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俺はニートでいたいのに  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第一章:剣姫の婿取り
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茶番の先に見たもの


 イリスが肩を揺らして去っていく背中を直立不動のまま俺は見つめる。

 そして乱暴に扉が閉められると、謁見の間には弛緩した空気が流れた。


「ご協力ありがとうございました、閣下」


「よい。こうでもせんとアレを説得する事は難しい」


 俺がそう声をかけると、ユリアス伯爵も溜息を吐きながら応じてくれた。


 まぁ、今のはソルディーク家全員と俺による茶番だった訳だ。

 全員と言っても、当然イリスは知る由もない。


 事前に聞いていたイリスの性格から、政略結婚は難しいとわかっていた。

 円満な夫婦生活なんて尚更だ。


 おまけに、彼女は領地軍に所属する騎士の一人に懸想しているという。


 流石に立場の違いがあるからその想いが成就する事はないだろうけど、障害があればより燃え上がるのが恋というもの。


 結婚後も片思いを続けられるのは嫌だし、浮気はもっと嫌だ。

 最悪、不貞の子が産まれる可能性だってある。


 それを防ぐには、イリスに恋を諦めさせるのが一番なんだけど、彼女はあの性格だからな。

 そんな上手くいくとは思えない。


 へたに突いて意固地になられても困るし、どうも話を聞く限り、イリス本人がその想いを自覚していない可能性もあるそうだ。

 忠告のための指摘で、それを認識させるのはまずい。


 俺は結婚後も平穏な生活を送りたいし、ソルディーク家も将来の遺恨は取り除きたい。


 そのため、イリスには納得して結婚して貰う必要があった。


 件の騎士を暗殺する、という物騒な方法もあるけど、一方的に惚れられてるだけの相手にそれは躊躇われた。


「しかし、あの条件で良かったのか?」


 伯爵が心配するのも無理はない。

 決闘によりイリスに婚約を認めさせる、というのは計画通りだけど、その決闘内容については決められていなかった。


 そこでイリスの得意とする戦闘による決闘が選ばれれば、計画の失敗を危惧して当然だな。

 なんせ目の前にいるのは王国最強騎士団を率いる王国随一の武断派貴族。


 ただのお飾りじゃなくて、軍の指揮も、自身の剣の腕も相当な実力者。


 そんな彼が跡取りとして評価しているのがイリスなのだ。


 親の贔屓目というのは勿論あるだろう。

 けれど、それを差し引いても彼女の才覚はかなりのものだと想像できる。


 そんなイリスを相手に、実戦経験皆無の俺が試し戦、つまり模擬戦で挑むんだ。


 不安を感じて当たり前だよね。


「しかし、イリス様が納得する方法でなければ、結局それは閣下の命令で強引に結婚させてしまうのと変わりません」


「それはそうなのだが……」


「一騎打ちで勝敗を決するよりはマシでしょう?」


「うむ……」


 なにせ相手は『剣姫』と謳われるほどの実力者。

 軍を指揮する能力も高かったとしても、少なくとも、個人的武力の方が高くなければ、それも相当な差がなければ、そんな渾名はつかないだろう。


 仮に剣の腕前が評判倒れだったとしても、軍を指揮する才能はそれより低いという事なんだから、俺の勝率が上がるだけで不利にはならない。


「私としても勝算が無ければこんな勝負は持ち掛けませんよ」


 婚約者の家ではなく、女性に嫌われて出戻りなんて、聞こえが悪いどころの話じゃないからね。


 俺自身、ニートでいたい、という望みがなければ、この婚姻を断っても良かった。

 断った結果、どうなるかがわからないから、受け入れざるを得なかったんだ。 


 別の候補を紹介されるだけならいいけど、勘当、放逐なんてされたら目も当てられない。

 この世界の平民の生活は過酷の一言だし、仮に別の貴族に拾われたとしても、ニートでいられる確率は限りなく低い。


 逃れられない結婚ならせめて相手が良い人ならいいなぁ、と思っていた。

 外見の点で言えば、イリスは間違いなく美少女の部類だろう。


 アリーシャとどちらが、と言われれば好みの問題もあって困るが、聞く人数を増やせば増やすほど、イリスを評価する人が増えると思う。

 性格は我儘、というよりはプライドが高い感じだろうか。

 本当に我儘で傲慢で自己中なお嬢様なら、領民から慕われてる訳ないからな。


 ソルディーク伯爵家に来る道中、領民にそれとなく評判を聞いたんだけれど、彼女を悪く言う者はいなかった。

 たまに伝え聞く短所も、「そこがまたいい」という評価に繋がっていたほどだ。


 そんな相手に嫌われるって、どんだけ俺との結婚嫌なんだよ。


 まぁ、お前じゃ領地は守れない、って言われたようなもんだからな。

 悔しさも混じってるだろうから仕方ないっちゃ仕方ないのか。


 さて、俺がこの家でもニートでいるためには、イリスと円満に結婚する必要がある。

 そのうえで、ソルディーク伯爵領の経済を建て直さないといけない。


 いつまでも王室やエルダード家の支援を受けている訳にはいかないからな。

 その支援が永遠に続く保証がない以上、収支を健全化しないといけないんだ。


 そのためにも、この決闘は絶対に勝たないとな。


 この日は長旅で疲れているだろうという事で歓迎の祝宴などはなく、宛がわれた部屋で休む事になった。

 夕食には呼ばれたものの、そこにイリスの姿は無く、席についていたのはユリアス伯爵だけだった。


 これは俺が嫌われてるとかは関係無く、昔からのソルディーク家の習慣だ。


 当主の食事に同席して良いのは次期当主のみ。


 勿論、来客があった時や、戦場では別だ。


 浴室は無いので、お湯を貰ってアリーシャに体を拭いてもらう。

 うん、彼女は俺の『側付き』だからね。婿入り先にだって当然ついてくるよ。


 ちなみに、俺か俺の配偶者が当主になるまで、彼女の賃金は実家持ちだ。


 アリーシャの部屋も別に用意してあるそうだが、今日は一緒に寝て貰った。

 流石に、まだ正式に婚約の決まっていないよそ様の家で致す事はなかったので安心しろ。


 翌朝。

 実家にいた頃のようにランニングを済ませて朝食を摂ると、早速イリスから演習場の確認に行くと誘われた。


 二度寝する気満々だったけど、流石に断る訳にはいかない。


「この街道を5キロ程北上した先にある荒地が、試し戦の場所よ。我が領軍が普段訓練を行っている場所でもあるわ」


 俺の方に目線を向ける事はないけれど、彼女はきちんと説明してくれた。


 ソルディーク家の屋敷から若干カーブしながら北へと伸びる街道を俺とアリーシャ、イリスと彼女の専属メイドであるリーリア嬢の四人で歩く。

 とは言え、俺達より少し離れた位置を、十人の兵士がついて来ているけれどね。


「本来訓練場に行く道はこれだけ。私たちは別の方向から、道として整備されていないルートを通るわ」


 そこでちらりと俺を見る。

 感謝しろ、と言わんばかりの顔だ。

 ハンデって事だろうな。


 あんまり譲歩されると俺が勝った時に、納得して貰えない可能性があるんだけどな。

 それも考えて、領地軍の上位百人のうち、上から五十人を彼女に譲ったのだから。

 挑発の意味も勿論あったけど。


 街道と言っても地面が均されているだけで、平坦とも言い難い土の道だ。

 大きな石こそ取り除かれてるみたいだけど、小石は残ってるし、道も凹凸がそれなりにあって歩きにくい。


 そう言えば、ソルディーク家に来る時は馬車だったんだけど、エルダード伯爵領から離れるほど揺れが激しくなっていったのを思い出す。


「ここよ」


 二時間近く歩いて到着したのは、見渡す限り何もない、荒れた平原だった。


 うわぁ、もったいねー。

 これだけの広さの土地余らせておくなんて勿体なさすぎる。


 開発しようにも、その労力と資金が無いんだろうけれど。

 ここに来るまでも、農地は荒れたものがぽつぽつと点在している程度だった。


 改めて見ると、この領地やばいぞ。

 すぐにでも開発に着手しないと間に合わないかもしれない。

 いや、ひょっとしたらもう手遅れかもしれない。


 それでも、エルダード家の支援があればある程度延命できる。

 その間に復活させる事ができれば、まだ間に合うか……?


「…………」


「どうしたの? 黙っちゃって。疲れた?」


 俺を気遣うというより、煽るような様子でイリスが訊いてきた。


「いや、改めて、君に勝つ決意を固めていたところだ」


「……そう。明日選抜した兵を紹介するわ。全員、私と何度も寝食を共にし、苦楽を分かち合って来た仲間達よ。一ヶ月で信頼を勝ち取れればいいわね」


「でもそれは、君がソルディーク家の令嬢だからだろう?」


「私の部下を侮辱するつもり?」


 部下が権力に阿っていると言われたと思ったのか、イリスの表情が険しくなる。


「そうじゃない。君がソルディーク家のために行動していると皆が知っているから、皆君を慕っていたんだろうって事さ。勿論、個人の交流は別として」


「何が言いたいのよ?」


「つまり彼らはソルディーク伯爵家に忠誠を誓っていて、その忠誠心は非常に高いって事だ」


「その通りよ。彼らの献身は私達の誇りよ。それは、我が伯爵家が、彼らに尽くした証でもあるんだから」


「なら大丈夫。明日一日で、信頼を得てみせるよ。少なくとも、君達になんとしてでも勝ちたい、という思いを抱かせる事はできるさ」


 イリス個人に忠誠を誓っていてもやりようはあるけれど、ソルディーク伯爵家に忠誠を誓っているなら簡単だ。


「そう、楽しみにしているわ」


 だってイリスは、今まさにソルディーク家を滅亡に導こうとしてるんだから。 


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