32.幸せにしたい
1か月後。
ドレクたちを捜す捜索部隊は、古代氷龍の討伐部隊として再編され、再び出発の時を迎えることとなった。
「ルクス=ハーベルライト殿、御前へ!」
高い天井まで響く声に、
「はい!」
とルクスは短く答えると立ち上がり、歩き出した。
ルクスは今、討伐部隊の結団式に臨んでいる。
式が執り行われている聖堂には、王族や貴族といった上級火族がずらりと並んでルクスを見つめている。
視線を感じながらまっすぐ進み、王族の前に出たルクスは目の前に座る国王と王妃、王女に礼をする。
「期待しているぞ」というように国王は重々しく頷き、王女は手ずからルクスの胸に徽章を付けてくれた。
それは今回の討伐部隊の“遊撃隊隊長”の印だ。
王城を襲撃した勢力を撃退したことでルクスの評価は急上昇していた。
また、リューズたちを救う過程で身に着けた強力な“炎”も評価を後押ししていたと言えるだろう。
にこやかに微笑む王女に、ルクスは緊張しながら礼をすると、一同から大きな拍手が送られた。
* * *
「ふぅ、緊張したぁ!」
式典後、ユニバルの屋敷に戻ってきたルクスはバルコニーに出ると、大きく息をついた。
「お疲れ様ッス!割と様になってたッスよ」
とエンラが微笑みかけた。
彼女も、他のパーティメンバーとともに遊撃隊の隊員となっている。
「うん、カッコよかったよ!」
おまけで式典に来ていたサラもニコニコしている。
「あ、ありがとう……」
照れながらルクスは頭を掻き、外へと目を向けた。
景色の正面には王城が見える。尖塔が崩れ、屋根に大穴が開いた城はまだ再建途中だ。
その城の向こうに見える山並み、その向こうにはルクスの故郷、ハーベルライト家の領地がある。
「……」
ルクスはハーベルライト領へと思いをはせる。
今、そこにはリューズがいる。
ドレクとリューズが城の襲撃犯であったことは公表されていない。
いくら操られていたとはいえ、同族に危害を加えたことが明らかになれば処分は免れられない、とユニバルが判断し、情報を伏せてくれることになったのだ。
リューズがあのとき氷漬けにした火族たちの誰も、相手がリューズだとは認識していなかったことも幸いした。
いちおう、火族の評議会に事の顛末は報告したが、評議会の中でも真実は公表しない、という結論になった。
それはハーベルライト家の事情を思って、というよりも、火族を洗脳して操れる古代氷龍がいるという事実があまりにショックすぎたためだった。
そんなことが火族の間に知れ渡ったら、大パニックになるだろうことは容易に想像できた。
というわけでハーベルライト夫妻の名誉は守られ、二人とともにルクスは一旦、ハーベルライト領へと戻った。
しかし、これで万事解決、とはいかなかった。
まず、ドレクは一命をとりとめたものの、ほとんど炎を出せないようになっていた。
医師の診察に寄れば、氷龍によって氷の巨人に変身させられていたときの影響が後遺症として残っているのでは、とのだった。
日常生活を送る分には問題ないものの、火族としての能力を失ってしまったドレクは、すっかり人が変わってしまった。
最初は、医師の指示通りにリハビリに取り組んでいたが、すぐに成果が出ないことにいら立ちを募らせ、やがて酒に溺れるようになる。
酒を飲めば、妻のリューズを罵って手を上げることも多くなり、その度にルクスは仲裁に入らなければならなかった。
ルクスが部屋に入れば、ドレクは我に返ってバツが悪そうに、眼をキョトキョトさせながら、
「す、すまない……」
とリューズやルクスに詫びる、という光景を繰り返していた。
以前は、威張り散らす兄にコンプレックスを抱いていたルクスだったが、今こうして自分に対して卑屈な態度をとる兄の姿を見ると、優越感よりも哀しみのほうが大きかった。
何より、夫の変貌によってリューズが苦しんでいる姿をこれ以上見たくはなかった。
リューズはその看病をしながら、義父でありハーベルライト家の当主であるゴーデンを支えなければならない立場になっていた。
だから、できることならルクスも傍にいてリューズの助けになりたかった。
しかし、ルクスは討伐部隊の一員として、家を離れなければならない。
後ろ髪を引かれる思いを押し殺し、ルクスは王都への準備を進めた。
リューズの部屋を訪ねた時、彼女は目を潤ませながら出迎え、
「どうか、どうか無事に帰ってきてね……!」
と涙ながらに訴えかけてきた。
真珠の涙が痩せた頬を伝うのを見て、ルクスは胸が痛んだ。
「はい、必ず……!」
「あなたを失ってしまったら、わ、私は……!」
そう言ってリューズは泣き崩れる。
ルクスは慌てて支えるように抱きとめた。
図らずも見つめ合った時、ルクスの脳裏にリューズの唇の感触が蘇る。
――このまま唇を奪えたら……
こころなしかリューズの頬は紅潮し、瞳にはルクスを受け入れるような光を湛えているようにも見える。
そして今、この場にドレクはいない……
――ダメだ!
沸き上がった情動を押さえつけてルクスは立ち上がった。
例え気持ちが通じていたとしても、それは許されざる行為だ。
義姉が冷え切った夫婦関係に苦しみ、誰かの優しさを求めていたとしても、超えてはいけない一線だ。
「義姉上も、どうかお体に気を付けて」
そう言うと踵を返す。
「えぇ。ありがとう……」
リューズも感情を抑えた声で答える。
ルクスは振り返らずに歩いた。
振り返ってしまえば気持ちを抑えられないと思ったから。
「ルクス様……」
感傷に浸っていると、エンラが心配そうに声をかけてきた。
「あぁ、すまない、大丈夫だ」
ルクスは微笑む。
――心配していてもしょうがない。今は任務に集中しなければ!
古代氷龍を捕獲すれば、ドレクの後遺症を治す方策も見つかるかもしれない。
能力が戻れば性格も元に戻り、リューズにも笑顔が戻るだろう。
そう信じて、ルクスは旅立つことにした。
「さぁ、出発の準備を始めよう!」




