6.公爵家の跡取り
男の声に、ルクスは顔を上げた。
20代後半くらいだろうか。顔は細く、束ねた長い髪は深い紫色をしている。
優し気な瞳は金色の光をたたえている。
こうした鮮やかな色の髪や瞳は、火族の多くが持っている特徴である。
ちなみに、ルクス自身は髪も瞳もこげ茶色である。
「倒したわけではありません。私にそんな能力はありませんから」
と、ルクスが警戒しながら返すと、男は微笑んだ。
「そうかな?君からはわずかにだが“火気”が感じられる。つまり、君は火族というわけだ。まぁ、火族ならば普通は氷根ごと氷龍を燃やしてしまうからな。なぜ氷根を抜き出して、わざわざ持ち歩いていたのかは気になるところだが……」
そういって、細いあごに手をやった男に、
「あの、あなたはどなたッスか?」
と怪訝そうにエンラがたずねた。
「申し遅れてすまない。私の名はユニバル=ディードリール」
「ディードリール……え!こ、公爵さまッスか!?」
エンラは驚きで飛び上がりかける。
「正確には、その息子だね。今は、君たちが通ってきた市街壁東門の警備を担当している」
ルクスも目を見開いていたが、
「あの、ドレク=ハーベルライトをご存じではありませんか!?」
とユニバルに聞いた。
「いかにも、ドレクは私の元で働いていたこともあるが……君は?」
「申し遅れました、私はルクス=ハーベルライト、ドレクの弟です」
そう言って、ルクスは変身を解除した。
光の中から現れた少年の姿を見て、ユニバルは「おぉ」と感嘆の声を上げた。
「そうか、君が!なるほど、ハーベルライト家に変わり種がいる、と前に彼から聞いていたが、そうか!君がそのルクスだったのか……こんなところで会えるとはな」
ユニバルは、まるで古い友達に会ったかのような口調でルクスを歓迎した。
「変わり種、ですか。そのような優しい言い方を兄はしておりましたか?」
とルクスは訝しんだ。
(絶対にでくの坊だ、能無しだとさんざんにこき下ろしているはずだ)
しかし、ユニバルは微笑んだまま首を振った。
「まぁ少々違ったかもしれない。だが、ドレクがどう言おうとも、私は私なりの目で物事を判断しているつもりだ。そして今、私は君の力を見て、他の火族にはないものを感じた。だから変わり種と言ったのさ。……さて、ということは、君は今回の討伐部隊の行方不明について何か知りたい、ということかな?」
「はい。もっと言えば、捜索隊に加えていただきたいのです!」
ユニバルはその言葉をじっと聞いていたが、やがて静かにうなずいた。
「……なるほど。事情は分かった。だがまずは私の館に案内しよう。腹が減っていてはまともに話もできないだろう?」
* * *
ルクスたちは、地下牢から解放された後、ディードリール公爵の城館へとやってきた。
3人は温かい食事が用意された席で、自分たちの来歴や、ここに至るまでの経緯についてユニバルに話していた。
彼は、ひとつひとつの話を興味深そうに聞いた。
夕食の後、湯あみを済ませた3人は、用意された服に着替えたあと、ユニバルの自室へと通された。
「ふぁ~、お腹いっぱいで幸せ~」
心ゆくまで食事にありついたサラは満ち足りた顔をしてソファに座っている。
足をパタパタさせるたびに、絹でできた柔らかなスカートが光を反射する。
「うん。でも、どこもやたらと広かったスね……」
館の中は、食堂も湯殿も豪華で、エンラはそれに圧倒されたようだった。
「でも、この部屋だと少し落ち着けるな」
「そうっスね」
ルクスの言う通り、煌びやかな屋敷の中で、寝室と書斎が一体となったこの部屋だけは落ち着いた雰囲気を持っていた。
家具・調度品は質素な造りで、絵画・装飾品はほとんどなく、壁のほとんどは本棚で占められていた。
やがて、この部屋の主が現れた。
「おまたせしたね。地味なところで申し訳ないが、秘密の話をするにはこちらのほうが向いているのでね」
ユニバルはそう言うと、自分の椅子に腰を下ろし、手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。
包みが開けられると、中には藍色の玉が入っていた。
玉の表面には白い細かな粒が散らばっている。
「これって……」
「そう、君が持ってきた氷根だよ。君にお返ししようと思ってね」
ルクスは首を振った。
「いえ、私には必要ないものです。もともと、どなたか火族の方に処分していただこうと思っていたので」
「なるほど。じゃあ、ここで燃やしてしまおう」
ユニバルはそう言うと、氷根をつまみ上げ、サッと放り投げた。
そしてパチンと指を鳴らすと、一本の炎の柱が空中に現れて氷根を飲み込んだ。
後には少しの燃えカスも残らない、完璧な炎である。
ルクスには、ティードリール公爵家の長男であり、次期当主であるユニバルの能力の高さが垣間見えたような気がした。
「あぁ、ちょっと綺麗だったのに……」
サラが残念そうな声で言うと、エンラは
「綺麗って、氷根のことッスか?」
と聞いた。
「うん。だって、夜みたいに真っ暗な中に、小さなお星さまがたくさん輝いているみたいだったもん!」
サラが目を輝かせると、ルクスはう~ん、と考え込んだ。
「そんな風に考えたことはなかったなぁ。常に封印すべき対象としか見ていなかったから」
「アタシも綺麗だとかは思えないッスね。だって氷根は氷龍の源ッスよ?アタシたちの暮らしを脅かす元凶にそういう感想は抱けないっスね」
その反応にしょんぼりしているサラを慰めるように、ユニバルは口を開いた。
「いや、面白い視点かもな。我々は氷龍を『厄介者』『脅威』として捉えているから、氷龍に関することは全て悪い印象につながってしまっている。だが、そうした先入観を持っていなければ『美しい』という新たな印象を得られる、というわけか」
「失礼ですが、それが何の役に立つんスか?氷根を宝石として愛でろ、とでも?どのみち物好きな火族の方にしかウケないと思いますけど……」
と腕組みするエンラ。
「フフ、まぁそういう視点もあるというだけだよ。それより――」
と、ユニバルはルクスに向き直った。
「はい。夕食の席でもお話ししましたが、今回の氷龍討伐部隊の行方不明事件について、情報をいただきたいのです。部隊はすでにこの王都に帰還して、経緯について詳しく話をしているはずです。その内容についてユニバル様のほうでご存じのことはありませんか?」
ルクスの問いに、ユニバルは
「……部隊の管理や処遇については、評議会の管轄になっている。隊員からの聞き取りなども評議会が行っているはずだ」
と答えた。
評議会とは、王国内の有力火族たちによって構成されている議会である。国王の直属機関として、さまざまな分野で王に具申を行っている。
「でしたら、エスバル様も部隊の事情についてお詳しいのではありませんか!?」
ディードリール家は、9つある公爵家の一つとして評議会の幹部の席を代々務めており、ユニバルの父、エスバルもまたその一人であるのだ。
「無論そうだろう。……ただ、評議会や幹部での会合で話されたことについては、最高機密でね。例え家族であっても、その内容に立ち入ることは許されていない」
ユニバルがそういって小さく息をつくと、
「そんな……」
ルクスは肩を落とした。
ルクスの気持ちを汲み取るように、ユニバルは
「役に立てず申し訳ない。しかし、実は討伐部隊の編成には私も少し関わっていたからね。少なからず責任は感じている。ドレクやリューズがどうなったのか、私自身も知りたい、そして何か埋め合わせができるものならしたいと思っているよ」
「ユニバル様……」
「父の方には、討伐部隊の失踪の顛末について、できうる範囲でハーベルライト家を含め関係者に公開するよう、私から掛け合ってみよう。まぁ、私も不肖の息子で名が通っているからね、どこまで聞き届けていただけるかはわからないが」
そう微笑むと、ルクスは頭を下げた。
「ありがとうございます、是非、お願いします!」
「あの、アタシの仲間、“風の狼笛”も討伐部隊にご一緒させていただいたときに行方不明になってしまってて……どうにか捜せないかと思ってるんス、いえ、思っているのですが」
エンラの訴えに、ユニバルは頷いた。
「そうだね。冒険者の皆のことも併せて伺ってみよう。あるいは、この王都の冒険者ギルドなら何かほかに知っているかもしれない。彼らは独自の情報網を持っているからね。私からも口添えしておこう」
「はい!よろしくお願いします!……それと、サラ」
エンラがサラの方を向くと、サラは「はい!」と手を挙げた。
「あの、ルシーラって言うおおかみをしりませんか?赤いけなみで、あたしのともだちなんです!」
「どうも、王都にいる火族の手に買われたのでは、ということらしいんですが……」
ルクスがそう補足すると、う~ん、とユニバルは腕を組んだ。
「赤い狼か……確かに珍しいな。そういったものを手に入れるために金に糸目をつけない者も多いだろう。……そうだな、ここ最近の王都での検問内容について調べてみよう。それと、私の友人にも収集家の市場に詳しいものがいるから、当たってみよう。何かわかるかもしれない」
「ユニバル様が調べてくださるって!」
とエンラが言うと、サラはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その後しばらく雑談をしていたが、サラが目をこすり始めたので、彼女は用意された寝室へと案内されていった。
「すみません、いろいろと無理を言ってしまいまして……」
ルクスが申し訳ない、という顔をすると、ユニバルは笑って手を振った。
「気にすることはない。人々の願いを聞き届けることも我々の役割だからね」
ユニバルは今、王都を離れられない父に代わって、ティードリール家の領地の管理に携わっている。
2か月に一度は実際に領地を訪れて、代官たちに指示を与えたり、各地方からの訴えを聞いたりしているが、その様子が熱心で、領民からもとても慕われているという。
ルクスはその評判が確かなものだと実感していた。
例えば今回のサラの狼のように、当てのないことであっても、真剣に考えて答えを出そうとしてくれるその姿勢は、本当に尊敬できると感じた。
「それと、サラのことなのですが……」
エンラが切り出すと、ユニバルは頷いた。
「うん、わかっている。明日にでもヴィーレームの孤児院に使いを出すよう手配する。送り迎えの費用は私のほうで負担しよう」
「本当に、何から何までありがとうございます!」
ルクスが礼を言うと、ユニバルは微笑んだ。
「心配してくれている人がいるなら、その人のもとへ帰るべきだろうからね。……さて、捜索隊のことだが」
ユニバルはルクスに手を差し出した。
「いいだろう、君を捜索隊の一員に推薦しよう!」
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