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俺はニートでいたいのに  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
第一章:剣姫の婿取り
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決闘


「それではこれより、レオナール・エルダードと、イリス・ソルディークの決闘を行う! これは王室によって正式に認可された、正当なる決闘である。いかなる者も、その過程に介入する事はできず、その結果に異議を唱える事はできない!」


 決闘当日。

 居並ぶソルディーク家の人達の前で、俺とイリスは向かい合っていた。

 王室から派遣された、法務局の人間が決闘前の口上を述べている。


「この場よりそれぞれ別の方向へ向かって進み、予め決められた試し場へと向かう。到着後、双方が到着するまで所定の位置で待機。その後に試し戦を行い、目印となる旗を取られるか、大将が討たれた方の負けとなる」


 使って良い武器はあらかじめ点検の通った模擬戦用の武器だけだ。

 木剣、鏃の代わりに丸めた布が先端につけられた槍、矢。

 模擬戦の場所には既に数名の裁定官が待機していて、攻撃を受けた兵士が討死したかどうかを判定する。


 まぁ審判が戦場のあちこちにいるサバゲーみたいなもんだよな。


「その馬車は何?」


「私の私物だよ」


「ありなの?」


「私物だからね。必要と思うなら君も借りるか買うかすれば良かったんだよ」


 俺の背後には今回俺が率いる兵士が整列していて、その背後には三台の馬車が並んでいた。

 俺がソルディーク家に来る時に使用した馬車は使わず、わざわざ御者ごと買ってきたんだ。


 鎧や武器はソルディーク家が用意したものを使用するが、それ以外は俺とイリスの私物以外は使用できなかった。

 食料や水も私物として兵士に与える必要がある。

 流石にイリスもそれは用意したみたいだけど、馬車は無理だったみたいだ。


 そもそも考えになかっただろうし。


 ちなみに兵士達は鎧さえ着ていない。

 イリスは馬車に積んであるんだろうと思ってるだろうけど、実はそれすらしていない。

 攻撃を受けた兵士が討死したかどうかを判断する、と言っても、大抵の場合当たれば討死と判断されるのが試し戦だ。


 だったら、鎧は必要無いよな。

 当たれば即死なんだから、当たらないようにするべきだ。


「勝つ気があるの?」


「勿論」


 イリスの問いに即答する。

 なんか、複雑そうな表情で睨んでくるなぁ。

 俺に対する侮蔑や嘲りだけではなさそうだ。


「この決闘に勝利した場合のレオナールの要求は、イリスとの婚約。イリスの要求はレオナールが二度とイリスの前に姿を見せぬ事。相違ないか!?」


「ありません」


「間違いないわ」


「ではこれより決闘を開始する! 栄光ある王国貴族として恥じる事無き決闘を!」


 そして開始の鐘が鳴らされた。

 すぐにイリスは兵達に向き直り、きびきびと指示を出す。


 一糸乱れぬ動きで見事な行軍を見せる兵士の姿に、見物している人達から感嘆の溜息が漏れた。


「よし、行軍開始」


 そして俺が命令を下すと、半分の兵が馬車に乗り込み、残りの半分が走り出した。

 どよめく見物人達。


 決められたルートを行軍して模擬戦場へ向かう。

 ルールで定められているのはこれだけ。


 行軍は歩くだけじゃなく、走る場合もあるし、当然、馬車に乗ることだってある。


 可能なら全員分の馬を集めたかったところだけど、今回の試し戦に騎兵が使えないという理由で却下された。

 まぁ、馬は危ないからね。


 走る兵の後ろを追い、馬車も動き出した。


「それでは、行ってまいります」


 ユリアス閣下にそう挨拶して、俺も走り出したのだった。




 俺達が戦場に到着した時、イリスの軍はまだ到着していなかった。

 当然だ。こっちは走って来たのに対し、イリスの軍は整然と行進していた。

 ただ歩く以上に遅いし疲れるはずだ。


 しかもこちらは半分程の道程を消化した段階で、馬車に乗っていた兵と走っていた兵を入れ替え、できるだけ早く走れるように工夫している。

 鎧も着ていないし武器や背嚢ももっていない。


「よし、第一班はすぐに穴掘り開始。第二班は小休止!」


 あらかじめ設置されていた目印の旗の手前に、さっきまで馬車に乗っていた二十五人がスコップ片手に穴を掘り始める。


 俺が今回の模擬戦で用いようとしているのは塹壕戦術だった。

 この時代にはまだ存在しておらず、未知の戦法。

 俺の指揮能力がイリスより上だと思えなかったし、上だったとしても、経験や兵からの信頼の差を覆せる程だとは到底思えなかった。


 だから、イリスの知らない戦法で戦うしかない。

 それがこの塹壕戦術。


 ぶっつけ本番で上手くいく保証がなかったので、一ヶ月の準備期間を設け、穴掘りの訓練をさせていた。

 走っての行軍や、馬車を用いての負担軽減は、あくまでこの穴掘りの時間を稼ぐための手段に過ぎない。


 この一ヶ月、ひたすら穴を掘り続けていただけあり、兵達の動きはスムーズだ。

 しかも、彼らが掘っている場所は、この一ヶ月で何度も掘り返した場所なんだ。


 他の場所に比べて、土が柔らかいから掘りやすくなっているんだよ。


「交代!」


 穴の深さが俺の太腿辺りになったところで、第一班と第二班を交代させる。

 更にその深さが俺の腰を超えた辺りで、第一班を投入し、全員での穴掘りを開始させる。


 その間に俺は馬車から荷物を降ろし、武器の準備をする。

 ちなみに、御者とアリーシャは、荷物に触れる事はできるが、荷物の中身に触れる事はできない。


 御者もアリーシャも、広義的には俺の私物であるので、戦闘準備を手伝わせる事はできるけれど、戦闘そのものに参加する事はできないためだ。

 曖昧な判定を避けるために、武器に触ってはならない、と決められている訳だな。


 その時、正面から複数人の揃った足音が聞こえて来た。土煙が近付いて来る。


「ミリナ、深さは!?」


「おおよそ、一メートルと二十センチほどです!」


「もうそれでいい! 全員、弩弓を取り、矢を番えて構えろ!」


 弩弓、所謂クロスボウ。

 地球の歴史ではいつ登場したのか俺は知らないけれど、少なくともこの世界、この国にはまだ存在していなかった。

 訓練の早さと素人でも命中させやすい事が利点の兵器であるので、この精鋭達に使わせるのはあまり意味が無い。


 ただ、今回に限って言えば大いに役に立つ筈だ。


 兵達が一人につき二つずつクロスボウを手に取り、矢を番えて準備する。

 勿論、このクロスボウは事前に使用許可を得ている。

 矢は鏃が外された安全仕様だけど、当たれば討死判定が出る事は確認済みだ。


 馬車から降ろしてあった、それなりの厚みのある木板を、塹壕の幅三分の一程度まで被せるように地面に設置する。

 塹壕の前面に張り付けば、相手の曲射の多くは防げる。

 前列と後列の二列に別れて待機させているので、後列を矢から守るための配置だ。


 前列はクロスボウを手に、顔と腕だけ出した状態で相手を待つ。

 後列は長弓を引いて構えて待機だ。


 俺は旗に巨大な木板を置くと、その影に隠れるように座った。


 こちらの準備が整ったのとほぼ同時に、イリスの軍が到着し、旗の前に整列する。

 そして、裁定官がいる方向から、喇叭の音が聞こえて来た。


 戦闘開始の合図だ。


 五キロの距離を行進してきたばかりとは思えない機敏な動きで、隊列を整えたイリス軍がこちらに迫る。

 塹壕戦術など知らない筈だけど、その動きに躊躇いや戸惑いは見られない。


 油断しているのか、自分の指揮能力に自信があるのか知らないけれど、明らかにこちらの狙いがわかってない動きだ。


 これは、勝ったな。


「後列、放て!」


 俺の号令と共に、長弓を構えていた後列の兵が矢を放つ。

 それに反応して、イリス軍もさっと別れて降り注ぐ矢を躱した。


「前列、狙いをつけた者から放て!」


 続けて前列に向けて命令を下す。

 矢を躱すように動いたイリス軍に向けて、前列の兵がクロスボウの矢を放った。


 顔と腕だけが出ている状態では、遠くから何をしているのかわからなかったらしく、多くの兵が矢の直撃を受けて討死判定を受けた。


 それでも何人かは反応して躱そうとしてたし、実際に躱した兵もいたな。

 流石精鋭中の精鋭。


 イリス軍も反撃の矢を放つ。


 けれど、移動しながらの射撃にまともな命中精度を期待できる訳がない。

 しかもこちらは万が一に備えて矢を防ぐ用の板を置いてあるんだ。


 矢を射るまでの時間が長ければ、命中精度も悪いイリス軍。

 対して、こちらは四射目(・・・)まで(・・)は高速だ。


 矢を番えて準備されたクロスボウは一人二つずつ。

 前列と後列合わせて、二つずつ。


 クロスボウを放つのが前列だけなら、四つのクロスボウを彼らは使える事になる。


 前列が二射目を放った直後に、準備ができた後列も二射目を放つ。


 反撃のために機動力が落ちていた彼らの多くが、これを受けて討死判定を受けた。


 戦場に到着した時点で、否、この模擬戦のルールを飲んだ時点で、彼らの敗北は決定していた。

 簡易的なものとは言え、こちらは拠点を作って待ち構えているのに対し、相手は矢盾もなく愚直に前進するしかない。


 部隊を幾つかに分けて複数の方向から攻めようとも、遮蔽物の無いこの戦場ではその動きがバレバレだ。


 それでもこの状況で、パニックに陥る事無く、着実にこちらに近付いて来るのは流石と言えるな。


 俺は矢を防ぐための巨大な木製の板、矢盾の陰に隠れながらクロスボウを構えて狙いをつける。

 放たれた矢は、イリスの胸元に直撃したのだった。




「勝者はレオナール・エルダード。イリス・ソルディークならびに見届け人の方々、異議はございませんか?」


 結果に異議は認められないとは言っても、それはルールが守られ、公正に決闘がなされた場合の話だ。


「…………ありません」


 悔しさをにじませ、イリスが呟く。

 納得いかない、と文句をつけてくるかと思ったけれど、意外と潔いな。


 悔しさにしても、俺に負けた事そのものじゃなくて、俺の策を破れなかった事に対して感じてるみたいだし。


「それではここに、決闘の終了を宣言する。結果は厳正に履行される事を期待する」


「さて、イリス。これで俺と君の婚約は成ったわけだ」


「……それが本性?」


「ああ、これが本当の俺だ」


 俺を見るイリスには、自虐的な笑みが浮かんでいる。

 うーん、ただ負けたってだけでここまでなるのか?

 それだけ自信があったって事なんかな?


「とはいえ、まだまだ俺は君と結婚する訳にはいかない」


「……どういう事?」


 俺の言葉に、イリスだけじゃなく、ソルディーク家の面々も驚いたような表情を浮かべる。


「今すぐ結婚しても、俺と君の間にはわだかまりが残る。政略結婚だとしても、どうせなら仲良くした方がお互いに良いだろう?」


「……それで、どうするの? 結婚を伸ばすと言っても限度があるでしょ? お手付きと思われたら、私の嫁ぎ先は制限されるわ。ああ、それが狙い?」


「それだと結局わだかまりが残るだろ? 元々の予定でも結婚するのは一年後だ。それまでに、毎月最初に決闘を行おう」


「決闘を?」


「その通り。決闘の内容を決めるのは、直前の決闘で勝った方。決闘の勝者の要求は、決闘内容が発表された時点で宣言し、変更は許されない。まぁ、俺の宣言はイリスが俺の妻になる、一択だけどな」


「……例えば婚約の破棄を要求していて、私が途中で勝ったらどうなるの?」


「その場合も一年間は決闘を続ける。期限までに俺がもう一度君と婚約できなかったら、婚約が正式に破棄される形だな」


「……決闘内容は直前の決闘の勝者が決めるという事は、私が勝ったあと、一対一の剣技による決闘を選んでもいいの?」


「構わない。ルールが発表された瞬間に勝敗が決まるものじゃなければいいよ。男性である事、とかな」


「成る程……」


「また、予定されている決闘の日に、どちらか、あるいは両方が決闘を行えなかった場合は、直前の決闘の結果が適用される」


「? 直前の決闘の勝者が次の決闘を休んだ場合、不戦敗じゃなくて勝利するって事?」


「そういう事」


「それじゃ、一度勝ったら逃げ続ければいいだけじゃない」


「君がそうしたければどうぞ」


「私がそんな事する訳ないでしょ!?」


「君と仲良くなりたいと言ってる俺もそんな事する訳ないだろ?」


「う……」


 あくまで襲撃されたり毒を盛られたりして、死ぬまでに至らなくても決闘をできない体にされてしまわないようにするための保険だ。

 イリスの性格なら無いとは思うけど、イリスのために、と自己犠牲を発揮する奴がいないとは限らないからな。


「俺が途中で死んだなら、期間が経過後に自動的に婚約破棄で構わないよ」


「当然でしょ」


「その場合、期間が経過する前にエルダード家の支援が切れるけどな」


「レオナール殿の護衛の数を倍に増やせ」


「はっ!」


 俺とイリスがルールの確認をしている裏で、ユリアス閣下がそんな指示を出している。

 安全に気を配って貰うのは有り難いので、何も言わないでおく。


「どうだ? これから一年、俺と婚約を続けながら決闘を行う気はあるか?」


「当然でしょ」


 俺が手を差し出すと、イリスはその手を力強く握った。

 握力は間違いなくあっちが上だ。手の平の皮は硬く、マメができているのもあってゴツゴツしている。


 それでもその手は温かく、女性らしさを感じさせる手だった。


 例え前世の記憶があっても、例え女性経験があっても。

 女性と手を繋ぐってのは胸がときめくもんだな。


「絶対に追い出してあげるから、覚悟しなさい」


「楽しみにしておく」


 こうして俺、レオナール・エルダードと、イリス・ソルディークは正式に婚約する事となったのだった。


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