2.能力の目覚め
気が付くと、ルクスは冷たい石畳の上にいた。
直径は、歩いて十歩ほどの円い石造りの部屋。
上のほうに小さな明り取りの窓と、向かいの壁に鋼鉄製の扉が一つずつあるだけ。
「ここは……?うっ!」
立ち上がろうとして、全身に痛みが走る。
まだダメージが残っているようだ。そして――
「わっ!?」
ルクスは自分の腕を見てぎょっとした。
先ほど炎を出すのに失敗して、ドロドロに融けたままになっている。
普段なら「戻れ」と意識すれば、映像を巻き戻すように腕は元通りになるのだが、戻そうとするまえに意識を失ってしまったために、戻っていなかったということか。
「……床とくっついてしまってないかな?」
恐る恐る融けたままの腕をゆっくりと持ち上げる。
マグマのようになっている腕だが、別に張り付いている感じはなく、容易に床から剥がせた。
しかし、剥がしたあとを見ると、石の床の凸凹がくっきりと残っている。
あたかも、うたたねをしたために、乱れたシーツの跡が頬に残ってしまっている時のように。
「フッ、なんだこれ」
我ながらなんだか可笑しくてしばらく眺めていたが、やがて妙な考えに至った。
なんだかこの腕、粘土のようじゃないか?
今は床の形を映していたけれど、自分で思うように変形させられないだろうか?
「試してみようか……」
どうやら、自分は父によってどこか城のなかに幽閉されてしまったらしい。
だが、旅に出ることをあきらめるつもりはなかった。
リューズを何としても自分の手で探し出したい。
そして救い出したい!
そのためには、なんとかして、ここを自力で出なければならない。
だから、できることはなんでもやってみよう!
そう決意したルクスは、一度、「戻れ」と意識して腕を戻した後、両手に意識を意識を集中し、自分の両手に魔力を集めた。
ここまでは今までの挑戦と同じだ。
だが、今までとは違うのは炎を出そうと意識するのではなく、
ドロドロの状態にすること自体を目指すということ。
あえて、融けたままの状態にしたあと、一方の手で、もう一方の腕の手の甲にあたる部分を掴んで、ぐっと上に引っ張ってみた。
すると、溶けた飴のように粘りながら持ち上がった。
再びもとに戻して、今度は肘の部分から手の先までスーッともう一方の手を滑らせる。
すると、肘から指の先まで滑らかな曲線を描きながら一枚の板のようになった。
自分の意識で体の形を変形させられると分かった。
何度か試すうちに、完全に融けた状態ではなく、融けるか融けないかのギリギリのラインを保った状態のほうが形が作りやすいと分かってきた。
次はもっと具体的な形にしてみよう。
「そう……剣を作ってみよう」
イメージするのは金属の手甲だ。
そして、手甲に根元があり、そこからそのまま刃先が伸びている剣だ。
手首の辺りをマグマの指でつまんで、真っ直ぐ伸ばした手の先へと引っ張る。
手と手首の境目を底辺としたオレンジ色の二等辺三角形が出来上がった。
この状態から形を“固めて”いく。
瞳を閉じて、自分の中にイメージをつくる。
腕を覆うのは磨き上げられた手甲。
鈍く光る三角の刃先は鋭く研がれている。
脳の奥底に結ばれた映像が、ふわっと腕全体へと広がっていくような錯覚を覚えた。
そっと目を開けると、自分の腕が本当の手甲のようになっていた。
そして、手甲の手首部分から鋭く剣先が伸びている。
大成功だ!
自分の身体を武器に変形させられる。
ただドロドロと融けるだけの役に立たない能力だと思っていたが、こんな使い方があるとは!
炎が出せなければ、ただ元に戻していたが、こんな可能性を秘めていたとは!
果たして自分でどんな変身ができるのか。
地下牢の中で、ルクスは時間を忘れて没頭した。
そして丸一日。
ルクスはまさに万能というべき変身能力を身に着けていた。
全身を武器に変えられることはもちろん、他の人間に”化ける”こともできるようになった。
マグマの手で自分の顔に触れ、なりたい人物をイメージすることで自在に顔を変えられた。
変身できるのは人間だけではない。大型の鳥や狼といった動物に変身することも可能になった。
閉じ込められている間、父はおろか、誰もここには近づかなかったが、それはルクスには好都合だった。
「よし、こんなものかな!?」
炎が出せないことなど今のルクスは少しも気にならなくなっていた。
それよりも、今身に着けている能力こそは、これからの捜索の旅に大いに役立つこと間違いなしだった。
そして、ついにルクスは脱出を決意した。
足を細長くして、高い天井近くまで身長を伸ばすと、明り取りの窓に近づいた。
そして柵の外に手を伸ばすと、全身をどろりと溶かしてスライムのようになって、外に這い出た。
再び人間の姿に戻ると、今度は両手を広げて、大きな鷹へと変身した。
翼の長さが通常の10倍近くの巨鳥は、翼を何度か羽ばたかせると、庭を走り出した。
やがて翼は風を捉えて、ルクスは夕暮れ時の空へと舞い上がった。
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