33.祝雷
それから3年後。
「お義姉さまぁ、お花はこちらでよろしいんですの?」
ジェシアの声に、リューズは荷解きの手を休めて顔を上げた。
大きな花瓶を重たげに持っている義妹を見ると、
「あら、ありがとう!手伝うわ」
と駆け寄って手を貸し、近くのテーブルに降ろさせた。
ここはハーベルライト家。
2人は、王都へ赴いていたルクスが帰って来るのに合わせて、祝宴の準備をしている。
今年15歳になったルクスは、ハーベルライト家の次期当主として王国から認められ、ユニバルのもとで領主としての教育を受けている。
ルクスは今や、同世代の火族よりも遥かに大人びた男性に成長している。
それは、2年間にわたる氷龍討伐の中で、幾多の死線を潜り抜けてきたからだろう。
ルクスは強力な白い炎と変身能力を自在に操り、部隊一の武功を挙げていた。
1年前、討伐部隊は古代氷龍軍に対して勝利を挙げた。
残党の氷龍たちは退却して、それ以来火族の勢力圏には侵入していない。
王都に凱旋した部隊は熱烈な歓迎を受けた。
ハーベルライト領から駆け付けたリューズも、その時のことは鮮明に覚えている。
花びらのように舞う紙吹雪のなか、照れくさそうにはにかみながら沿道に手を振っていたルクス。
その横顔を思い出していると、
「お義姉さま?」
ジェシアの声に、リューズはハッと我に返る。
「ご、ごめんなさい!」
思わず謝ると、ジェシアはフフっと微笑む。
「お義姉さまらしくないですわね、ぼーっとなさるなんて……あ」
ジェシアは悪戯っぽい笑みを浮かべる
「もしかしてぇ、ルクス兄さまのことを考えてらしたの?」
「!」
朱を散らしたように顔を赤くすると、義妹はコロコロと笑った
「ウフフフッ、図星ですのね!……お熱いことですわ!」
「も、もう!」
リューズが拳を振り上げると、おしゃまな義妹はきゃぁっと笑いながら悲鳴を上げて逃げていった。
「もう、本当に……」
頬が熱くなるのを感じながら、それでもルクスのことを思うと頬が緩んでしまう。
――仕方がないじゃない。私とルクスはもうすぐ結ばれるんだもの……
リューズはじんわりと温かさが胸に広がっていくのを噛みしめていた。
* * *
ドレクと離縁したのは1年半前のことだった。
酒色に溺れ、家庭を顧みなくなっていたドレクは父から勘当され、別の女の元へと去っていった。
喪失感と無力感に苛まれていたリューズを救ったのはルクスとの文通だった。
ルクスは出征した直後から、忙しい間を縫って度々、義姉を気遣う手紙を送っていた。
最初は義姉らしく気丈に振舞っていたものの、冷え切った夫婦関係に疲れていたリューズは、次第にルクスの優しさを求めるようになる。
離婚してからは、それがより顕著になった。
ルクスの方も親愛の情を超えて、一人の異性としてリューズを求めるようになっていく。
そして、1年前。
王都へと凱旋した夜。
リューズの姿を認めたルクスは風のように駆け寄ると、逞しくなった腕で抱き寄せて口づけをしてきたのだ。
人目も憚らない様子に、リューズも周囲の者も驚いたが、唇を離すとルクスは
「もう誰にも貴方を渡さない」
と静かに言った。
――あぁ!
リューズは大粒の涙を流しながら頷き、ルクスに身を委ねた。
誰にも遠慮はしない、例えどんな非難を浴びようとも必ずリューズを護る、という強い意志の表れなのだと理解できたから。
戸惑っていた周囲も、次第に拍手で二人を祝福しはじめた。
ルクスは今回の戦いで一番の武功を挙げた“英雄”であったし、リューズが今までドレクのせいで苦しみを味わっていたことも周知の事実であったから、二人の新たな門出に異論を挟むものなどいなかった。
幾百の拍手に重なるように、花火が打ちあがり始める。
こだまするような祝雷の中で二人は抱き合っていた。
* * *
思い出に浸っていたリューズは、ハッとして顔を上げた。
遥か遠くから、懐かしい火気を感じたからだ。
――間違いない、あの人だわ!
急いで外に出ると、丘の向こうに白い炎が立ち昇るのが見えた。
リューズは少女のように瞳を輝かせると、大きく手を振った。
「おかえりなさーい!」
(完)
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