13.夜の捜索
「エンラ……」
顔を上げたルクスは力なくつぶやき、再びうつむいた。
エンラは何も言わずにその隣に座った。
しばらく二人とも同じほうを向いて黙ったままでいた。
「……ユニバル様は快方に向かっておられるッスよ」
と、エンラが言う。
「そう……」
ルクスが呟く。
それは良かった、とはルクスは言わなかった。
元をただせば、自分がヴィルノクス邸で見つかってしまったことが原因、とルクスは思っているのだろう。
ルクスがディードリール邸を抜けだして何をしていたのかは、キーオルから聞いていた。
無断で出たことは良くなかったかもしれないが、自分の家族が悪く言われたら、黙って見過ごせないのは当たり前だ。
だから、エンラもそれ以上は何も言わなかった。
「……本当はこうしているべきじゃないってわかってるんだ」
唐突にルクスは口を開いた。
「本当はすぐに、逃げていった風の狼笛を追いかけていかないといけない、そう分かってるのに……」
「ルクス様……」
思いつめた顔をしている少年の顔をエンラは見つめる。
「ここに彼らを呼び寄せてしまった責任を取らないといけないのに、なのに……」
ルクスの手は震えている。
「……怖いんだ。また間違っちゃうんじゃないかって。自分のせいでまた誰かが傷つくんじゃないかって。そう思ったら……」
今まで大切な人のために迷わず行動してきたルクス。
けれど、自分のしたことで誰かが傷つくことを改めて痛感させられている。
エンラはルクスの手をそっと握った。
「……そのために仲間がいるんスよ」
「!」
「どうしたらいいのか、一人で迷ったときのために。そして、間違いがあればそれを埋め合わせるために」
エンラは碧色の瞳でルクスをじっと見つめた。
「だから、もっと頼ってほしいんスよ、ね?」
エンラの微笑みにルクスは、ぐっと喉を詰まらせて頷いた。
「うん……ありがとう」
ほんの少し、ほんの少しだけルクスが涙をこぼしたのを、エンラは見なかったことにしてあげようと思った。
「そういえば、サラはどうしたのかな?」
空気を変えるように、ルクスがそう言った。
「さぁ……すごいはしゃぎようだったっスからね。疲れて眠ったんじゃないスか?」
サラが狼のルシーラと再会したときのことをエンラは思い出していた。
もう絶対に離すものかと、赤い毛をぎゅっと握りしめる少女の頬に流れる涙を、静かな狼はそっと舌ですくっていた。
何度もお礼をいうサラの姿は、今回の事件において唯一の癒しとも言えた。
と、そのとき。
一人のメイドが血相を変えてこちらに走ってくるのが見えた。
エンラは、その顔には見覚えがあった。
今はユニバルの言いつけでサラの部屋に付いているメイドだ。
「た、た、大変ですっ!」
青ざめた顔で駆けてきたメイドは、ルクスの袖にすがりつくようにしてその場に膝をついた。
「ど、どうしたんスか?」
「それが、サラさんのベッドに、こ、これが!」
震える手に握りしめている紙を受け取る。
「これは!!」
慣れないペンを握り、頑張って書いたのだろう。
拙い文字でこう記してあった。
『ルクスさまにおんがえしします。ルシーラといっしょにいってきます』
ルクスとエンラは顔を見合わせた。
「恩返し?」
「部屋には、誰もいなくて……私、どうしたら!」
メイドは泣き崩れてしまった。
「……まさか!?」
エンラの背を冷たい汗が流れた。
* * *
「サラーっ!どこにいるッスかー!!」
エンラの声は夜風に乗って闇へと消えていく。
今、ルクスは鷹になってエンラを背に乗せて、サラの捜索に当たっていた。
恐らくサラとルシーラは、ユニバルを襲ったバジェリ以下、風の狼笛のメンバーの居場所をつきとめるため、夜の王都へと飛び出していったのだろう。
ルクス自身も瞳を凝らして地上をじっと見つめながら飛んでいる。
なんてことだ。
もっと早くに気づくべきだった。
ウジウジと自分のことで悩んでいる場合なんかじゃなかった!
(恩返しだなんて……僕がルシーラを見つけたわけじゃない。むしろ、助けられたほうだっていうのに……!)
「どこ行っちゃったんスかね……」
エンラは途方に暮れた声を出している。
今、地上でもキーオルの指示のもと、方々に捜索の手が伸ばされているが、手がかりはつかめていない。
「とにかく、探すしかない。もう少し高度を下げてみよう」
そうルクスが言ったとき、地上で炎の輪が見えた。
誰かが地上でたいまつをぐるぐると回している。
それは、捜索に進展があったという合図だ。
ルクスは逸る心を押さえながら、地上へ降りた。
そこにいたのは、キーオルの部下のモスタという青年だった。
「何か分かったんスか?」
と勢い込んでエンラが聞くと、モスタは頷いた。
「はい。ギルドの方から連絡がありまして。捜索していたものによると、どうやら、地下水道を使ったようなんです」
王都の地下には、城外の水源から水を引っ張ってくるために水道が敷かれている。
その一部は地上に出ているが、そこを走っていく赤い狼を見たものがいるのだという。
「地下水道か……なるほど、そもそも風の狼笛もそこを利用したかもしれないんだよな」
ローブの男は、風の狼笛を王都に呼び寄せる、と言っていた。
王都は城壁で囲まれ、門には門番が常駐していることを考えれば、怪しいものが地上を通って侵入することは難しい。
ならば、地下を通れないか、と考えるのは自然な発想だ。
バジェリたちの匂いを覚えているだろうルシーラがそこを辿ったとしても無理はない。
「といっても、王都だってそのあたりの対策は打ってるッスからね。水道には、人間が通れないように仕掛けがあるはずッスけどね」
「うん。でもとにかく今は少しでも可能性があるところを調べないと。地下水道に僕らも潜ってみよう!」




