベルトの正面に置かれた椅子を指さした。私は言われるまま着席した。いろいろな人とあったことのある私だが、鎧兜で表情がまったく分からない人と正面から向き合うということはなかった。


「私はエリン・ピースメーカー。伝説の装備の研究をしている魔術師です」


 自己紹介をするとオルベルトはしばらく黙り込むと低い声を私に向けた。


「オルベルト。オルベルト・ウィンザー」


 実に端的で明快な名乗りだった。これまでさまざまな自称勇者と相対してきたが、ここまで短いものは初めてである。そして、名乗りが長く説明的な者ほどろくでもない自称勇者で会ったことを思い出して私は少しだけ期待に心を躍らせた。


「その鎧は、敵からの攻撃を瞬間的に魔力を噴出させることで防いでいます。鎧内部で魔力を感じられることはありますか?」

「特にない」


 抑揚のない低い声は私の問いに考えることもなく発せられたように早かった。


「では、鎧に認められたときに何か感じられましたか?」

「ない」

「鎧が認めないと反対に傷つけられるという伝説もあります。やはり何か違いが」

「ない」


 私の質問が終わる前にオルベルトは否定した。これは気難しいというよりも意図的なものだろう。私はオルベルトの後ろに座っているシルビアとカンブリアを睨みつけた。こちらの視線に気づいたのかカンブリアはわざとらしい様子で「いやはや、勇者殿は鎧の神秘などよりも民を守ることに気が急いておられるようです。聞き取りはこれくらいで終わられてはどうですかな?」と笑いを押しつぶしたような声を出した。


 その隣でシルビアがうんうんとうなずいている様子を見ると量産グランを手に入れた時点で私の利用価値は消えたと考えたらしい。


「そうですか……。こちらこそ勇者様の気高い御意志をくみ取れず申し訳ありません」


 席を立つとシルビアとカンブリアがほくそ笑むのが背後でも見える気がした。苛立ちながら与えられた部屋に戻ろうとしていると老兵士が兜を磨いていた。それは昨夜亡くなったライザーの足元にあったものだった。


「遺品ですか」

「……オルベルト様との面会ではございませんでしたかな?」


 老兵は私の言葉に応えずに質問でこたえた。


「お会いしましたが、会話にさえなりませんでした。本当に無口な方ですね」

「無口か。わしもオルベルト様が話しているところなど数えるほどしか見たことがない。勇者と呼ばれるにはそこまで隔絶した存在にならなければならぬのか。わしなどは共に戦った仲間が死んだときにはともに悲しんでくれるような勇者様が良いと思うが……。忘れておくれ。どうも年を取ると万事に愚痴が出てしまう」


 老兵は恥じ入るようにそっぽを向いた。

 だが、それはある意味で普通のことだろう。仲間が死んだのならばともに悲しみたい。あいつはこんな奴だったなと故人を思い出したい。個を押し殺して大義に殉じる。それは真の意味で勇者といえるのか。私にはそれが良いようには思えない。


「オルベルト様も立派な体格ですが、お付きの兵士たちもご立派な身体をされていますね」

「シルビア様がオルベルト様と釣り合いが取れるような兵士を選抜されたからのう。はじめは百人いた彼らも出撃のたびに数を減らして、あと三人になってしもうた。近いうちに第二期選抜があるらしいが死にに行くようなもんだ。勇者と普通の兵士じゃどれだけ体格が似ていても戦いについていけぬのだろうな」

「……ごめんなさい。変なことをいいました」


 私が頭を下げると老兵は構わんよと微笑んだ。


 彼の微笑みに対して私はどういう表情をしていただろうか。とてもひどい顔をしていたのではないか。そう思ったのは話の途中で気づいてしまったからだ。それはおそらくとてもひどいことだ。手を握りしめると昨晩の怪我が思い出したかのように痛んだ。






 シルビアとカンブリアに翌日に帰国する旨を伝えると二人はひどく残念がってくれたが、それは形式的なものだった。少しのわがままとして晩餐をねだると思いのほか簡単に要求が通った。どうせ、明日には消えるのだから今日くらいは優しくしてやろうという感じなのかもしれない。


 少しだけ気取った装飾のローブに着替えて食堂に向かうと長い卓が用意されており、シルビアとカンブリアが並ぶ対面に私の席が用意されていた。前菜は山羊のチーズを薄く切ったもので色とりどりの野菜をくるんだものだった。塩気の強いチーズにシャキシャキとした野菜が気持ちいい。


「今回はいろいろとありがとうございました」


 いろいろの中にさまざまな感情を盛り込んで微笑むと二人は鉄面皮の朗らかさで謙遜を表した。


「いやいや、このような情勢でなければ我が国の素晴らしい自然や三代の勇者ゴルドアと聖女ルーナの伝説の舞台を見て回っていただきたかった」

「本当に残念でなりません。同じ術師としてもっと教えていただきたいことがありましたのに」


 ぱっくりと胸元が開いた衣装を身に着けたシルビアが伏し目がちにいう。大人びた彼女の姿とあまり成長のない自分を見比べるとどうにも格差を感じざるを得ない。もし、私が彼女と同じ衣装を着れば胸元の生地を支えることさえできないに違いない。


「私のほうこそ急な出立になり申し訳ありません。おかげさまで伝説の鎧の解析が終わったのではやく国に帰って量産せねばなりません」


 エンドウ豆のスープを口に運びながら私は料理人がベースとした野菜だしの美味しさに感心していた。青野菜のスープは青臭くて好きではないのだが、ベースとなる出しに野菜の甘みがしっかりと溶け出していて臭みを感じない。


 料理のことに感心している私とは別に二人はさきほどの朗らかな表情など忘れたかのように匙を止めて微動だにしない。カンブリアのほうは腰がわずかに浮いており、シルビアから服の裾を引かれてようやく席に尻をつけた。


「……本当なのですか?」


 シルビアがこちらを刺すような目で見つめる。


「はい。基本はすでに昨日のうちに分かっていました。攻撃を受けた鎧はそれを跳ね返すように魔力を爆発的に噴出させる。結果として攻撃は鎧まで当たらない。ですが、鎧がどうやって持ち主を選ぶのか。その点がどうしてもわからなかったのです」


 勇者ゴルドアと聖女ルーナの伝説では鎧が認めなければ装着者が大怪我を負うとあった。しかし、ただの道具である鎧が持ち主を選ぶということがあるのだろうか?


「それは神の御加護によるものでは?」

「神の御加護というのならどうして持ち主以外を傷つけるのでしょう。別に持ち主以外では効果を発揮しなければよいではありませんか」

「神の御意志を私たちが議論するなど、いくら魔法国の魔術師とはいえ不謹慎ではありませんか?」

「それは失礼しました。では言い換えましょう。神の御加護などないと」


 私は魚料理に手を付けるが調理が早かったのか魚は冷めていて町の居酒屋で食べた物のほうがはるかに美味しかった。ぱさぱさになった身を口に運んで様子をうかがう。カンブリアはさすがに枢機卿といったところか神を否定されて顔を真っ赤にしている。反対にシルビアは魚料理を一口食べただけで皿を下げるように引いて見せた。


「恐ろしいことをさらりと申されますのね。仮に神の加護がないと鎧の秘密はとけるの?」

「はい、神という惑いがなければ答えは単純です。鎧は持ち主など選んでいないのです」

「選んでいないのも関わらず、怪我をするものとしないものがいる。おかしいではありませんか?」


 シルビアは肉料理を真ん中から真っ二つに分けて言った。

 胡椒の産地から遠く離れているというのに肉料理にはたっぷりと胡椒がまぶされていた。


「おかしいですか? 同じような話が勇者ゴルドアと聖女ルーナの伝説にもあったではありませんか。剛力無双のゴルドアに何度殴られてもルーナは傷一つ負わなかった、と」

「それこそ神が聖女に与えた御加護であろう!」


 カンブリアがナイフでこちらを糾弾する。


「神の御加護ばかりですね。乱発するなら多くの人々に与えてあげればいいのです。それこそが公平というものです。ですが、神は優しくない。きっとルーナもそう思っていたでしょう。だから彼女はゴルドアなんていう悪人を選んだのです」

「勇者を悪人とはとんでもない解釈をするものだ。君は魔王に与する国家に行ったほうが幸せだろう。この件は魔法国に正式に抗議させてもらう。神を勇者を汚した君は異端者として裁かれるだろう」

「どうぞご自由に」


 肉の切れ端を飲み込んで、葡萄酒の入った杯を傾けてカンブリアに微笑む。


「では、異端者として裁かれる前に話を進めましょう。鎧の場合とルーナの場合、二つに共通することは何か。傷を負わなかったという伝説。そして、どちらの場合もそこにルーナがいたということです。逆に言えばルーナがいなければ鎧を身につけたものは傷つき、ゴルドアに殴られたものは怪我をした。とても簡単ですよね。では、なぜルーナが必要なのか。それは彼女が聖女といわれるほどに回復魔法を使いこなしたからです。傷を負ってもすぐに治していれば外からは攻撃が効かないように見えるでしょうから」


 ゴルドアから殴られても聖女は自分を癒し続けた。

 鎧が魔力を放出するたびに聖女はゴルドアの怪我を癒し続けた。

 見かけの現象は同じに見えるだろう。しかし、その苦痛はどれほどのものか考えるだけでもおぞましい。


「お待ちなさい。確かにあなたのいうことはそれらしいわ。でも、私たちの勇者であるオルベルト様はどうなるの。いまの時代に聖女ルーナはいない。それなのにオルベルト様は鎧に傷つけられることなく国を民を守ってくれています」

「確かに、そうですね。オルベルトは最高の勇者でしょうね」


 私がオルベルトを褒めると二人は何が起こったのか分からぬような表情をした。さきほどまで聖女を貶め、勇者を辱めた者が口にする内容とはとても思えなかったのかもしれない。


「な、なら。いいじゃない。オルベルト様こそが勇者であり、この世界を救う次代の勇者であると」

「それでもいいのかもしれません。魔王を倒すまでに何十何百人のオルベルトを殺して、あなたが第二のルーナになる。シルビア様やカンブリア様にとってオルベルトは最高の勇者となるでしょう」

「……何を言いたいのかしら?」

「第二のルーナに聖女ルーナほどの実力があれば文句はありません、ですが、シルビア様は回復魔法が下手です。私はずっと疑問だったんです。傷つかない最高の勇者がいる。なら一人で戦わせればほかに被害は出ないはずです。それなのにあなたはわざわざ兵士を連れていく。それはヘンです」

「彼らは私の護衛としているのです」


 シルビアが立ち上がって叫ぶ。


「違うでしょう? 中身の替えが必要なだけです。昨日、お優しいあなたは傷ついた兵士と私を治療してくれました。その場ではすごく効果があるように感じました。痛みで呼吸さえ乱れていたライザーは眠れるほどに痛みが消え。私も手の痛みがまったく感じなくなった。でも、朝になるとライザーは死んでいた。私の手もまた痛くなっていた。そこから分かることは明らかです。あなたの回復魔法はたいして回復しない。でも痛みだけは消せる。麻酔のような魔法ですね。これなら鎧の中身の兵士は痛みを感じずに戦い続けられる。中身が死ねば次の兵士を入れればいい」


 オルベルトは常に入れ替わり続ける。彼が話す言葉はシルビアやカンブリアが代弁すればいい。人々は鎧の勇者という偶像だけを見て中身が変わっていることにも気づかない。代わりとなる兵士たちには「真の勇者様が現れるまで国を民を守れるのはお前たちだけだ」と甘い言葉をささやけばいい。それで従わないものがいれば家族の命を盾にして従わせればいいのだ。


 それはどこまでも彼らを使うシルビアやカンブリアに都合のいい仕組みだ。勇者の名前が広まれば広まるほど勇者を扱える彼女たちの権力は増大する。


「オルベルト! この女を殺しなさい」


 シルビアが叫ぶと食堂の扉が開け放たれる。入ってきたのはデザートではなく大きな鎧に身を包んだ戦士だった。その両手には私が渡した量産グランが握られており、煌々とした火炎が噴き出している。


「一度だけ言います。私に勝つことは不可能です」

「はったりを言ってもダメよ! オルベルト、殺しなさい」


 シルビアの命令にオルベルトは忠実に従った。振り上げられた剣撃を避ける。量産グランの切っ先が床に当たると敷き詰められていた飾り石がどろりと溶け落ちた。グランから噴き出す熱気で部屋の温度が急激に上昇していた。


 頬を伝う汗をぬぐい。オルベルトの動きを見つめる。狭い空間で鎧に衝撃を与えれば爆発的に噴き出した魔力に巻き込まれかねず。私はじっと攻撃を避け続けた。ときおり牽制の火炎を生み出すが、オルベルトは止まる様子がない。きっとシルビアの回復魔法で痛覚が麻痺しているのだろう。


 シルビアは分かっているのだろうか。なぜ痛覚というものがあるのか。それが失われるということがどういうことなのか。じりじりとオルベルトに追い詰められた私が部屋の角に背をつけるとシルビアは勝ち誇って笑った。


「初めからこうしておけば良かったわ。どうして、こんなことに気づかなかったのかしら」

「それはあなたの頭が悪かったからでしょうね」


 私が言うと彼女は「殺せ」と無機質な声を出した。

 しかし、オルベルトは動かなかった。


「何をしてるの! 動きなさい」

「あなたがルーナだったらこのような結果にはならなかったでしょうね」


 伝説の鎧は攻撃に対して自動的に魔力で迎撃を行う。だが、攻撃ではない衝撃には反応しない。それはそうしないと歩くことも走ることもできないから。気温の変化でも反応はしない。気温によって反応していれば鎧を保管することもできないからだ。


 量産グランが生み出した強力な熱気は鎧を加熱して装着者の身体に深刻な損傷を与えていた。それでもシルビアの回復魔法はわずかには痛んだ身体を癒しただろう。だが、彼女はルーナほどの能力はない。結果は明らかだ。全身に火傷を負ってオルベルトは死んだ。


 痛覚を麻痺させられていなければ「熱い」と叫んでグランの炎剣を抑えることもできただろう。痛みは確かに苦しみを与える。だが、同時に自らの身体にどれほどの危険が迫っているかを知らせるものだ。失くしてなどいけない。


「な、なんなのよ。あなたは」


 シルビアは化け物でも見るような目で私を見た。私は彼女に微笑みかけると「私は本物の勇者を探すものです」と答えたが彼女にも隣で腰を抜かしていたカンブリアにも私の声がちゃんと届いたかは分からない。彼女たちに私はルーナと同じことをした。


 何度も手足を打ち砕き、何度も再生させた。

 聖女ルーナが勇者ゴルドアにしたことと比べればわずかな回数であったが、分かったことがあった。なぜルーナはゴルドアにあのような鎧を身につけさせたのか。切れ落ちたり飛び散った血肉を集めて再生させることは面倒だったからだ。鎧という限定された箱の中なら残骸を集める必要などない。


 聖女ルーナの気持ちを理解して私は二人をすっかり元の姿に戻して国へ戻った。

 二人がまた同じことをするかは分からない。本物の勇者を探す私にとっては関係のないことだ。






「女王陛下! おかえりなさいませ。この日を一日千秋の気持ちでお待ちしておりました」


 私の生き鏡のような姿で駆け寄ってきた侍女長を強引に押しのけて玉座に腰を掛けると妙に嬉しそうな顔をした宰相が「お戻りでしたか」と私に抱き着こうとする侍女長の首根っこを押さえて笑った。


「その様子だと随分と巻き上げたようですね。宰相」

「なぁに諸国連合の雄たる魔法国が秘密裏に我が国の配下に入っていることがばれれば大変ですなぁと囁いただけです。あれが欲しいこれが欲しいなど一切申しておりませんぞ」

「まったくそんなことですから我が国は人々によく思われないのです」


 世界が作られたように魔族と人間で膠着して八年。勇者はまだ現れない。我が国の願いは「世界の半分をもらってくれる勇者の到来」である。人は人の領域に魔族は魔族の領域に半分にされた世界。それはきっと平和なことだろう。


「人に良く思われる魔王などと聞いたことありませんな」

「おかしいね。私はこれほどまでに平和を熱望しているというのに」


 私が望む本当の勇者はいまだに現れない。

 だが、私は待ち望んでいる。最高の勇者の到来を。

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[良い点] とても面白かったです!(語彙力なくてすみません) [一言] 魔王様一人称が吾輩で体型を誤魔化せる鎧とか着てた少女時代を過ごしてたりします?
[良い点] ストーリーが面白かった。非道なことをしてた2人にそのまま同じことやってあげてたのはビックリした [気になる点] 寒い貧乳ネタが半分くらい占めてるところ
[一言] すべての兵士が勇者と等しい力を持つ世界。 つまり、個人の能力に左右されない科学無双による魔族殲滅からの人類による世界征服ですな!パワーバランスが傾いたら人類に半分で我慢なんて出来ないでしょう…
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