苦肉の策
「最後はなんとか盛り上がったな」
「そういう主旨の集まりじゃないでしょうに……」
ホットドッグを嬉しそうに頬張る皆の様子に顔をほころばせていると、イリスからそんなツッコミが入った。
「まぁまぁ、この決闘の収入も結構バカにできないんだぞ?」
「そうなの?」
「収入の七割をソルディーク家に収めてるからな。使い方はそっちに任せてるが……」
「まさか、最近遠征時の物資が潤沢になったのって……!?」
なにか心当たりがあるのか、俺の言葉に合点がいった様子のイリス。
正直、この家の人間に金を任せるってのは不安しかない。
不安しかないが、任せない訳にはいかない。
俺がイリスと結婚した後、領地経営を任されたらたまらないからな。
俺とイリスの子供が跡を継ぐ段階になったら猶更だ。
俺が今ここで頑張っているのは、将来ニートになるためなんだから。
農地を開拓して産業を奨励して、収入を増加させたとしても、それを扱える人材がいなければ意味がない。
まぁ独学で学んだだけの俺よりはよっぽど領地運営に慣れてるみたいだから、流石に杞憂だったけどな。
ちょっと軍事偏重なだけだったよ。
「じゃあ明日から、俺が望んだ日は朝のランニングに付き合って貰うとして……」
「うん、まぁいいけれど」
決闘の結果なのでイリスも否とは言わない。
けれど、その表情は憂いを帯びていた。
ランニングのような体を動かす系の要請は、彼女にとっても喜ばしい事のはずだ。
それがこんな表情をする理由は一つ。
前回の一緒にトレーニングするって話を、一度も提案してないせいだろうな。
「まぁ、ランニングは毎朝の日課になってるから大丈夫だ」
「はぁ……まぁ、うん、いいけどね」
「さて、じゃあ次の決闘で俺が勝ったら……そうだなぁ。俺が望んだ時に部隊運用の訓練を見学させて貰おうかな」
「それこそ普通に見学に来ればいいじゃない」
「決闘の結果で要求するってのが大事なんだよ。あ、その時はイリスが隣で解説してくれると助かる」
「まぁ、いいけれど」
応えるイリスの言葉は困惑の色を含んでいた。
俺の真意を図りかねてるんだろうなー。
イリスの言葉通りに俺が訓練を見学したいと言えば、彼女達は断らないだろう。
しかしイリスに言った通り、決闘で勝って要求するってのが大事なんだ。
俺が望んだ時に訓練を見学する。
逆に変えせば、俺が望まなければ訓練を見学しなくていいって事だ。
つまりイリスから訓練を見に来いと言われても、これを理由に断れるってことだな。
これはランニングやトレーニングも同じ。
俺が目指しているのは日がな一日ごろごろしているような生活じゃない。
好きな時に起きて、好きな事をして、好きなものを食べて、好きな時に寝る。
そんな生活だ。
当然、気まぐれでトレーニングをしたいと思ったり、気まぐれでランニングをサボったりする事もある。
その時に、何も制限を受けないようにするための要求だ。
「じゃあ私はもう一回トレーニングの強制を要求しようかしら。それで? 次は何で勝負するの?」
「ふふ、次はこれまでで最も厳しい戦いになるぞ」
「へぇ、面白いじゃない。それで? 内容は?」
「マージャンだ!」
この世界にマージャンというゲームは当然ながら存在しなかった。
絵札の遊び方の一つとしてドンジャラ的なのはあったし、すごろくとドンジャラを組み合わせたようなゲームはあった。
けれど、麻雀そのものは勿論、それに類するゲームも存在していなかった。
そして、作ったはいいが広めるのを諦めたゲームでもある。
「なに……この……なに……?」
一通りの説明を受けたイリスは、虚ろな目で頭を抑えてそう呟いている。
広める事を諦めた理由。それは、ルールが難しすぎるからだ。
何度も遊びながら少しずつ覚えていけば問題ないんだが、その第一歩のハードルがやたらと高い。
前世ならゲームだとか漫画だとか、ゲームに興味を持つためのハードルは低かった。
特にゲームは、詳しいルールを覚えなくてもなんとなくで遊べたからな。
けどこの世界にそんなものはない。
全くのゼロから広めるには、麻雀は複雑に過ぎた。
そして、そんなものを領民に浸透させるほど、俺は麻雀が好きという訳でもなかった。
そんな麻雀のルールを、俺はイリスが理解できるかどうかは考慮せずに一気に説明して見せた。
結果が動物の骨で作られた牌を前に、睨みつける以外の事ができないイリスだ。
このゲームを選んだ理由はただ一つ。
イカサマがやりやすいからだ。
勿論、俺一人では無理。
基本の握り込みですら、間違いなくイリスに見破られてしまうだろう。
けれど、麻雀は基本四人ルールだから、アリーシャとコンビで打てば負ける事はほぼない。
気にするべきはイリスの引きの強さだけど、もうこれはしょうがないんだ。
正直他に、イリスにはっきりと『勝てる』と思える競技が思いつかない。
審査員全員を買収して採点競技とか考えなくもない。
それこそ、やっぱりイリスはダンスが得意なんて話は聞かないから、社交ダンス的なものでもやれば、イリス本人でさえどっちが上だったか判断できないだろう。
点数を操作して接戦を演出すれば、問題無く通るはずだ。
イリス相手だけならば。
あからさまにやるとソルディーク家の皆さんが見逃してくれないだろうからな。
そうなると、次回以降の勝負が難しくなる。
だから多少強引ではあるけど、勝敗がはっきりとしている競技でイカサマを使うべきだ。
「最初に説明した通り、このゲームは四人で戦う。俺は相方にアリーシャを指名するが、お前はどうする?」
「……そう、そういうことね」
俺の言葉に流石のイリスも気付いたようだ。
四人で対戦するゲームなのに、俺はまるで二人目が味方であるかのように表現し、そして最も信頼する相手を指名した。
イカマサをしますと言っているようなものだ。
いや、さすがにイリスも気付いただろう。
ある程度計算で勝つ確率を高められても、このゲームは運の要素が強いゲームであると。
確実に勝つためには、イカサマを用いる必要があると。
「なら私は、ミリナを指名するわ」
そして遊戯の性質上、手業によるイカサマが豊富にあることに。
それに気付いたイリスは、頭脳ではなくフィジカルを重視して相方を選んだのだった。