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21.走馬灯

「ヌオオオオオオオオ!!」


 闇夜の中で怪物となったガレンは咆哮(ほうこう)していた。


 人の形を失った肉体の中で、ガレン自身の意識も失われつつあった。


(どうして……どうしてこんなことに……!)


 塗りつぶされていく意識の中で、ガレンの頭の中に走馬灯が駆け巡っていた。


 なぜこんなことになったのか。

 いつからこうなってしまったのか。


 それはガレンの浪費癖に原因があった。



*      *       *


 幼い頃から、ガレンは兄のアレンと比較される日々を送ってきた。

 成績優秀で人当たりも良いアレンは常に、人々の輪の中心にいた。


 ガレンはそんな兄と比べて自分が劣っていることをよくわかっていた。


 そして、そのコンプレックスを自分自身を磨くことではなく、それ以外の方法で解消しようとしたのだ。


 それが珍品の収集だった。

 他人が持っていない物を持っている、ということでも人々からの羨望のまなざしは集められるからだ。


 無論、それでガレン自身の評価が上がるわけではない。


 だが、少なくとも、珍品を探し求めるために苦労したり、手に入ったものを惚れ惚れと眺めている間だけ、惨めな自分を忘れていられることは確かだった。


 そのためにガレンはどんどんとコレクターとしての沼にはまっていく。

 自分の貯金や収入以上の金を趣味につぎこむようになり、ガレンの生活は荒れていく。

 

 友人からの借金を重ね、やがて首が回らなくなったガレンは、ついに手をつけてはいけない金にも手を出し始める。


 それは王国から支給されている氷龍(ひょうりゅう)討伐部隊の遠征費であった。


 氷龍討伐部隊の遠征費は、参加するそれぞれの火族(かぞく)の家に事前に配布されていた。

各家で、遠征に必要な装備や食糧などを買えるようにするためである。


ヴィルノクス家ではすでに装備・食料に備蓄があり、実際の遠征の日まで、配布された金に手を付ける必要はほとんどなかった。


だが、そうした状況はガレンにとって悪魔の誘惑だった。


 ガレンは遠征費を保管している金庫をそっと開けては、自分が欲しい珍品の購入代金にするという行為を繰り返した。


 数日のうちに、金庫から取った分の金を、別のところから調達して「戻して」おけば誰にもバレないというわけだ。


 だが、いつまでも上手くはいかなかった。


 遠征の前日、ガレンは兄のアレンに呼び止められ、アレンの執務室に来るように言われた。

それに従って執務室に入ったガレンは、兄がその手に遠征費の帳簿を持っているのを見て、


(しまった!!)


と思った。遠征費を勝手に持ち出しているのがバレたのだ!


「金庫の中身と帳簿の額面が合わない。金庫の番号を知っている者に、最近遠征費を使ったものがいるか聞いてみたが、誰も覚えがないという。……後はお前だけなのだが、どうだ?」


兄の口調はあくまで静かだが、その眼は、もはや犯人を確信している様子だ。

ガレンは観念して白状するしかなかった。


「ごめんなさい……でも、すぐに戻すつもりでしたよ。今までもそうしてたし」


 そう言うと、アレンは両こめかみを押さえて深いため息をついた。


「これは国王陛下から賜った神聖な財だぞ。それを何だと思っているのか……!」


「どうせウチじゃそんなに使わないでしょう?それに、遠征が終わって余った分はそれぞれの家の資産にしていいって陛下もおっしゃって――」


「そういう問題ではないと言っている!!」


 アレンは激高して机をたたいた。

 さすがのガレンも背筋がビリっと震える。

 

 アレンは奥歯を噛みしめながら、愚かな弟の顔をじっと見ていた。

 そして、再び深く息をつくと、


「この件は、評議会にも報告する」


と言った。


「え!」


「部隊の一員として、私も明日出発する。だから、今すぐご報告するというわけにはいかない。だが、帰ってきたら必ず評議会の皆様にお知らせして、陛下にもお詫びする」


「そ、そんなことをしたら……」


「あぁ、わがヴィルノクス家の面目は丸つぶれだ!……全く、亡くなった父上や母上にどうお詫びしたらよいか!!」


 そう言って、アレンは天を仰いだ。


 だが、ガレンが気にしているのは別のことだった。


 ガレン自身も評議会の中で小さいながらも役職を持っている者だ。

 それが不祥事を起こしたとなれば、クビになるのは確実だ!


(そうなったら、給料も貰えない。もう借金も返せないじゃないか!)


 唇を青くして震えているガレンに、アレンは低い声で語りかける。


「よいか。戻せばよいとか、ばれなければよいとか、そのような考えで許されると思うな!これは火族としての誇りに関わる問題だ!罪を全て告白して裁きを受けるのだ!そうでなければ、お前の腐った性根は到底治るまいぞ!……これが私の、当主としての、そして兄としての、責任だ」


 そして執務室を追い出されたガレンは、絶望の淵にいた。


「くそっ、どうしよう、どうしたらっ!!」


 それからの日々は地獄だった。

 

 兄が帰ってくるまでの1カ月で、どうしたら、事が露見せずにすむか。

 どうしたら、自分がクビにならないか。


 自業自得であるにも関わらず、まだガレンは自分の保身ばかり考えていた。

 公明正大が服を着て歩いているような兄を説得することは、まず不可能だ。

 

 ならば、評議会の誰かに賄賂を贈るか……だが、そのためにはどれほどの金額が必要になるか、見当もつかない。


 それから次第にガレンは酒浸りになった。

 

 その日も、知る人ぞ知るという地下の酒場で一人、酒に溺れていると、給仕が一杯のグラスをガレンのもとに運んできた。


「あ?頼んれねぇぞ?」


 呂律の回らないままそう答えると、給仕は


「あちらのお客様から、ガレン様へとおっしゃられまして」


と答えた。


 そちらを見ると、藍色のローブを被った人影があった。

 顔は見えないが、紅を塗った口元を見ると、女のようだ。

 

 ガレンが怪訝そうにしながらもグラスを手に取ると、女は静かに近づいてきた。


「突然申し訳ありません。ずっとお一人で飲んでらしたから、気になってしまいまして。ご一緒してもよろしいかしら?」


 さてはぼったくりか、ハニートラップか。とガレンは最初のうち警戒していた。

 しかし、女の不思議な雰囲気に惹かれたのか、それとも口がよほど上手かったのか、ガレンの口は第に滑らかになっていった。


 そして、自分や兄の名前は明かさないものの、自分が今置かれている境遇について、すっかり話してしまったのである。


 それまで痛み入るようにじっとガレンの話に耳を傾けていた女は、話を聞き終えると、


「あなた様のお悩みを解決する方法が一つだけ、ございますわ」


と言った。


 ガレンが、何だ?という顔をすると、女は静かに言い放った。


「お兄様を、亡き者にするのでございます」


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