11.館での戦い
「嘘……バジェリ?」
「どうした?」
左肩を押さえながらユニバルが聞く。
エンラは泣き出しそうな顔になりながら、信じられない、というように首を振った。
「バジェリ=ブラセンコ、アタシの、風の狼笛のリーダーっス!」
「!」
ユニバルの顔が険しさを増す。
「リーダー!何やってるんスか?アタシッスよ、エンラっス!!……スピルカもどうしちゃったんスか!?」
エンラは反対側の剣士にも叫んだ。
間違いない。そこにいるのは、スピルカ。
双剣を操る女剣士、スピルカ=メルバだ。
仲間であるはずの2人がどうして、自分たちに襲い掛かったのか、エンラには訳が分からなかった。
「……エンラ君、目を閉じているんだ」
ユニバルが囁く声が聞こえた。
「!」
エンラは身構えた。
ユニバル様は何を始められるのだろう?
「安心してくれ、彼らを殺すような真似はしない」
「はい」
エンラは素直に従って目を閉じた。
すると、一瞬にして、周囲が明るく照らされたのが目蓋を通してもわかった。
ドン、と何かが落ちる音がして目を開ける。
見ると、バジェリたちは武器を取り落として、目のあたりを押さえている。
「行こう!」
「え?はい!」
ユニバルに手を引かれるようにしながら、エンラはバジェリの横を走り抜ける。
今は、彼らに話し合いは通じないだろう。
「目くらましを使われたんスね」
「あぁ。ほぼ光のみで熱のない炎を2人に見せたんだ。対人戦闘技の一つくらい持ってないと、こういうとき困るからね」
生身・丸腰の状態でも“炎”という攻撃手段を持っている火族は、たとえ人間と争いになったとしても、人間に対して炎で「攻撃」するべきではない、とされている。
炎は確実に人間を死に至らしめるからだ。
いかなる諍いであれ、それは公的な場で裁かれるべきものである以上、その場で制裁=殺しが行われてはならない。
だから、やむを得ない場合を除いて、人に対して炎を使用することは過剰防衛、もしくは殺人を企図したものとみなされる。
最も、最近ではその「やむを得ない場合」について火族が拡大解釈している、という批判が人間側からしばしば上がっているのだが……
ユニバルは近くの部屋の扉を開けて飛び込んだ。
指を鳴らして部屋の灯をともすと、壁にかけられた剣を二振り取った。
「剣の心得は?」
ユニバルが聞くと、エンラは頷いた。
「多少ならあるッス」
「よろしい」
ユニバルはエンラに剣を渡すと、
「私は彼らを止める。君は応援を呼んできてほしい」
といった。エンラは首を振る。
「そんな!アタシも一緒に――」
「彼らは手加減なしだ。だが、君の方はためらいがあるはずだ。それでは戦えまい」
「……!」
そのとき、部屋の外で足音が聞こえてきた。
物音を聞きつけた邸の警備兵たちだ。
「おい、貴様、何者だ!止ま――」
廊下の反対側にいる誰かに声をかけた警備兵たちは、その方角から突然起こった風によって吹き飛ばされた。
「ぐあぁ!」
その声に、ユニバルとエンラは部屋から飛び出す。
風が巻き起こった方を見ると、バジェリが大剣を担いでこちらに向かってきていた。
バジェリは剣風のみで2人の兵を圧倒したのだ。
「ユ、ユニバル様!」
警備兵の声に、ユニバルはバジェリの方を見ながら、
「お前たちは外から応援を呼んできてくれ!」
と指示した。
「しかし――」
反駁する間もなく、バジェリがドンと鈍い音とともに廊下を蹴って襲ってくる。
ガギィン!!
振り下ろされた大剣を、ユニバルが受け止めると、剣風が炸裂した。
「早く行けっ!」
ユニバルが再び喝を入れると、兵たちは慌てて立ち上がって、元来た廊下を戻ろうとする。
だが、彼らの前に、別の大きな影が立ちふさがった。
バジェリよりもさらにいかつい体の男がそこに立っていた。
黒を基本とした修道衣は、この国でも信徒の多いプレトリア教の修道服だ。
「くっ!!」
立ち向かおうとする警備兵を、男は丸太のような腕で横に払いのけた。
ひびが入るほどの衝撃で壁に叩きつけられた兵たちは、あっという間にその場にのびてしまった。
「シュイウォー!!」
とエンラは叫んで、両手を広げて男の前に立ちふさがった。
シュイウォー=タイロン。
“風の狼笛”では回復術士を務めている男だ。
「アタシのことが分からないんスか!?どうして、どうしてこんなことをするんスか!!」
「……」
必死に叫ぶエンラを、シュイウォーは胸倉をつかんで持ち上げる。
「ぐっ……!」
息苦しさを感じながらも、エンラはシュイウォーから目線を外さずにじっと見つめる。
シュイウォーの目はどこか焦点が合っていないように見える。
もしかして、意識がないまま操られているのか?
エンラは、そうした精神操作の魔術があると聞いたことがあった。
すると、向かい合った男の顔はピクッと痙攣し、眉をしかめるとエンラを取り落とした。
「うっ!」
尻もちをついて呻くエンラ。
だが、シュイウォーもまた頭を抱えて悶えていた。
「ぐぅうう……」
驚いたことには、バジェリもまた喉奥で呻くような声を出し始めた。
そちらを見ると、バジェリは涙を流し始めていた。
(もしかして、アタシのことを思い出し始めている?)
エンラはありったけの大声で
「バジェリ!シュイウォー!目を覚ますッスよぉ!!」
と叫んだ。
その声に一瞬、彼らの動きが止まった。
しかし。
「ぬ……ぐぉおお!!」
再びバジェリは剣を握り直して、ユニバルへと突進した。
「ぐっ!!」
一瞬の気の遅れがユニバルの身体を鈍らせた。
銀の刃は彼の腹を深々と貫いていた。
「ユニバル様っ!!」
叫ぶエンラもまた、シュイウォーによって上から押さえつけられる。
鮮血にまみれながら、ユニバルの身体がゆっくりとその場に崩れていく。
「いやぁ!ユニバルさまっ!!」
エンラの叫びが廊下に空しく響き渡る。
それを聞き届けれくれるものは、ここにはいない。
涙を浮かべたエンラの脳裏に、少年の影が浮かぶ。
(あぁ、助けに来て、ルクス様っ……!)
そう思ったとき。
廊下の向こう側から風が伝わってきた。
やって来たのは、一羽の大きな鷲。
その黄金の毛並みには見覚えがあった。
「ル、ルクス様っ!!」




