侍女との対話
大変長らくお待たせいたしました。
更新再開です
今日はソバの受粉を行う。
この世界のソバも地球のそれと同じく自力での受粉が不可能で、実をつけさせるためには人や虫を媒介にしなければならない。
白い花をそって撫でて花粉を他の株へと受粉させる必要があるんだ。
「午後になるとしぼんでしまうから、急げよー」
「「はーい」」
俺の指示に元気よく応える、ソルディーク領地軍の皆さん。
最早農家兼業である事に疑問を抱かなくなっている。
まぁ、芋煮会で俺のしている事の結果を実感したばかりだし、大麦やライ麦も順調に育っているからな。
気候が合っていたのか、ライ麦は来月には収穫できそうだ。
ソルダード領内での栽培と比べて半月ほど成長が早い。
食料としては勿論だけど、緑肥にも使えるから、これは嬉しい誤算だな。
連作障害にだけは気を付けないとだが。
和気藹々とソバ畑の中で花と触れ合う領地軍の皆さんをしり目に、俺は一人の女性に近付いた。
領地軍に混ざって花を手に取る様が非常に絵になる主君を、優しいまなざしで見つめる一人のメイド。
イリスの専属であるリーリアだ。
「調子はどうだ?」
話のとっかかりが思いつかず、そんな言葉をかけてしまった。
リーリアは教育を施された貴族の子女らしく、俺が近づいてきたのを認めて、上品な所作で頭を下げていた。
「特に体調がすぐれないということはありません」
俺の明らかにバッドコミュニケーションな挨拶にもしっかりと言葉を返してくれた。
「君と腹の探り合いをするつもりはないし、そんな時間もないと思うから単刀直入に聞こう」
「なんでしょうか?」
「君はイリスをどうしたい?」
「……幸せになって欲しいと願っております」
俺の質問の意味を理解できずに、リーリアはずっと彼女が口にしている答えを寄越して来た。
「……イリスの要求、本心だと思うか?」
「なにを懸念されておられるのですか?」
「イリスが俺との結婚を受け入れ、それならばと、俺を自分好みに改造しようとしている」
「そうですね」
「それが本心だと思うかと聞いている」
「…………従者が主の心根を語るなお烏滸がましい話ですが……」
そう前置きしてからリーリアは続ける。
「本心だと思われます」
「……前回の決闘でイリスは君も自分の敵に回った事を理解した」
実際には、イリスの幸せを願った結果なので、敵という言い方は正確ではないんだけど、まぁそれは言葉遊びの範疇だ。
「そのため、少なくとも君だけでも自分の味方に引き込むために、一度君達が喜ぶような要求を出したのだとしたら?」
以前、アウローラに話した疑問を俺はリーリアにぶつける。
全員がグルになって自分の敵に回っている状況では、決闘に勝つ事など不可能だ。
なので一度引いて見せて、本来は自分を助けてくれる人々を味方に戻す。
それで決闘に勝利してから、改めて自分の本来の要求、婚約の破棄を通すつもりだとしたら。
「……お嬢様はそのような事をなさるお方ではございません」
「俺よりは君たちの方が彼女を知っているとは思うが、けれど君たちは本当に彼女の全てを知っているのか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
言葉に棘が混ざっている。
「今回のように追い詰められた彼女を見た事があるのか?」
「…………」
「それがイリスの本性とは言わんさ。ただ、追い詰められてどうしようもなくなった時に、絶対にそのような手段を取らないと断言できるか?」
「……貴方様は、何をお望みなのですか?」
「俺との結婚がなされなければ、彼女に幸せは訪れない。これは自惚れでもなんでもなく、この領地の未来の話だ。エルダードの支援なくしてはこの領地は立ち行かないし、エルダードの支援があっても徐々に追い詰められていくだろう。
俺との婚約を破棄すれば、その未来からは逃れられない」
流石にそれは理解しているらしく、無言のまま悔しさを滲ませて俯くリーリア。
理解しているからこそ、彼女は自身が全てを捧げる主を裏切ってでも、俺との結婚を成立させようとしたんだ。
「例え十中八九、イリスの心根が君たちの思っている通りだとしても、一かけらでもその可能性があるなら、彼女の幸せを願う君としては避けるべきじゃないか?」
決闘内容が一対一の武術対決になれば、俺にはもう勝ち目はない。
あとは微妙に勝負内容を変えてひたすら俺をボコって終わりだろう。
確実ではないが、一応そうなっても切り札が俺にはあるが、彼女達はその事を知らない。
ならば、もしも万が一にもイリスが婚約の破棄を諦めていなかった場合、リーリアの望みは叶わない事になる。
敬愛する主に裏切られるという、最悪の未来と共にその状況は訪れるんだ。
果たして彼女はこれを許容できるだろうか。
ただイリスに盲目的に従うだけの侍女ならともかく、リーリアはイリスの幸せのためにイリスを欺く事すらできる人物だ。
「…………私は何をすればよろしいですか?」
そんな彼女なら、きっと再び俺の味方になってくれると信じていたぜ。
弱みがある人間は懐柔しやすいですね