婿取り12番勝負:ダイス・イン・ダイス
ダイス・イン・ダイスとは一人五個のダイスを持ったプレイヤーがそれぞれダイスを振り、出た目の数を予想し合うゲームである。
俺はイリスにそのように説明し、実際にそれを実演して見せた。
プレイヤーが一斉にダイスを振り、出目を確認できるのは自分の分だけ。
そこからプレイヤーは全体の出目の個数を予想し、数を宣言していく。
例えば手番プレイヤーが、4が10個あると宣言したとする。
次のプレイヤーはまずその宣言された出目と個数が正しいかの選択を行う。
宣言された出目が、宣言された個数より少ないと思えばアウトを宣言して全員のダイスを公開する。
その場の4の数が宣言された個数より多ければ、アウトを宣言した人間が差分だけ自分のダイスを減らす。
逆位宣言された個数より少なければ、アウトを宣言された人間が差分だけダイスを減らす。
ダイスが無くなった人間から脱落し、最後まで残ったプレイヤーが勝者だ。
そしてアウトを宣言しない場合、自分も全体の出目と個数を予想し数を宣言する。
そして次のプレイヤーはまたアウトを宣言するかどうかを選択する。
これを繰り返していくゲームだ。
唯一確認できる自分の出目と、他のプレイヤーが宣言した出目と個数から、全体の出目と個数を予想する。
そういうゲームであると、俺はイリスに伝えた。
嘘だ。
いや、厳密に言えば嘘じゃない。
そういうプレイングが可能なのは事実だ。
ただ実際には出目の個数を予想なんてしない。
何故なら全体で残っているダイスの数ごとの、期待値はプレイしてれば覚えるようになる。
だから誰しもが、まずはその期待値かそれより少し上の個数から始める。
出目が偏っているか、オールマイティ扱いの6が複数出ていないとその時点でアウトの可能性があるんだ。
そしてもう一つのルールが、このゲームを出目を計算し予想するゲームから、いかに相手にハッタリを信じ込ませるか、いかに相手のハッタリを見破るかが重要なゲームへと変化させている。
自分の手番でアウトを宣言しない場合、次に宣言する出目か数は、前のプレイヤーより大きいものでないといけない。
さっきの例で言えば、出目で4以下を宣言したいなら個数は11以上。
個数を変えないなら、出目は5以上でないと宣言できないんだ。
個数は極端な話無限に増やせられるが出目はそうはいかない。
6はオールマイティで別枠なので、5より上の出目は宣言できない。
つまり、出目を5で宣言すれば、次のプレイヤーは個数を増やすしかなくなる。
そして個数が期待値より増えれば、アウトの可能性がどんどん高まっていく。
だから慣れたプレイヤーは、5の出目でダイスを動かしていく事になる。
そんなゲームに計算なんて役に立つはずがない。
時には期待値より大きく外れていても堂々と宣言し、あたかも手の内に5と6が多いかのように振舞う。
自分の手番ではダイスを1個以上公開し出目を永久に固定する事で、残りのダイスを振り直す事ができる。
これを利用して宣言した出目か6を見せて個数が多いように思わせる。
そうした『ブラフ』が重要なゲームなんだ。
とは言え、この程度の話は練習していれば誰だって気付く。
側付きのリーリアを味方につけて、敢えてその事を指摘させなかったとしてもイリスだってこのくらいは気付く。
だからこそ俺はその更に逆。
計算によって出目を予想し、ギリギリの数字を攻めるプレイングを選択した。
勿論、イカサマだ。
イリスの勝利時の要求によって、アウローラとレフェルが中立になった。
彼女たちをイカサマに巻き込む事はできない。
符丁を一方的に伝えて事故を減らす事なら可能だろう。符丁をイリスに教える事もないはずだ。
逆に言えば、二人は自分達の出目がわかっている分、俺より情報が多いので、計算がしやすくなる。
二人は勝つ必要がないので、可能性が低い場面でアウトを宣言しないし、逆にアウトになりかねない個数で勝負しない。
けれど、符丁を伝えてこちらの出目を教えてしまえば、彼女達だけが知るセーフの範囲が広がる。
彼女達がイカサマに巻き込まれている事を俺は知っているから、その広がったセーフの範囲から、二人の出目と個数を計算し推測する事が可能になるんだ。
そしてリーリア。
彼女はなんとか口八丁で味方に引き込む事ができた。
完全な味方が俺とアリーシャだけでは幾ら何でも分が悪い。
リーリアを中立にするだけでもまだ足りない。
けれど味方に引き込む事ができたならば。
三人分の出目と個数を完全に把握できているならば。
このゲームに負ける事はない。
「けっちゃーーーく! アウト宣言失敗により、イリス様のダイスが無くなったため、レオナール様の勝利となります!」
残りダイス二つ。アリーシャ脱落済みという所まで追い詰められたけれど、まぁ、勝ちは勝ちだ。
ちなみに俺が減らした三つのダイスは全てイリスにアウローラがアウト宣告した際の同数ペナルティによるものだ。
イリスが引きの強さで無双する可能性があると称したのはこのルールがあるからだ。
アウトを宣告された時、された側が宣言していた出目の個数と、全体の出目の個数が同数だった場合、アウトを宣告されたプレイヤー以外のダイスを1個ずつ減らすというルールが存在する。
そのため、俺はイリスにアウトを宣告しないという戦略を取らざるを得なかった。
まぁこれは座り順で調整できた。
イリスは逆に俺にアウトを宣告して自らの手で叩き潰したいという性格だったので、すんなりと、俺→アリーシャ→リーリア→イリス、という順番が決まった。
俺の次がアリーシャなのは、個数が限界を迎えた時に犠牲になって貰うためだ。
リーリアは味方なのでアリーシャが無理な数を言ってもそのままイリスに回してくれるし、イリスもリーリアを味方だと思っているから積極的にアウトを宣告しない。
結果、アウローラに回った時のアウト宣告で同数を三回も出されてしまった訳だ。
「異議は?」
「くっ……ないわよ……」
味方に戻した筈のリーリアが再び裏切っていた事に流石にショックを隠せないイリス。
「じゃあ次の俺の要求だけれど……」
ちなみに前回の要求では、俺と行動を共にした日は眠る前にお休みの挨拶をする事、だった。
あまり下衆な要求をして嫌われたら元も子もないから、こういう回りくどい要求になるんだよな。
さておき。
「俺と午前行動を共にした日は、午後に一時間程度訓練をつけて貰おうかな」
「え?」
俺の要求にイリスがそんな声を漏らす。
「勿論、俺がそれを望んだ場合のみな。朝一緒にいた日は必ず訓練するって意味じゃないから」
一応揚げ足を取られないように補足しておく。
「え、ええ……と。まぁ、いいなら、いいけど……」
明らかに戸惑っているイリス。
イリスに好かれるためってのも無い訳じゃないけど、これはそこまで殊勝な心構えで告げた要求じゃない。
彼女の心根を探るための囮のようなものだ。
もしも俺が懸念していたように、イリスの前回の要求が、婚約破棄のための布石だったのなら、今回も同じ要求をするだろう。
けれど、結婚自体は受け入れて、俺を好みの男性に育てるためというのが本心だったとしたら……。
「それで? 君の要求は?」
「そうね。……じゃあその午後の一時間の訓練を強制にしましょうか」
俺の要求に乗っかる形になるだろう。
「それで? 次の決闘内容は?」
ああ。駄目だ。
もうこれで俺はゲームでイリスに勝てない。
いや、勝てるかもしれないが、絶対じゃなくなった。
アウローラ達は中立でいてくれるだろうけれど、リーリアはもう無理だ。
そしてソルディーク家にだって他にも知恵者はいる。
これまでは俺とイリスを結婚させる必要があったから口出しして来なかった人達が、ゲーム内容を聞いてその必勝法がそれに近い戦術を閃き、イリスに教える可能性があるんだ。
イリスと結婚するだけならそれでもいいかもしれないが、俺の目的はニートになる事だ。
好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな事だけをする生活。
しかも、そんな生活をしていても誰からも諫められない。
そんな未来を望んでいるんだ。
なら、勝たないと駄目だ。
これまでは結婚するために勝たないといけなかった。
これからは、結婚後の生活のために勝たないといけない。
「歌だ」
だから俺は、それを宣言したのだった。
要求が前回と同じ→何度も繰り返せば二心ないと思って味方してくれるようになるでしょ
レオナールの要求に乗っかる→深い事は考えてない