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9.ローブの男

 ルクスははらわたが煮えくり返る思いだった。


(あいつら、好き勝手言いやがって!!)


 今にも変身を解除して飛び掛かりたいのを、やっとの思いでこらえる。


 やがてグレノールはメイドとともに喫茶室を出ていった。

 後に残ったのは、ガレンのみ。


 奴はルクスが変身している手押し車の上に乗った盆から、酒瓶を持ち上げると、琥珀色の液体をグラスに注いだ。


 グラスをあおると、ふーっと大きなため息をついて笑みを浮かべる。


「クク、あの女も大したことはないな。死んだ旦那のこととなると、まるで小娘のようになって判断力が鈍る。氷龍と戦っている最中に味方の火族(かぞく)同士で殺し合いをする?そんなわけがないだろうに、本気で信じているのだからなぁ!まぁ、その方が御しやすいがな。」


 ルクスは判断に迷っていた


(この男は真相を知っているのか?)


 あの夜、氷龍追撃隊の身に何が起きたのかを。

 そして、リューズたちが今どこにいるのかを。


 今すぐにでも問いただしたい欲求に駆られる。


(今この場なら、この男を捕縛することはできるが……)


 捕えてユニバルのところまでしょっぴくのだ。

 尋問すれば何か分かるかもしれない。


 しかし、どうやって連れ出す?

 この屋敷の中で、脱出を手助けしてくれる者などいない。


(ここは一旦退いて、ユニバルさまに今聞いたことだけでも報告すべきか)


 そう思ったとき、


「うわっ、貴様!」


というガレンの声が聞こえて、ルクスは我に返った。


(バレたか!?)


 一気に血の気が引いたが、ガレンが驚いたのはルクスに対してではなかった。


 いつの間にか、ガレンの近くに一つの人影が揺らめくように立っていたのだ。


 背の低い男で、頭には藍色のローブを被っている。


(いつの間に!?)


 ルクスも驚きを禁じ得なかった。

 ガレンから目を離していたのはほんの一瞬だったはず。


 全く気配も感じ取れなかった。


「クソが!音もなく入ってくるなといつも言ってるだろうが!」


 ガレンは赤い顔で、ローブの男を怒鳴りつける。


「申し訳ありません、ガレン様。ご相談したいことがございまして……」


 ローブの奥からくぐもった声が聞こえた。

 

「……何だ」


 ガレンはそう答えながら、ソファにもたれかかる。


「“風の狼笛(ろうてき)”を王都の中に呼び寄せたいと思うのですが」


「!」


 ルクスはさらに驚いた。

 風の狼笛。

 それは、エンラが所属している冒険者パーティーのことじゃないか!


 しかし、呼び寄せるとはどういうことだ?

 エンラのリーダーたちは、こいつらの言いなりになっているということか?


「ん、あぁ、そうだな。ユニバルの方もそろそろ動き出すころだ。奴には痛い目を見てもらわねばな」


 ガレンはそう言って口もとを歪める。


「痛い目、どころで済ませてはなりません。確実に消さなければ」


 ローブの男は無機質な声のまま、そう言ってのける。


(こいつら、ユニバル様の命まで狙っているのか!?)


 マズい。やはり、これはすぐに伝えなければ。


 そうルクスが思ったとき、急にローブの男はフンフンと鼻を鳴らし始めた。


 何か匂いでもかいでいるような仕草だ。


「どうした?」


 ガレンも不審に思ったのか、ローブの男に尋ねる。すると、


「うかつでございましたね。曲者(くせもの)が紛れております」


 くるり、とルクスのほうに向きなおった。


(しまった!)


 ルクスは変身を解除して、逃げようと扉のほうへと走る。


 しかし、ローブの男の方が早かった。

 ルクスに向かって手をかざすと、瞬時に魔法陣が現れ、そこから氷の矢が無数に飛び出してきた!


「ぐああぁあっ!!」


 避けきれずに何本もの氷がルクスの身体に突き刺さる。


 扉に叩きつけられたルクスは床へと倒れ伏した。


「な、何者だ!そいつは」


「分かりませぬ。しかし、先ほどわずかに“火気”が感じられました。つまり火族ということです。お気づきになられませんでしたか?」


 侮蔑するような声に、ガレンは赤面する。


「だ、黙れ!とにかく捕えよ!」


「はい」


 ローブの男はルクスへと手を伸ばす。


 しかし。


「そうはいくかよっ!」


 床に伏せて呼吸を整えていたルクスは変身した。


 それは巨大なハリネズミ。

 広げた針の山から無数の針をガレンやローブの男へと発射する。


「くっ!」


 奴らがひるんだ隙に、ルクスは後ろへ飛びのき、扉を破って廊下へと出た。


「曲者だっ、捕えよ!」


 ガレンが叫ぶ頃には、ルクスは手近にあった窓を破って外に出ていた。



「ハァ、ハァ……」


 ルクスは無我夢中で街路を走っていた。


 幸い、追手はまいていた。


 しかし、身体は危険な状態だった。


(血を使い過ぎたか……)

 

 先ほど、ルクスはハリネズミになって敵に針を飛ばしたが、その針は傷口から流れる自分の血を鋭く変化させて使ったものだった。


 変身能力によって傷口は塞いでいるから、出血自体は止まっているが、意識が朦朧としてきている。

 明らかに血が足りなくなっている。


 街路から少し入り込んだところで、ルクスは座り込んでしまった。


「マズいな……」


 なんとかしてディードリール公爵邸に帰りつかなければ。

 だが、方角ももはや分からなくなっていた。


 そのとき、ルクスの耳に何かの足音が聞こえた。


(人のものとは違うようだが……?)


 やがて、かすむ視界の中に見えてきたのは、大きな動物の影。


「……!」


 それは赤い狼。


 狼といっても、小型の熊ほどのかなりの大きさだ。

 炎が揺らめくような毛並みの中に、二つの瞳だけは、静かに青く光っている。


 赤い狼など、そういるわけはない。

 とすれば、これは、サラが探している、彼女の友達……


「ル、シーラ?」

 

 思わずつぶやいた言葉に、狼の耳はピクっと反応した。


 悠然とこちらへと歩み寄ってくるルシーラに、ルクスは怯んだ。


「ぐっ……!」


 喰われるだろうか?

 ルクスから漂う血の匂いが引き寄せたのだろうか?


 変身して戦う、もしくは逃げるだけの体力は残っていない。


 だが、ルシーラはルクスの顔に鼻面を近づけて、匂いを嗅ぐ仕草をすると、ルクスの前に伏せをした。


「……!」


 静かにルクスを見つめながら、尻尾を静かに揺らしている。


「もしかして、助けてくれるのか?」


 ルクスの声に、狼はウォン!と小さく吠える。


 震える手で狼の背に捕まる。

 ルクスが泥のように重い体を赤い毛並みの上に横たえると、ルシーラは静かに歩き出した。



 *      *       *



 何か不思議な香りがして、ルクスは目を覚ました。

 目の前には薄緑色の天井。白い光球がふわふわとその中心に浮いている。


 微かに体を動かすと、


「気が付いたか……」


 と老人の声がして、にゅっと、丸く禿げ上がった頭が視界に入ってきた。


「ひとまず血を足しておいたぞ」


 そう言われて。ルクスが自分の身体を見ると、左腕に太い針がささり、そこから細い管が伸びているのがわかる。


「悪いが、火族の血など本来ここにはないからなぁ。幸い代用の薬はあったから、それをヒトの輸血に混ぜて使っておる。まぁ死ぬことはないから安心せい」


「……あの、ここは?」


 ルクスがたずねると、


「ギルド内の医務室だよ」


と禿げ頭の老人は答えた。


「ギルド?」


「さよう。……冒険者ギルド王都支部にようこそ、はぐれ火族どの」


 そういって老人は優しく笑った。


いつもお読みいただきありがとうございます。

次回もどうぞお楽しみに!

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