継承
アウルを襲う事件と変化、課せられる重荷を負って、彼は次第に変化してゆく…。
「坊ちゃま!!アウル様!」
大声で呼ばれたかと思うと、ふわりと体が浮いて、夢が覚めやらず続いて居るのかと思った。だが、夢にしてはガクガクと体が揺すぶられる。ようやくそれが、ケインの腕に抱えられて、彼が走っているために酷く揺れるのだと、寝起きの頭が理解した。
「…ケイン、私が走るよ」
言うと、まだ彼は速度を保ったままで、抱えて居る腕がより一層しっかりと力を込める。
「大丈夫ですよ」
自分を心配し無くて大丈夫。
その言葉が私の問いに答えただけでなく、彼をこれ程慌てさせる要因と、私の置かれた状況をも指しているように感じたのは考え過ぎだったろうか?!。
私を抱えたまま、ケインは広間を突っ切り、回廊を渡って、正面玄関に待機していた車に乗せた。車には今朝牧場に私を迎えに来た運転手が、沈痛な面持ちで待っていた。
運転手の後席に私を降ろすと、反対側のドアから自分も乗り込んだ。怪訝な顔をしたのだろう、行き先を運転手に確認すると、私に言った。
「ご無礼とは存じますが、緊急事態に免じて頂きとう存じます。お兄様が診療所にて御倒れと連絡が参りました故…」
「マーヴがどうして?!父様がご一緒なのに…父様に何か…有ったの?!」
聞かれることを予期していても、耐えがたい衝撃というものが、今のケインの表情を作って居るのだろうか?!。何時もは溌剌と、生真面目に、しなくても良い庭仕事等にも手を貸す彼は、明るい小麦色の肌をしている。その肌がつやを無くして、青ざめている。言葉を無くして戸惑う彼に私が焦れた。
「父様に何が有った?!」
「…御館様が…奥様をお連れになって、車ごと海へ…と、聞いております」
「……!!」
その時私が何を考えたのかは殆ど覚えて居ない。
私達を悲劇の現場に運ぶ車窓からは、暗い海を望む細い道が見えていた。このまま崖下に墜ちてしまえば良いのに。
顧みられないと判っていても、父は憧れのままだった…もう、見ている事さえ出来なくなってしまったのだ。
「…私のせいだ…」
「…何と仰いました?!アウル様?!」
言葉にしたつもりが無かった私の喉は、言葉を紡げなく成っていた。声が出ないとケインに告げて、これ以上彼を混乱させる事は無い。
総ての元凶は私なのだから。このまま消えて無くなりたい。付いている者が居なければ、都合の良い崖から落ちて終わって居ただろう。
情けなさにこぼれる涙が止まらない。
ケインが、これは明らかに誤解なのだが泣きだした私を哀れんで抱きしめてくれた。温かい腕が心地良い事が、殊更に感情をかき立てる。
「お願いすることがどんなに酷いことかよく存じております。出来るならこのままにおさせ申したいところで御座いますが、マーヴ様がおいでです。あの方をお守りになれるのは、貴方様を置いて外においでになりません。宜しいですか?!」
諭すケインの眼にも滂沱の涙が有って、告げられない言葉の代わりに頷くと、再び強く抱きしめられた。
そう…他に何の価値も無い私が、唯一居なくてはならない理由がまだ有った。いつ、どんな時も公平な我が片割れ。彼が必要で無くなるまでは、生きていなくてはならないのだ。
独りにしてしまった彼を、
置いて逝く事は私には許されない。
お読み頂いて有り難う御座いました。