第一話 爺神と従者
「その誤字、もといゴディタニナ様ってのは何が目当てでこの国に来たんです?」
今年二十歳――化け狸とはいえ一応人間としての戸籍を持っているらしい――になる元宮先輩の運転する黒いバンに乗って件の関口亭へ向かう。
「一応建前上は観光、温泉地域と霊脈のある山当たりのパワースポットで体を癒すことが目的らしいが実のところは……」
そう言って言葉を濁らせるので察した俺は継いで言う。
「放置された神や妖怪の勧誘、ですか?」
「正解だ、多分な」
俺も大雑把にしか理解していないのだが、この世界は『魔力的に美味しい』世界らしい。世界中にマナとかエーテルとかそういうのが充満していて古代の時代に強力な神々が大量に発生した。その弊害として一時的に世界の魔力欠如が発生、人類は魔術文明を手に入れなかっ。その後、復活した魔力を独占した神々が各自の神話世界で栄耀栄華を築いた……。と、そこまでは良かったがここ五百年ほどの宗教離れの結果として多くの下っ端の神はリストラ、零落して弱ったまんまそこら辺をうろついているのだ。
しかし彼らとて一時は栄耀栄華を築いた神族の一員。その能力自体はとても高い。
「他所の神々としてもスペックの高い新人が欲しいんだろうさ」
そう!世は神々の人材流出時代!
「んじゃ、今回も適度に接待しつつ人材流出を防げ、という仕事なわけですね?」
「おう」
まあ、正直それが飯のタネになるんだからありがたいかぎりである。
「今回は元宮先輩が接待役で、表向きは俺が向こうさんの護衛。でもって有事の際には俺がむこうさん、先輩が現地神現地神に対応でいいですか?」
「ああ。大体理解してもらってて嬉しいぜ」
そうこうしているうちに目的の洋食屋――関口亭が見えてきて、元宮先輩は車を減速し始めた。
「(うまそうな飯前にしてひたすら待たされるとか、何の拷問だよ?なあ)」
関口亭の奥、完全個室になっているシートに座って俺たちはゴディタニナ様とやらを待っていた。この店はうちの会社ができて以来の付き合いだそうで、異世界の事情もある程度把握しているのでお客様は直接この店に召喚されてくる予定なのだ。
「(先輩、もうすぐ来られるんですから静かに!)」
小声で注意した俺は念のために自分と先輩へ張った対精神魔法の障壁を再度確認する。読心能力を持っていることが多い神々相手に対精神魔法のシールドを張るのは、暗黙の了解で礼儀の一種として許されている。
「(一応シールド張ってますけど失礼はないようにしないとですよ!)」
「(わかった、わかった。僕だってこの仕事は長いんだ、心配するな)」
小声でちまちま喋っているうちに机を挟んで俺たちの向かい側に位置する座席の赤いビニール革に薄緑の光りがあふれ出し、それらが徐々に魔法陣を描いていく。
何度見てもシュールな光景だが一応歴戦の俺としては魔法陣から漏れ出る魔力に本能的に緊張してしまう。どうにも妙な感覚だ。おかしさと緊張を同時に感じるというのは。
先輩は先輩で妖怪の勘であろうか、髪の毛を逆立ててじっとシートを見つめている。
得も言われぬ緊張の中数分かけてこちら側の世界に書き上げられた魔法陣は『ポンッ』と化学の実験で水素を燃やすような音を立てて強い光を放ち、瞬きと同時その場にはどこか威厳を感じさせる太ったひげ面の爺さんとその召使いらしきメイド服を着た少女が一人、シートの上に座っていた。
「初めましてクレールの主神主神殿。今回の案内人を務めさせていただきます源三郎と」
「ご、護衛の真司です」
先ほどまでのおちゃらけた様子とは打って変わり、丁寧ながらも腰を低くし過ぎない胸を張った態度で挨拶する元宮先輩に俺もあわててお辞儀する。流石化け狸。術を使わずとも化かしがうまい。
「クレール主神、ゴディタニナ様にあらせられます」
向こうの世界でも偉い人はおいそれと自ら名乗ってはならないのか、お付きの少女がしずしずと答える。黒髪に茶色がかった赤眼の可愛らしい十五くらいの少女だ。
「き…」
君の名前は、と少女に名前を尋ねようとした瞬間机の下で先輩の手に言葉を制される。
しまった、こういう場合って下手に召使の名前を聞いちゃいけないのか。俺が居た世界でも、そういう事は何度かあった。
「主神殿、我々としても早くこの世界の案内をさせていただき、出来る限り長く楽しんでいただきたいのですが、その前にいくつか確認をば」
僭越ながらと会釈していった元宮先輩に対し、ゴディタニナ(正直俺はこの仏頂面の爺が気に食わないので心の内では呼び捨てにする、どうせシールド張ってるんだし)はこちらを見るでもなく召使の方を見て一つ首肯する。
「はい、御柱はお聞きになられるそうです」
メインの交渉役は先輩なので俺はみてるだけだから楽である。一応失礼のないように背筋を伸ばしたまま話を聞く。しかし『御柱』ね。丸太のような太い腹を見ながら俺は心の内に呟いた。陛下や猊下じゃないだろうとは思っていたが……。恐らくだが翻訳魔法が表現できない概念をこうやって無理矢理訳したのだろう。ゴーグル翻訳みたいだな。
妙なことに納得していると先輩が懐から江戸時代の手紙のような横に何べんも折られた長い紙を取り出し、読み上げ始める。
「一つ、この世界の治安を乱されぬこと。一つ、この世界ではあくまでヒト種として振る舞いヒト種の規則を守られること。一つ、この世界より物を持ち出されるときは必ず当方の了承を得られること。以上三点必ず承知願いたく存じます」
どうにも言い回しが難しくて俺にはわかりにくいんだが、どうやら『郷に入っては郷に従え』ってことらしい。一応この確認そのものが呪術的契約である。人間相手なら拘束力があるこの契約呪文も神には通じない。
それでも、もしゴディタニナがなんかやらかした場合にはこっちも相応のところ、例えば高天原とかに訴えることができる証拠になる。そのため形式的でもこの確認はちゃんとやらねばならないのだ。
それに対し、ゴディタニナは相変わらずの不機嫌面のまま召使にうなずく。
「はい、御柱はその契約を承諾なされるそうです」
召使いが機械のような冷淡さで返す。
不機嫌面のまま変わらない主人と無表情のまま変わらないメイド。結構怖い。つか、この世界に降臨してからゴディタニナの野郎一度もこっち見てねえ。
「それでは確認事項も終わりましたし、こちらの世界のご飯をお二人に楽しんでいただきましょうか!」
半面、全く営業スマイルを崩さない先輩。こっちもこっちである意味怖え。
しかし、先輩がそう言った瞬間ゴディタニナの顔がさらなる不機嫌フェイスに代わり、瞬時に召使の少女が謝る。
「ゲンザブロウ殿、私は御柱と食卓を共にすることができぬ身分故」
まさかの不機嫌面セカンドステージを披露したゴディタニナと無表情のまま謝る召使ちゃんに先輩はハッとした様子になり、すぐに謝る。良く判らないが俺も一緒に頭を下げた。
「こちらこそ申し訳ありません。ぶしつけでしたね主神殿」
と、その時ゴディタニナがわずかに口を開いた。
「よい」
ゴディタニナ、初の台詞である。自分で喋れるなら最初から喋れや!もちろん精神シールドは完璧である。完璧であるのに、召使ちゃんの俺に向ける視線の温度が少し下がった気がした。脳内発言、もう少し控えるか。
感想等もらえると嬉しいです。
2/06追記。すみません。自分で読んでてあまりにも面白くないので、最初っから書き直しました。旧バージョンは一応カクヨムの方に残しておきます。登場人物はほとんど変わらないのですが、ユノがやって来る部分とかいろいろ内容変わります。明後日くらいまでに五六話まとめて内容入れ替えるので、読者の方にはご迷惑おかけします。