4.サラとの出会い
「あ!お姉ちゃーん!」
ルクスがエンラの案内で彼女の野営地へと入ると、荷馬車に乗っていた小さな女の子が、顔を輝かせて地面に降りて、こちらへと向かってきた。
「サラ!」
エンラは、サラと呼んだ子を両手で迎えて抱き上げた。
「サラ、大丈夫だったッスか?」
「うん!お姉ちゃんこそケガしてない?」
「大丈夫!このお兄ちゃんに助けてもらったっスからね」
とエンラは、ルクスの方を見た。
少女は大きく円い瞳で、ルクスをまじまじと見つめた。
「あなた、だぁれ?」
「そういえば、名前聞いてないッスね」
「あぁ、ごめん。自己紹介してなかったね……ルクス、ルクス=ハーベルライト」
「ハーベルライト?……って、領主様のご子息ッスか?!?」
エンラは頓狂な声を上げた。
「あぁ、うん。君たちはヴィーレームの人間なの?」
ヴィーレームとは、ルクスたちハーベルライト侯爵家が住んでいる領地のことである。
「えぇ、城下町に住んでるんス。けど、どうしてまた、火族の方がこんなところに……」
「兄と義姉を探してるんだ。二人は、氷龍討伐部隊に参加してたんだけど、つい先日行方不明になってしまって」
そう言うと、エンラはさらに驚いたように息を呑み、呟いた。
「アタシの仲間と一緒ッス……!」
「仲間?」
「はい。アタシ、“風の狼笛”って冒険者パーティーに所属してて、リーダーたちは今回の氷龍討伐部隊の下働きとして参加してたんス。アタシは普段は鍛冶屋で、その時も別の鍛冶仕事が入ってたから、皆と一緒にはいかなかったんスけど……」
氷龍討伐部隊は、火族やその従者だけで構成されているわけではなく、荷物運びや偵察といった仕事をこなすために冒険者を雇うことがある。
エンラの仲間もそうした依頼に名乗りを上げていたということだが……
「じゃあ、行方不明になった人間の中に、君の仲間がいたってこと?」
「そうなんス。冒険者ギルドやほかの冒険者にも、一緒に探してくれないかと頼んだんスけど、誰も彼もしり込みしちゃって……」
「なんだ、案外意気地がないんだなぁ」
とルクスが言うと、エンラは苦笑いした。
「そりゃ、火族の方は氷龍なんて怖くないかもしれないッスけど、人間にとっては最凶の魔獣っスからね。みんな、なるべくなら関わりたくはない。でも、アタシら“風の狼笛”はそういう皆が嫌がるような仕事も進んでやってきたんス。その姿勢はアタシにとっても誇りなんスよ!」
そう熱弁するエンラの目は輝いている。
「それで、姉妹二人で仲間の捜索の旅に出ることにしたってわけか」
「あー、いや……サラは御覧のとおり小さいっスからね。連れてくる気は全くなかったんスよ。というか、アタシとサラは姉妹ってわけじゃないんス」
「???」
ルクスは事情が呑み込めず、頭に疑問符を浮かべた。
確かに、このサラという子は、肌が白く、髪は山吹色、瞳は赤色と、エンラとは似ていないけれど……
「えっと、サラは近所の孤児院にいる子の一人なんス」
「みんな、よくエンラお姉ちゃんに遊んでもらってるの!」
とサラは白い歯を見せた。
「アタシはリーダーたちの手がかりをつかむために、王都に行こうとしてたんスけど、その時に友達から『王都にいる知り合いに荷物を持って行ってほしい』って言われたんス」
そう言ってエンラは近くにあった荷馬車に目をやった。
一頭立ての馬車にはいくつか大きな樽が載せてある。
「それで、街からここまで引いてきたんスけど、途中で樽を一個余計に積んでいることに気づいたんス。で、フタを開けると、この子が隠れてて。どこから樽なんて持ってきたんだか……」
とエンラはサラをにらむ。
「えへへ」
はにかむサラの頭を、エンラは優しくコツンとした。
「えへへじゃないッスよ!まったく!」
「だって、ルシーラをさがしたかったんだもん」
とサラは口を尖らせた。
「ルシーラ?」
「狼のことッス。この子がいる孤児院では、ちょっとワケあって狼を一頭飼ってるんスよ。狼って言っても小さいころから育てて、躾もちゃんとできてますから、人を襲う心配は全くないんスけど」
「うん、でも、ある日、あたしたちがいないときに、知らないおじさんがやってきて、ルシーラを買いたいって……」
「ルシーラは真っ赤な毛並みをしてるんス。それが目を引いたんじゃないスかね」
とエンラは補足する。
「『すごい額のお金を見せられて、ことわれなかった、あなたたちのためにしかたなかったのよ』ってえんちょう先生が泣いてて……」
大金を提示され、苦しい孤児院の経営のために園長は決断せざるを得なかった、ということか。
「でも、あたしたちずっとずっといっしょにいたのに。その日までずっといっしょにあそんでたのに……いなくなっちゃう、なんて……」
その時の悲しみを思い出したのか、涙をポロポロと流し始めるサラ。
エンラは慰めるように、サラの頭を優しくなでた。
「詳しくは分からないんスけど、どうやら王都に住んでいる火族がルシーラを買ったらしいんス。まぁ、買い戻すのは無理でも、せめて居場所だけでも突き止めてあげたいってアタシも思って。孤児院の子たちには『ルシーラを探してあげるから、待ってるんだよ』って言ってたんスけどね」
とエンラはため息をついた。
「サラを連れてきてしまったと気づいたときは困ったっスよ。このまま連れ回すわけにもいかないし。一度ヴィーレームに戻ろうとは思ったんスけど、日も落ちてきたんで、とりあえず野営をすることに決めたんス。それで、薪を取りに森に入ったんスけど……」
「そこで氷龍に襲われかけた、ってわけか」
ルクスの言葉に、エンラは頷き、頭を下げた。
「いやぁ、本当に助かったッス!ルクス様、お強いんスね……」
「え!?そ、そうかな?」
「弱い」とは言われても、「強い」などと言われたことのないルクスは戸惑った。
「そうっスよ!……それに、さっきの氷根封印もすごかったッス。やり方はアタシも知ってるんスけどね。アタシら人間にできる唯一の氷根封印法っスから。でも実際にやるのは難しい。うちのリーダーも最近ようやく習得したんスけど、そもそも結絡点を見つけることができないから、仲間の魔術師の力を借りてるくらいで。
それを一人であんなに鮮やかにやっちゃうなんて……!」
エンラが興奮気味に語るのを聞いて、ルクスはすっかり照れてしまっていた。
「ふぇ、ルクスさま、おかおがまっ赤だよ?」
サラが不思議そうな顔をするので、ルクスは頬をおさえて「う!」と言葉に詰まった。
「あ、ほんとだ。そうやってると年相応にカワイイっスね?」
エンラは悪戯っぽく微笑んだ。
「ぐっ……!」
ルクスはすっかり翻弄されてしまっていた。
(でも、悪い気はしないなぁ……)
と、胸が温かくなる思いだった。
* * *
その夜、野営の中で3人は話し合い、皆で王都に向かうことにした。
氷龍があの一匹とは限らない以上、ヴィーレームに戻るとしても二人だけでは危険である。
そうであれば、ルクスに同行して共に進みたい、とエンラは頼んできた。
ルクスはそれを了承した。
定期的にルクスが鳥になって上空から偵察するなど、警戒を強めたおかげか、それから1週間は何事もなく歩みを進められた。
そして。
「見えたっスよ!」
峠を上りきったところで、エンラが叫んだ。
眼下に広がる草原、そこを流れる大河のほとりに、王都はたたずんでいた。
滔々と流れる水面に、灰色の高い城壁といくつもの青い屋根が映っている。
ひときわ高く聳える王城は、陽の光を受けて白く輝いている。
(ここから、義姉さまにつながる道は開けるのだろうか?)
ルクスは期待と不安がないまぜになった気持ちで、街道を下って行った。




