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ある貴族の一日


 アリーシャに体を拭いてもらい、色んな意味ですっきりした後は、新しい服に着替えて食堂へ向かう。

 スープと黒パン、オレンジに似たカットフルーツという簡単な朝食を摂る。


 俺の世話をするためにアリーシャが控えているけど、基本食事は一人だ。

 別にハブられてたりする訳じゃない。

 仕事の開始時間が家族でバラバラだから、必然的に起きる時間もバラバラになってしまうだけだ。


 出勤時間もバラバラなら勤務時間もバラバラなので昼食も基本別。

 特にここ数年は父親が家を空ける事が多いから余計だ。

 兄は勉強に加えて領内経営のノウハウも学び始めてるからな。


 そろそろ家督相続かな?

 

 そして貴族の常識として、使用人と食事の席を同じにする事は有り得ない。


 結果として食事は一人になる事が多いんだ。


 あとは、一人で食事させても問題を起こす事はないだろうって思われてるって事もある。

 信用されてるって事だな。


 まぁ二十一世紀の日本でも、13歳にもなれば食事くらい一人でできるだろうけど。

 準備自体は使用人がやる訳だしな。


 朝食の後は衛兵達の訓練所へ赴き、これに参加。


「ぼっちゃま、おはようございます」


「おはよう、今日も邪魔させてもらうよ」


 既に何人かの衛兵が思い思いに訓練を始めていた。

 挨拶をしてくる衛兵たちに、笑顔で挨拶を返しながら、俺もその中に混じる。


 木剣を手に取り、素振りを開始。

 上段からの振り下ろし、袈裟斬り、逆袈裟。横薙ぎに突き。


 正直適当だし、疲れるだけでこんな訓練をしても実戦で役に立つとは思えない。

 けれどそれでいいんだ。


 自主的に剣の訓練をしている。

 その事実が大事なのだから。


「ぼっちゃま、いかがです?」


「ああ、お願いするよ」


 いい感じに息が上がって、体中が汗ばんできた頃合いに、一人の衛兵が声をかけて来た。

 お互い剣を構えて向かい合う。


「いきますよ!」


 そしてこちらの返事を待たずに衛兵が前進。

 掬い上げるような突きを躱すと、衛兵はすぐに俺の肩口目がけて木剣を振り下ろして来た。


「くっ!」


 木剣で受け止める。

 一応筋トレと素振りをしていたお陰で、力負けする事はない。


 そのまま暫く押し合いが続いていたが、衛兵の方が後ろに跳んで距離を取った。


「相変わらずですな。相手の攻撃は受け止めるのではなく受け流すよう教えた筈ですよ」


「すまない。相手の武器が顔の近くにある時に、力を抜くのが怖くてどうもね」


「まぁ、実戦を経験していらっしゃらないお方ではそういう事もあるでしょう」


「ボクが実戦に出ないで済むように父上達が身を粉にしておられるんだよ」


「ものは言い様ですな」


 衛兵とそんなやりとりをしていると、周囲からも笑いが起きた。


 自主的に剣の訓練を行うなど、意識は高いが、あまり才能は無く実戦には向かない。

 これが俺に対する武術の評価だ。


 わざとやっている部分もあるけど、なるべくしてなった評価というのがちょっと悲しい。

 子供の頃から訓練を続けていれば、誰でも一流になれるなんて、そんな事はないらしかった。


 ともあれ、武術の評価を高めても、俺の人生の目標的にはあまり意味がないのでこれくらいでいい。

 衛兵たちにも、好意的な舐められ方をしていて、良い関係を築けていると思うし。


 裏で何言われてるかわからないけれど、それを気にしていたら人の上に立つ事なんてできないしな。


 いや、俺的には上に立つつもりはないんだけど、貴族の生まれとなると、どうしても上に立たざるを得ないんだよね。

 この国で下っ端に落ちるとなると、気楽さより苦労の方が勝ってしまうから。


 俺はニートになりたいんであって、庶民として苦労したい訳じゃないんだから。

 というか、多分前世よりブラックだよ、この時代の平民の暮らしなんて。


 その後、何度か手合わせをしたのち、俺は訓練場を後にする。


 再び井戸の所へ向かうと、やっぱりアリーシャが待機していた。

 朝と同じように体を拭って貰う。


 ただ今回はそれだけだ。

 13歳の肉体だと言っても、一日に何度も、となると色狂いの誹りは避けられない。

 ちょっとそれは体裁が悪い。


 着替えて部屋に戻った俺は、そのままベッドに潜り込む。


「じゃあ、昼に起こして」


「畏まりました」


 一礼してアリーシャが部屋を出て行く。

 ああ、二度寝最高。

 一度起きてからすぐに寝るのもいいけど、いい感じの疲労感に包まれてまた寝るのも一興だね。


 ああ、こんな日がずっと続けばいいのに。




 昼頃起きて昼食を摂ったのちは、街へと繰り出す。

 アリーシャをお供に護衛もついてくるが、一応自由に出歩く事が許されているんだ。


 俺の実家のエルダード伯爵家は王国内でも屈指の経済力を誇る。

 これは別に俺が前世の知識を使ってどうこうした訳じゃない。

 正直、使えるような知識、碌に持ってなかったしね。


 王国の南端に位置する我が伯爵家は、南方諸島との交易の玄関口となっている。

 良好な港があるうちの領地には人と物が集まってくるし、それらは当然金になった。


 元々相当な金持ちだったのは本当にラッキーだった。

 俺がニートでいられる下地ができてるって事だからな。


 商売に関しては口を出す知識がなかったので、俺がやった事は農業にちょっとアドバイスした程度。

 連作障害の知識が無かったのでそれを教えて収穫量の向上を図った。

 道具の改良も進言し、作業の負担を減らす事で領内のマンパワーの増加を狙う。

 そして病気に強かったり、よく育つ個体の種だけを選別する原始的な品種改良法の提案。


 これまでは交易によって得た資金で国内各地から食料を買っていたのが、俺が農業に携わってから自給率が百パーセントに近くなった。


 お陰で俺の屋敷内、そして領内での評価はかなり高くなっている。


 あくまで色々な本を読んで知識を蓄えたお陰、という事にしてあるので家督の相続順位を覆すほどには至っていない。

 俺が優秀なのは間違いないが、俺が凄いのではなく、先人の知恵が素晴らしいのだ、という流れに誘導した訳だ。


 領内を見て回って市場調査を行う。

 俺が歩くと向こうから気さくに声をかけてきてくれるので、二言三言言葉を交わして生活するうえでの過不足をリサーチだ。

 

 交易は順調そのもので、港はよく稼働している。

 そのため、周辺の街に商人が集まり賑やかになる。

 見事に経済が回って領地は益々栄える。


「人手が足りないというような事はないか?」


「へぇ、最近は移民が多いですからね」


「移民が? 治安は大丈夫かな?」


「仕事が無けりゃ奴らも暴れるんでしょうが、伯爵様の土地ではそんな事もありませんし」


「そうか。ならいいんだ。何かあったらどんな小さなことでもいいから話してくれよ?」


「へい、いつも気にかけてくだすってありがとうごぜぇます」


 二十年前に戦争が終わって、国内には仕事の無い若者、失業者が溢れた。

 比較的戦争による被害の少なかった南部の領内がそれを受け入れているが、逆に言えば、北部の領地からは人がどんどん居なくなっているって事だ。


 人が居なければ税収も上がらない。

 ただでさえ無い仕事が更に減る悪循環。


 他国と国境を接しているのは中央から北の領地ばかりだから、国としても彼らには元気でいて貰いたいのだが、良い手を打てないでいた。


 国庫から資金を抽出して援助をしているけれど、中々景気は良くならない。

 そして国庫も有限であるし、戦中からの復興は王室直轄地でも至上の命題だ。


 そのため、南部の比較的余裕のある領地から融資を募り、北部の援助に充てていた。

 当然、彼らの王国内での発言力は増していくし、その筆頭は我がエルダード伯爵家。


 もしも兄に娘が生まれたら、王太子妃の候補に選ばれる可能性も無くはない、といつだったか上機嫌の父が言っていた。

 王室からのリップサービスだとは思うが、そのように気を使われるくらいには、うちの存在感が高まっているって事だ。


 いやぁ順調順調。

 元々経済的に潤っていたところへ、俺の力で更に国力が増したんだ。

 そのうえで、俺は兄達を尊敬しているかのように振舞っている。


 いや、実際尊敬はしているんだ。

 普通に頭良いし、武術も俺より遥かに上だ。


 結局俺は知っているというだけで、本当に頭が良い人間と比べたら、大したことないのは間違いない。


 領地の経営も少し勉強してみたけれど、正直ちんぷんかんぷんだったからな。

 二十一世紀の日本みたいにやり方が洗練されてないってのもあるんだろうけど、それでもあれを理解できるのは、地頭の良い証拠だと思うね。


 勿論、きちんと勉強して、優秀な人間からサポートを受ければ、俺もそれなりにできるようになるんだろう。

 けれど、そこまで苦労してやりたいとは思わない程度には、複雑なシステムで成り立っていた。


 自分達に従順で野心の無い優秀な弟。

 少しでもまともな頭をしていたら、手放す事はないだろう。


 ふふふ、ニートになる扉は最早開かれている。

 あとは兄が面倒事無く家督を相続し、その時に俺がどこかへ出されなければ、それでもう将来は安泰だ。

 ニートとしての俺の立場は揺るがないだろう。


 死の間際とは言え、神様に願ってみるもんだね。


 ありがとう、神様。すばらしきかな生まれ変わり。




 領内を回って、日が落ちる前に帰宅。

 夕食までは書庫に籠って読書に勤しむ。


 他に娯楽が無いというのもあるけれど、この毎日の読書が、俺の提案に説得力を与えるのだ。


「レオナール、お前をソルディーク家の婿に出す」


 久し振りに家族が揃った夕食時、突然父からそんな事を言い渡された。


 え? 婿?

 誰? 俺?


 ソルディーク家から嫁を貰うんじゃなく、俺を婿に出す?

 つまり、俺はエルダード家から出て行くって事?


 どうやらニートへの道のりはそんなに平坦なものではないらしかった。 

 

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