本の悪魔 【月夜譚No.110】
見習いの身でありながら、大それたことをしでかしてしまった。幼いながらに事の重大さを感じ取り、少年は本を胸に抱えて後退った。
目の前に立つのは、黒く歪んだ影。陽炎のように揺れるそれは輪郭も曖昧だが、人の形をしている。
背丈は少年の三倍ほどはあり、眼窩は刳り貫かれたようにぽっかりと丸く白い穴があるだけだ。同じく白く細長い口が、三日月のように弧を描く。
影が笑ったのだと思った時、背中にぞわっと悪寒が走った。知らず身体が震え、表情という表情もない影の顔から目が離せなくなる。
『オマエ、ノゾミ、ナンダ?』
頭に直接響くような声は片言で、老人のようにしゃがれていた。
影は、少年自身が喚び出した。しかし、喚びたくて喚んだわけではない。生まれつき持つ膨大な魔力が知らずに漏れ出して、魔本に組み込まれた術式に作用したのだ。
問いの答えを求めるように、影がその枝切れのような細い腕を少年に差し向ける。
少年はもう一歩後退り、唇を噛んだ。
コレは、一体何者か。地獄の番人か、異界の悪魔か。正体は判らないが、良くないものであることははっきりとしている。
今すぐここから逃げ出してしまいたいが、自分が喚び出してしまった手前、放っておくわけにもいかない。少年は恐怖と困惑の板挟みになって、地面に打ち付けられたように動けなくなった。