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俺はニートでいたいのに  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第一章:剣姫の婿取り
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ある騎士の独白

あけましておめでとうございます

三人称視点です


 レイド・フォーリナルはフォーリナル騎士家の長男だ。

 王国において騎士爵というのは一代限りであり、父が持っているその爵位をレイドが継ぐ事はできない。

 ただし、爵位の持ち主と、他の貴族による推薦があれば継承する事が可能だ。


 勿論、継承にあたっては相応しい人物かどうか厳しい審査が行われる。

 レイドはソルディーク伯爵家の領地軍において、高い実力を有している。

 伯爵家への忠誠心も高く、人格、能力ともに爵位を継承する事に何の障害もないだろう。


 レイド自身はかつての戦争終結後に生まれているため、戦争は経験していない。

 それでもソルディーク伯爵軍の一員として、王国各地の野盗退治や小さな反乱の鎮圧などで実戦を経験している。


 訓練だけでなく、実戦でも評価通りの成績を残しているため、軍内での信頼も非常に高い。

 整った外見から多くの女性の憧れの的でもあった。


 そうしたレイドに武力こそ誉というソルディーク伯爵家で育ち、綺麗な顔立ちの男性を好むという、年頃の女性らしい感性をしたイリスが惚れるのはある意味当然であった。


 実力と経歴からそれなりに女性経験のあるレイドは、勿論その好意に気付いていた。

 同時にイリス自身が自覚していない事もわかっていた。


 騎士爵の継承は間違いないとは言え、現時点では貴族の子弟でしかないレイドが、伯爵家。それも王国最強を誇るソルディーク家の令嬢を娶るなど夢のまた夢である。

 そのことも理解していたし、伯爵家の乗っ取りなどの野心を抱いていなかったレイドは、イリスのそれを、年頃の女子がかかるはしかのようなものだと気にしない事にしていた。

 また、ソルディーク伯爵家の内情もある程度理解していたので、フォーリナル家の地位を向上させようという思いはあっても、イリスとの婚姻はそれに寄与しないという事もわかっていた。


 伯爵家のために身を粉にして働く気概はあっても、伯爵家と一緒に滅ぶつもりはなかった。


 しかし、イリスの婚約が発表された事で状況は一変する。

 武家とは言え上位貴族であるので、イリスの婚姻が政略結婚である事にはなんの疑問も抱かなかった。

 その相手が算盤貴族と嘲られているエルダード伯爵家だったと聞いても、むしろソルディーク伯爵家の現状を考えればこれ以上ない妥当な相手であると思えた。


 エルダード伯爵家の三男だと聞いた時は、少々胸がざわついたものだが、『剣姫』と謳われる、ソルディークの至宝を外に出さずに済む事を考えれば、三男の婿入りというのは悪い選択肢ではない筈だった。


 イリスが婚約を嫌がる事は予想通りであった。

 自分を攫って逃げて、などと言われたらどうしようか、と妙な妄想で心配するくらいには想定内だった。


 だが婚約相手であるレオナールは、あろうことか婚約を了承させるためにイリスに決闘を申し込んだ。

 しかも一対一の戦いでこそないものの、軍の指揮というイリスの土俵に上がっての勝負だ。


 なんと無謀な事を、と呆れると同時に失望を覚えた。


 イリスに気に入られるためには、確かにそうした決闘で実力を示すのが一番なのかもしれない。

 けれど、だからこそその決闘でイリスに勝つのは困難だった。

 困難だと、思っていた。


 頭が良いという評判は聞いていたので、何かしらの策謀を巡らせてイリスを絡めとるのかと思っていたのだが、真正面からの無謀な突撃。

 失望しない訳がなかった。


 同時にそれは、ソルディーク伯爵家が救われるという希望が潰えた事への落胆だったのかもしれない。


 レイドを含む、領地軍でも実力上位50人がイリスの部下として戦った。

 相手も同じ領地軍とは言え、実力的には間違いなく自分たちに劣る相手。

 しかも士気の高さは望めないとあれば、もはやその勝敗は明白だっただろう。


 だが、自分たちは負けた。

 何故負けたのかもわからないくらいあっさりと負けた。


 噂によればただ走ったり穴を掘ったり埋めたりしていただけで士気などあがる筈もない訓練をしていただけだと聞いていたのだが、相手の士気は妙に高かった。

 そして自分達で掘った穴の中に陣取るというよくわからない戦術により自分達は敗北した。


 だが、考えてみればあれは理に適っていた。


 言ってしまえば野戦陣地の構築だ。

 彼らは一ヶ月をそのための訓練に費やし、そして陣地を構築しやすいよう地面をならしていたのだ。


 見渡す限りの荒野で互いに伏兵なしでぶつかり合う試し戦。

 実力的に差があると言ってもそれは僅かな差であり、そして士気の高さは互角か、むしろ相手を侮っていた自分達の方が低かったかもしれない。


 そのうえで野戦陣地を構築されてしまっては、負けて当たり前だった。


 元々婚約から一年後に結婚という約束だったが、その一年間レオナールはイリスと決闘を続けると言い出した。

 こいつは頭が良いのか悪いのかどっちだ? とレイドはその宣言を聞いて首をひねった。


 だが、イリスが納得する形で婚姻するならば、イリスと絆を深める事は大事だ。

 しかし、ただそれを望んだだけでは叶わなかっただろう。


 訓練だ、遠征だと理由をつけてイリスはレオナールから逃げ回る事が可能だったからだ。


 勿論、自分達の愛する至宝がそんな姑息な手段を使うとは思わないが、それを知らないだろうレオナールが保険を掛けるのは不思議な事ではなかった。


 そして彼の企みは今のところ成功している言って良い。


 決闘自体に意味が無い事は領地軍の全員が気付いている。

 イリスだけは、自分の頭の良さを見せつけるためのものだと考えているようだが、そうでない事は誰の目にも明らかだった。


 あれはあくまでイリスが納得する形で婚約を継続させ、かつイリスと行動する時間を増やすための方便でしかない。

 そしてその時間を使って、レオナールはイリスに自らの功績を披露していた。


 これがエルダード伯爵領時代の功績を誇るのなら、イリスは気にしなかっただろう。

 だが、ソルディーク伯爵家の土地を使ってその実績を見せつける事で、自然とイリスが彼を尊敬するように仕向けていた。


 行動を共にする事でイリスはレオナールを理解するようになる。

 そしてイリスがレオナールに対して抱いていた隔意を時間の共有によって徐々になくしていった。

 結果、イリスはレオナールに惹かれていく。


「食料の生産量が上がれば世界は平和になる」


 そしてレオナールの成果を存分に見せつけられたジャガイモという作物の収穫日。


「食料を奪い合う必要が無ければ、戦争の多くはなくなると思ったのさ」


「……そう」


 レオナールの話を聞くイリスの表情は穏やかだった。

 笑顔で芋を食べる領民たちに慈しむような眼を向けている。


 その横顔を見て、レイドはイリスの心が自分から完全に離れた事を理解する。


 叶うはずのない姫の淡い想い。

 その想いに応える気もなく、強引に奪うほどの欲望もなかった。

 ただ向けられる好意が心地よく、純粋な少女の初恋を微笑ましく思っていただけだった。


 だがどうやら、その心地よさに浸っているレイドは自身が思うよりも随分と幸せを感じられていたらしかった。

 わずかな喪失感を胸に抱いたまま、レイドはジャガイモを頬張るのだった。


これでイリスの恋心フェードアウトという訳ではないですが、今後の展開で差し込む場所がなかった時のためにイリスが淡い想いを抱いている騎士の紹介をしておきます

本年んもよろしくお願いいたします

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