芋煮会
今日はジャガイモの収穫をするつもりだった。
「こんなに早くて大丈夫なの?」
「この間試しに抜いてみた感じだと、問題無いと思うよ」
イリスは疑わしげだ。
植えてから三ヶ月程度で収穫が可能になるなんて、まぁ普通は思わないよな。
イリスに言った通りに、数日前に試しに一つ収穫してみた。
大きさこそエルダード領で栽培されているものに比べると小さかったが、十分食べる事が可能だった。
これ以上大きくなるのを待とうとしても、多分無理だろう、と判断しての収穫だ。
折角なので今日非番の領地軍を全員集め、周辺の領民も呼んで収穫祭みたいな事をする。
流石に馴染みの商人を呼んだり大々的にやるには作付面積が足りない。
「よし、全員茎を持ったな?」
「「「うぃーーーす」」」
茎を一部残してナイフで切り取り、周辺の土をジャガイモを傷つけないようほぐしたところで、俺は全員に茎を持たせた。
人数的に茎が足りなかったが、そこは子供を複数人一つの茎を持たせるなどして、できる限り全員が参加できるようにした。
「よし、じゃあ引っこ抜け!」
「「「ぃよいしょぉっ!!」」」
俺の号令と共に、皆が掛け声を上げながら力いっぱい茎を引っ張る。
確かな手ごたえと共に、土の中からジャガイモが姿を現す。
小ぶりな身が五個ほどついた、男爵いもっぽい形。
やっぱりエルダード領と比べると、小さいし数も少ないな。
「うわぁ!」
そんな声が聞こえたのでそっちを見ると、三人の子供が尻もちをついていた。
その手にはしっかりと茎が握られていて、土から掘り出されたジャガイモが顔を出している。
「お、上手く抜けたな。大丈夫か?」
「は、はい、レオナールさま!」
「はは、今日はそうかしこまらなくてもいい」
あちこちで歓声や感嘆の声が上がるのが聞こえる。
よしよし、とりあえず芋ほりは成功だな。あとは実食だが……。
蒸す、という調理法がこの世界には無かったし、流石に野外でそれが可能になる設備は作れなかった。
なので今回は煮て食す事にした。
芋煮会みたいになってきたな。
「ふむ……」
流石にほぼ水で煮ただけのジャガイモだとそれほど美味くないな。
この世界の料理と比べても随分と味気ない。
一応塩は入れたが、そもそも量が少なかったからな。
これでも商人から俺の名前を使って安く仕入れたんだが、エルダード領で買うのに比べて二倍近い値段だったからな。
「この広さの畑でこれだけの量が獲れるなんてね……」
近くで芋煮を食べていたイリスに感想を尋ねると、そんな答えが返ってきた。
あ、これは味には言及しちゃいけないやつだ。
「収穫も早いし腹にも溜まる。こんな作物があったなんてね」
言うイリスは今回の芋掘りを手伝ってくれた領民たちに向いている。
彼らはみな一心不乱に芋を口に運んでいた。
味は二の次。腹いっぱい食べられる事が重要。
ソルディーク領の食糧事情が窺い知れる光景だ。
「けど、嬉しそうだわ」
それは確かにその通りだ。
「だけど、それはつまり普段どれだけ困窮しているかの裏返しでもある」
「…………」
「まぁ、今日は楽しい日にしたいから、皮肉や説教はなしにしよう。元々この作物は南方の島国から交易品としてエルダード領に入って来たんだ。だから、数年前からエルダード領だけじゃなくて、王国南部では食べられていたんだよ」
それこそジャガバターをはじめ、色んな食べ方が考案されたからな。
俺が発明した(前世からパクった)ものもあるけど、この世界の住民が独自に生み出した料理も多い。
そこは気付きがなかっただけで、知識や探究心は俺より上の人達だ。
調味料や色んな食材が入って来るエルダード領とその周辺だけあって、その手の研究には熱心だった。
「俺はそれを王国南部でも栽培可能にしただけだ。まぁ、まともに収穫できるまで三年かかったけどさ」
「三年も?」
「ジャガイモを持って来る商人は栽培方法なんて知らないからな。まともな栽培方法を聞き出すだけでも一苦労さ」
「そんな苦労をしてまで、どうして……?」
イリスがいつの間にかこちらを見ていた。
簡単に言えばニートでいるための土壌造りと有能アピールなんだが、ここでそれを言うのはまずい気がするな。
「食料の生産量が上がれば世界は平和になる」
世界が平和にならないと、ニートなんてできないからな。
「食料を奪い合う必要が無ければ、戦争の多くはなくなると思ったのさ」
実際には色んな理由で戦争は起きるんだろうけど、少なくとも国内の安定度は増すだろう。
「……そう」
俺の言葉をどう受け取ったのか、イリスは領民たちに再び目を向けて、短く呟いたのだった。