30.兄弟対決
「ヌォオオッ!」
拘束されたリューズを助けようと、巨人ドレクはルクスに殴りかかる。
「フッ!」
ルクスは跳躍し、巨大な拳は空しく床を抉った。
着地すると、ルクスはしゃがみ込み、腕を網のように変化させる。
網は石の床を砕き、岩のカケラは網に絡んで大きな腕を形成していく。
ガレン戦と同じように、ルクスは巨人になって戦うことを試みる。
瞬く間に岩の鎧で身を固めると、ルクスはドレクと対峙した。
「ガァッ!」
再び繰り出される拳を、ルクスはしっかりと受け止める。
両者は組み合って少しも動かない。
「すごい、互角に渡り合ってるっス!」
とエンラは感嘆した。
火族としての実力なら、圧倒的に兄のドレクのほうが上のはずだが、今のルクスは少しも苦にすることなく戦っている。
――これなら、いけるか?
と思ったのもつかの間、ルクスは異変に気付く。
「か、身体が凍っていく!?」
ドレクの拳から伝わる冷気によって、ルクスの腕も身体も、そして足も凍り付いていく。
しまった、と思う間もなく、ルクスは彫像と化した。
一歩も動けないルクスの腹部めがけて、ドレクはもう一方の拳を繰り出す。
ドガッ!
「うぁっ!」
鈍い響きと共に、ルクスの岩の鎧が砕け始める。
「グォオオッ!」
「くっ!」
再びドレクが拳を振りかぶった時、ルクスは自ら岩の鎧を解離して脱出した。
――ダメだ、そこらの氷龍やガレンよりもずっと凍気が強い!
ルクスは唇を噛む。
「ルクス様!」
エンラの声に、「大丈夫!」と返す。
――氷を融かすには、やはり「火」か……
大きな鷲に変身すると、翼を広げて舞い上がる。
広間を飛びながら、ルクスは翼の前縁を刃のように鋭く変化させた。
そしてその刃を熱していく。
――融けるギリギリまで加熱する……!
深紅に輝く刃の翼をすぼめながら、ルクスはドレク目掛けて急降下した。
すれ違いざまに翼を広げて、ドレクの肩口に斬りつける。
バガっと肩が割れて、
「ギャツ!」
とドレクの叫びが響いた。
「やった!」
エンラは喜んだが、
――痛っ!!
当のルクスは、熱していたはずの翼も冷やされて氷が付着していた。
――思うように飛べないっ……!
バランスを失いかけていると、ドレクが厚い胸いっぱいに息を吸い込んでいるのが見えた。
「マズい!!」
と思う間もなく、ドレクは凍気を吹きかけてきた。
「うぁっ!!」
凍気を全身に浴びたルクスは氷に覆われて地上へと堕ちた。
「ルクス様っ!」
エンラとルシーラが駆け寄る。
「くっ……」
床に叩きつけられたルクスは血を吐く。
――巨人になっての近接戦闘はダメ、飛行しても落とされる、とすればどうしたら……
攻略の糸口が見つからず唇を噛む。
そもそも、ルクスの火族としての能力はないに等しい。
――炎を出せない僕が、強い凍気に敵うはずないんじゃないか……
そう思った時、あることに気づいた。
自分が吐いた血で、翼についた氷が溶けて蒸気が上がっている。
――これは?……そうか!
「ルクス様、一度退却しましょう!」
形勢不利と見て、エンラはそう提案してくるが、
「いや、その必要はない」
ルクスは首を振る。
「でも……!」
気づかわしげなエンラに「大丈夫」と微笑むと立ち上がった。
――これでいけるかは分からない。だけど、やってみるしかない!
気合を入れると、再び変身した。
「これは……!?」
エンラは目を円くする。
上半身は人だが下半身は馬。
手には騎士が持つような長槍を携えている。
「さぁ、行くぞ!」
ルクスは素早く駆け出した。
ガァアッ!!
ドレクは再び凍気を放つ。
ルクスはそれを俊敏に避けると、槍を繰り出した。
槍はドレクの胸に突き刺さる。
だが、リーチの差でドレクの拳はルクスには届いていない。
「上手いっス!確かにこれなら拳からの凍気を喰らわないッス!」
とエンラは叫ぶ。
「まだまだっ!」
ルクスは槍をひねった。
槍の先端は注射針のようになっていて、そこからルクスの血が相手に流れ込む!
「グッ、ガアアアアッ!!」
途端にドレクは苦しみだし、槍に手をかけて抜こうとする。
「させるかっ!!!」
槍をさらに差し込むと、四本の脚に力を入れる。
石床に蹄のあとが残るほど強く蹴りだすと、ドレクを槍で押しながら壁へと叩きつけた。
「グア、ア……!」
暴れようとするドレクを槍で釘付けにしながら、血を流し込む。
しばらくすると、ドレクの目は紅く光り、体表はひび割れて蒸気が噴き出しはじめた。
「ガァアアアアア!!」
広間にドレクの咆哮が響き渡る。
やはり目論見は間違っていなかった、とルクスは確信した。
確かに炎を出すことはできない。
しかし、だからといって、“火気”=火族ならば誰もが身に宿すオーラそのものが弱いわけではない。
――火気を炎に変換する過程に問題があるだけで、火気の強さだけなら兄上にも負けてないはず!
実は本人も気づいていないが、ルクスはドレクどころか若い火族の中で1、2を争うほどの強い火気の持ち主なのだ。
それほどの火気が詰まった血を相手に叩き込むのだから、効果が出るのはむしろ当然と言える。
無論、普通なら、血液を他人に流し込むのは自身の命に関わる危険な行為だ。
だが、変身能力によって自由に体を操れるルクスにとっては、血液もまた操作対象であり、自在に体から出し入れができる。
――けど、さすがにキツイな。目が霞んできたぞ!
ルクスは軽く頭を振ると、血液をドレクの頭部に集中して送り込む。
――どうか目を覚まして、兄上!
祈りながら続けていると、さらに変化が起こった。
「ヴ、オオォ……オ、オレハ……?」
ドレクの喉からくぐもった声が聞こえてきた。
「オれは、いったい……?」
その瞬間、バギっと鈍い音がして岩の巨人の顔が崩れ、中からドレク本人の上半身が現れた。
「兄上っ!」
「その声は、ルクス、か?」
「はい!」
答える弟を、兄は虚ろな瞳で見ている。
「いったい、何が……」
記憶をたどるように視線を彷徨わせたドレクは、急にハッとした顔で辺りを見回した。
破壊された城の広間、散乱する岩と氷柱になっている火族たち。
途端にドレクは顔を蒼ざめさせた。
「……これは、俺がやったのか?」
そう言いながら異形になった自分の腕を見つめる。
頬がこわばり、唇が震え始める。
「俺はなんということをっ……!」
嫌な予感がルクスの背を駆け上がる。
「兄上、それは――」
「ぁあああああっ!!!」
絶望に満ちた絶叫を上げると、ドレクは鋭い爪の生えた腕を自分の胸に突き刺した。




