第八話 眠い
「それで、誰子ちゃんよ?」
言ったのは先輩である。珍しく難しい顔をしていた。
「シンジ君の元彼女です!」
返したのはアンデルである。なぜか俺に抱き着いていた。
「いや、ひとっつもわかんねぇわ……」
そして沈黙。
アンデルが俺のもとに現れた直後に社長の魔道具が起動して、成平含む三人まとめて事務所に飛ばされた。そしてそのまま熊谷さん・社長・先輩とご対面している。
ユノ? ソファーでぐっすり眠っている。
「いや、元彼女ではねぇんですけど……。俺が昔居た世界での、知り合いっす」
アンデル・サラムという少女は、俺がかつて召喚された世界での友人である。
年は俺の一つ上。鍛冶と錬金の天才であり、俺の装備を整備してくれたり戦闘のサポートしてくれたものだった。
「という割には、だいぶ好かれているように見えるさね?」
まぁ、大分べたべたしてはいるが。
「とりあえず、俺の記憶上付き合ってた過去はありません」
「んな企業の弁明みたいないい方せんでも……」
言いつつ、熊谷さんはどこか決まずそうだ。
アンデルはそもそもスキンシップ過剰な奴であったし、ちょっとストーカーじみたところもある奴だった。そこまで悪い気分ではなかったので俺は気にしていなかったが……。確かに話しにくいかもしれないな。
「ちょっと離れてもらっていいか?」
「はい!」
手を放してもらってから鞄を床に下ろして、社長に借りていた魔道具を返す。
「今日の依頼分、確認お願いします」
基本的にうちに来る依頼者の大半は神であり、依頼がこなされたかどうかの確認は神自身が行って社にメールで連絡をくれる。
なぜメールなのかと言うと、もしも人間側の法律的な問題が生じたときに証拠として使えるからだ。それはともかく。
「はいはい。確認はしてあるわよ。……で、その娘は河野君の元カノさんなのかしら?」
「だから違いますって! 社長も地味に下世話なところありますよね……」
「いや、それが下世話だけでもないのよ」
口調はいつものノリであるが、表情は真顔だ。
「一応ね、異世界間での移動には神の認可が必要だからね。そのお嬢ちゃんは不法入国扱いになっちゃうから、河野君との関係性は結構重要なの。責任問題的な意味で」
「ほへぇ……」
ファンタジーだか何だか以前に、不法入国。れっきとした違法である。
「うちの国の場合、召喚された人間が向こうでハーレム築いた挙句に十人単位で不法入国させちゃうこともあるから、余計にナイーブなのよそこらへん」
うわぁ。
あるあるだけど、役所の人間からすれば困るやつだな。
「あと、時折変なのに目をつけられた召喚勇者のストーカーが次元の壁を突っ切ってくることもあるからね。そういう事例だと、余罪が増えるわね」
アンデルの方をちらと見て、アイコンタクトをかわす。
彼女とはいくつもの死線を超えた仲である。これぐらいは簡単にできる。
「……」
「!」
コクリと、彼女が頷いたのを見てから俺は口を開いた。
「コイツが俺を追っかけてきました。そんで、社長の魔法陣に巻き込まれました。知り合いですが、概ねストーカーです」
「ちょっ! シンジくーん!?」
だって事実だろう。
「いや、私も要件があるからわざわざ新しい魔道具まで作って、シンジ君のところまで転移したんですよ!?」
なるほど。さすがは錬金術の天才である。俺が召喚された世界ではそんな技術は存在しなかったので、発明したんだろうが……。
「それを、この世界ではストーカーという。そして犯罪だ」
まぁ正直、コイツは昔からそういうところあったし。されても困ることは今のところないので訴えやしないが。
「いや、そうですけど。そうじゃないでしょう!? もっとなんかないの?」
「ま、正直俺に責任が回ってくると面倒だし……」
借金とかはごめんだ。
というか、ユノの生活の面倒見るので手いっぱいだし。役所の書類は恐いし。
「うう。薄情ですよ……」
「俺をストーキングするのは構わん、だが責任は取らん」
来る者は拒まず、去る者追わずと言う奴だ。少し違うか。
「私をかまってください! そして責任も取ってください!」
「それもなんか違う……」
と、返したところで悩むようにしていた藍崎社長が顔をあげた。
「これは……。事故ね!」
「「はい!?」」
急にズビシ、とこちらを指さすのでアンデルと二人そろって驚いてしまったが。
「どういう事っすか?」
「アンデルちゃん、だっけ? そのお嬢ちゃんは河野君を追っかけてきて、河野君が起動した魔法陣にたまたま巻き込まれてこちらの世界に飛ばされてきた。そう言う訳よね?」
「まぁ……。そうですね」
多少紛らわしい表現をしちゃいるが、概ねあってる気がする。
「つまり、この世界に跳んできたこと自体は事故だし、河野君を追っかけて転移したの自体は別の世界での出来事だから、こっちの司法につべこべ言われる筋合いはない! そうよね?」
「そう、言えなくもないですね」
限りなくこじつけではあると思うけど。
「なら、これは不祥事じゃないわ! 事故よ!」
ええと、そうなるとどうなるんでしょう?
「会社の名誉に傷がつかない! 私と河野君・アンデルちゃんが役所の書類に悩まされずに済む!」
「おお……」
なんか色々解決した、っぽい?
「じゃあ、俺もう上がっていいっすか?」
「ん。お疲れねー」
正直、昼間の業務で疲れすぎて眠い。眠くて頭が働かない。
「……くー。すぅ」
「お疲れちゃん!」
「アタシも、さっさと帰って寝るわー」
よく見れば成平も立ったまま舟を漕いでいるし。元宮先輩と熊谷さんは眠気覚ましにコーヒーを飲んでいる。
「あ。河野君、ユノちゃん連れてってー! 環ちゃんも、起きて!」
「はい」
そうして、俺達は挨拶を交わして事務所を出た。
夜はそこまで更けちゃいないが、昼間の戦闘の疲れでとにかく眠い。
「んー。目をつぶってー、何も考えずにー、休んでるだけー♪」
結局起きなくてやむを得ず背負ったユノがなんか歌っているが、正直どうでもい。
めっちゃ眠い。
「なんか忘れている気もするが、まぁいいか」
「良くないですよー!」
俺は家に帰って、寝た。オチはない。
アンデルとか、知らん。
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次回更新日は水曜日です。




