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俺はニートでいたいのに  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第一章:剣姫の婿取り
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婿取り12番勝負:料理の素人

大変お待たせいたしました

一年連続勝負、その七番目。

半年以上も月一でこのような行事を行っていれば、周辺の領地にも噂は広がり、回を追うごとに賑わうようになる。


だけど、今回は微妙だった。


いや、人自体は集まってるんだけど、それは集まる人を目当てにした出店なんかを目当てにした人達であって、決闘そのものを目的にしている人達じゃない。


さもありなん。

なんせ前回の決闘が全然盛り上がらなかったからな。


人並程度の腕前の素人が歌で勝負する。

それで盛り上がる訳がない。


なんか俺の歌の内容を勝手に深読みしたソルディーク領民の一部は別の意味で盛り上がってたみたいだけども。

全体で見れば過去一不評な決闘だった。


そして今回の決闘内容は料理。

料理対決がイベントとして開催される事がまずないこの世界において、料理で勝負するという事に、どのように期待を抱けば良いかわからない人が多数。

好奇心から気にしている人もいるけれど、基本的には期待値は低い。


なんせ、前回に続いて今回も素人同士の対決だからな。


これが王宮で腕を振るっていた料理人と、各地を放浪して腕を磨いた料理人の対決とかなら、まだ盛り上がったかもしれないけれども。


前回の決闘を知っている人間なら、余計に今回の決闘がどのような悲惨な状態になるか、想像できるってもんだ。


「それでは連続決闘も半分を過ぎた七番目、今回の対決は料理対決となります」


今回も司会を務めるミリナも微妙にテンションが低い。そして開催の宣言を聞いた観客の盛り上がりも微妙だ。


料理対決という馴染みのない決闘内容に、素人同士の対決では仕方のない事ではあるだろう。

そしてソルディーク家の面々にあまり熱意が見られないのは、もうこの決闘をする意味がないと考えてるからだろうな。


イリスと俺の婚約が破棄されてしまうとソルディーク家は間違いなく滅びる。

だからなんとしても俺に勝ってもらわないといけないソルディーク家からすれば、勝負内容がどのようなものであれ、俺への応援には熱がこもっていた。


けれど、前回の決闘と今回のイリスの要求から、イリスが本心から俺との結婚を受け入れるようになったと、ソルディーク家は理解した。


だからもう、この決闘を続ける意味はない。

本当にただのイベントになってしまっているんだ。


ちなみに今回、俺が勝った場合の要求は、朝俺を起こした日は、俺が望む場合ランニングを一緒にする、というものだ。

そしてイリスの要求は、そのランニングを強制するものになっている。


まぁ、こうなってくると俺も要求をエスカレートさせても良いかもしれない。

それでイリスがやっぱり婚約を破棄したいと思うようになったなら、再びソルディーク家が味方に戻ってくれるだろうから、決闘に勝ちやすくなるし。


いや、それで本格的に嫌われたら本末転倒か?

初夜で寝首を掻かれたり、自害されたりするのを防ぐ目的もあってこの決闘を続けているんだし。


どうにかしてイリスの俺への好感度を確認できないものか。

イリスが俺を自分好みに育てようとしているのは理解できている。

けれど、それがまだ全然達成できていない以上、俺へのイリスの好感度は決して高いとは言えないだろう。


ここまでチョロさを全開にしてきたイリスだが、行為に対するオーケーラインがわからない以上、迂闊な事は要求できない。


寝る前にハグくらい要求しても大丈夫だろうか……?


「なんか、随分余裕そうね……」


ミリナが決闘内容を説明している間、イリスが俺の方を半眼で睨みながらそう言った。


「ああ、ちょっと考え事をな?」


「ひょっとして何を作るかまだ決めてないの? それとも、もう勝った気になって次の決闘の事でも考えてたの?」


「ああ、どうやったらお前に好かれるかをちょっとな……」


「え!?」


「え?」


無意識に出た俺の言葉に、ひどく狼狽して見せるイリス。

ずっとイリスに俺を気に入って貰えるためにこの決闘を続けている事は伝えてきた。

だから、今更なんでこの言葉にそんなに驚く……?


というか、流石にイリスに嫌われない下品な要求のラインを気にしていた、なんて言えないからそんな言い回しになっただけの言葉に、そんな反応をされると俺も困るんだが……。


「それでは審査員の方たちの準備も整ったようですので、連続決闘勝負七番目、料理対決を開始してまいりましょう」


俺の思考はミリナのその宣言で中断される。

開始の鐘が鳴らされると同時に、俺達はそれぞれ設定されたスペースへと向かった。


そこには簡素なキッチンと調理道具、そして食材が置かれている。


イリスはあんな事を言っていたが、何を作るかは事前に通達してあり、それを作るのに必要な器具と食材のみ(・・)がそこには置かれている。


使わない食材を大量に用意する余裕なんか、この領地にはないからね。

まぁ、パフォーマンスのためにエルダードや懇意にしている商人から食材を買い付けても良かったんだけどさ。


それをするなら今回決闘で作る料理の数そのものを増やせるようにした方が良いと考えた。

決闘後に審査員以外にも振舞えるようにな。


イリスは火をおこし、水を入れた鍋をその上に置いていた。

沸騰するまでの間に野菜を刻んでいる。

どうやら簡単な煮込み料理を作るみたいだな。


対する俺はパンを手に取る。

俺が今回作るのはホットドッグだ。


丁度先日ライ麦の収穫が終わったので、それを使ってパンを作る事にした。

俺の仕事の成果を示す事もできて一石二鳥だからな。


しかも軽く切れ込みをいれて、煮込んだ腸詰を挟めばできあがりだ。

調理時間は俺の方が圧倒的に短い。


となれば提供も俺が先だ。


一応制限時間は設けてあるが、完成してもその時間まで待機、なんてルールにはしていない。

先に料理が完成したら、相手を待たずに審査員に提供できる。


料理対決がどのようなものかわかっていないこの世界において、当然、審査員も公平に審査するための心構えなんて理解してない。


普通に考えたら、空腹時と満腹時では味の感じ方が変わるのだから、審査員は出された料理を完食なんてしない。

けどこの世界にはそんな常識は存在していない。


出された料理はそのまま気にせず食べるだろう。次に出て来るイリスがの料理の完成がまだ先となれば猶更だ。


勿論、パンに肉を挟んだだけの料理なんてこの世界にも普通に存在してる。

だから、ただパンに腸詰を挟んだだけで目新しさなんて感じられないし、その味にいたく感動する事もないだろう。


かと言って、ただ空腹時に俺の料理を食わせて、イリスの料理を満腹の状態で採点させる事で、そこに差をつけさせることだけが作戦じゃない。


この料理の秘密というか強みは、パンそのものだ。

ライ麦で作ったパンも当然ながら存在している。

けれど、酵母菌で発行させた生地を用いたパンはこの世界には存在しない。


いや、厳密には存在してるんだ。

俺もただ小麦粉を練って焼いただけのパンに飽きていたころ、どうやってイースト菌入りのパンを作らせようか思案していた時期があった。


そんなとき、南方の島では、果物の近くにパン生地を暫く置いておいてふっくら焼きあげる方法があると知った。

あるいは痛んだ果物を潰してパン生地に混ぜる方法もあると聞いた。


酵母菌の存在は知らなくても、発酵という概念がわからなくても。

酵母菌を用いたふっくらパンを焼き上げる方法は発見されていたんだ。


とは言え、この国にはその知識は伝わっていない。

交易を通して俺がエルダード領内で広めたけれど、それが王国内のどこまで広がっているかは不明だ。


そして、通常のパンより手間暇がかかるそのふっくらパンは、基本的に高価だ。

存在を知っていたとしても、果たして貧乏なソルディーク家で食した事がある者はいるだろうか。

いやいない。


そしてそれは、ランダムに選出された審査員でも同じこと。

領地外の人間なら食べた事はあるかもしれないけれど、それでも常食とはいかない筈だ。


「おあがりよ」


石製のオーブン擬きで軽く焼いたライ麦パンにナイフで切れ目を入れ、バターを塗る。

そこに腸詰を挟み、その上から少量のマスタードとケチャップをかけたホットドッグ、もといソードブレッドを審査員の前に並べて、俺はそう声をかけたのだった。

どんな勝負でも小細工を忘れないレオナール

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ケチャップの方が珍しいのでは?
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