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総ての始まり 小公子  作者: みすみいく
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序章

 日常の中に潜む秘密は、誰の人生の中にも有る物では無いのでしょうか?!


 鬱蒼と茂る並木の間の館へ通じる道へと車は進路を変え、濃い緑の針葉樹の間を進んでいった。やがて、身の丈の2倍も有ろうかという鉄の門扉の前で、待ち侘びるように此方を伺う若い男が見えた。


 「坊ちゃま。ケインをお召しでしたか?!」

 「ううん、どうしたの?!ケイン」


 黒髪の何時もは物静かな面持ちが青ざめ、窓を下ろす間も待ちわびて私の言葉に被せるように話し始めた。


 「奥様の…お母様のご容体が急変したと療養所から…御館様をお探ししているのですが、アウル様、お心当たりをお教え下さい!!」

 「私が探すよ」

 「いいえ!貴方はこのまま療養所へ、お教え下されば私がお探し致します」

 「私が1人で行ったりしたら、父様に叱られる。マーヴも居ないの?!」


 私の返事に、と胸を付かれたように黙り込み、眉を寄せると口を開いた。


 「…ご一緒かと…」


 言いにくそうに、私の顔を痛ましそうに見た彼の反応が、他の家庭を知らない私には、丸で理解が出来ないのだった。

 父は何故だか双子である私と兄とを、ものごころ付く頃から隔てることを始めた。本能的に自分より可愛がられる兄を見ていて、何処か気づかぬ所で、父の嫌う何かをしてる為だと思っていた。


 幸か不幸か、兄という人が、隔てられる自分を笠に着る人で無かった為に、私が孤立することは無かったのだったが…。

 否定される悲しさは是非も無く、それが、実の父からの仕打ちで有れば尚更だった。責めは総て自分にかかり、恋い慕う父にはけして及ばない。子供であれば当然の帰結なのだが、今で有るから当時の状況が理解できるようになった。


 何時も何時も、父を怒らせる何をするのだろうと悩む事頻りだったが、理由は分からぬまま、父が自分を顧みることは無いのだと、絶望的な結果だけを知ることに成った。


 以前も同じ様な事があって、父と兄の姿が見えなくなった。探し回る使用人達を気の毒に思った私は、程なく戻って何も告げずに帰ってしまった父に代わって、兄に何処に行って居たかを訪ねた。


 兄は父に連れられて、隠し扉を通って書庫にいたと答えた。使用人達は知るよしも無い。当主だけが知る一子口伝の事柄の1つなのだった。非常事態の脱出口の情報なので、必要に駆られての秘密なのだ。


 今度もそこに違いない。自分で彼らの所へ入って行くことは出来ないが、ケインに知らせれば上手くやってくれるだろう。確かめるだけ…。

 そっと暗い廊下を通り、皆の知っている図書室と、書庫を過ぎると、兄の言っていたとおり、対で描かれた2枚の天使像があった。片方の端が少し開いて光が漏れている。急いだのか、発想の無い秘密に油断したのか、きちんと閉じていなかったのだ。


 やっぱりここだった。早くケインに知らせなければと、その場を立ち去りかけた、が、父と兄とが何を語り合って居るのか、聞いてみたくなった。


 そっと隙間に近寄り覗き込もうとしたその時、いきなり父の大きな声がして、此方へ歩いてくる気配がした。


 恐怖にその場に凍り付きそうになって、辛うじて書架の窪みに滑り込んだ。

 ここを知っている事を、ここに潜んで彼等を伺っていた事を父に知られたら最後だと思っていた。気づかずに通り過ぎてくれることを一心に願っていた私の耳に、父を追って、兄の軽い足音が聞こえてきた。


 「父様!!どうして私だけなの?!アウルは?!どうして何時もあの子の事を…父様は…父様はあの子を嫌いなの?!」


 理不尽に耐えかねた兄が、父に問い質した。厭だ。聞かないで!!。耳を塞いだ私の手は、苛立って声を荒げた父の言葉を聞こえなくはしてくれなかった。


 「だからお前は心配しなくて良いと言って居るだろう?私の子供はお前だけだ」

 「だって、私とアウルは双子なんだよ」

 「カストウルとポリュデウケースなのだよ。お前とあの子は」

 「…父様?!」

 「判らなくて良いよ。お前のそういうところが私に似ている。だから私の…もう少し大きく成ったら説明しよう。また来るよ。元気で居るんだよ」


 優しげな父の声音が、如何にも愛おしそうに兄に向けられるのを、なんの感情も持てずに聞いていた。

 兄の理解の範疇に無かった、双子座の由来は私には理解出来た。同時に私を嫌う理由も。


 カストウルとポリュデウケースは、全能の神ゼウスと人妻であったレダとの間に出来た子供だった。1人はレダの夫の子、もう1人はゼウスの子。

 単なるギリシャ神話とだけ理解している兄には、父の意図は伝わらなかったのだった。


 父の嫌う私の早熟が、誰を指しているのだろう?!。

 自分の子は兄だけだと口にすると言うことは、私が母を掠め取った男の子供だと、父が信じて居るという証だった。

 何も言いはしない積もりでも、その者の本質は、読み取ろうとする者には悟られてしまう。

 私の本質が父に嫌われて居るのなら、私に為す術は無い訳だった。


 そう思った瞬間、その場に座り込んで動けなくなった。機能的に動かせないのでは無くて、脱力して動かす気力が無い。

 泣きたいのに涙は出ない。

 感情がこみ上げて涙と共に流れてしまえば、重苦しい胸のつかえは無くなるのだろうに。

 どの位そうしていたものか、誰も居なくなった部屋は、本来の役割通り薄暗く深閑としている。必要に駆られて、或いは、無聊を慰めるために、図書室は私の避難場所だった。本の世界に逃げ込めば、一時現実から逃れられる。


 昨日此処に入った時には、何時かは父に顧みられる可能性を持っていたが、今はそれが無くなった。父の顔色を伺っていた事が自体が、無意味なことだったのだ。かえって媚びる様で心象を悪くしていただろう。

 そう思ったからか、父への反発か、2人が出てきた秘密の部屋へと入ってみた。

 思うに反して中は広く、二間続きになっていた。以前は王宮として使われた経緯を思えば、一時的にではあっても玉座となったかも知れない此処が、其れなりに豪奢な事にも必然性が有った。


 入った直ぐには、居間のようにビクトリア調の家具が此処そこに置いてある。暖炉とはいかないのだろう、陶製のストーブが置いてあったりする。奥の部屋は、王の御座所でも有った部屋で、寝台と長椅子、やはり重々しい家具が置いてあった。


 大戦前にここに居た者は、命の危機を回避する為に潜んでいた。死を覚悟して。どの様な心境なのだろう?!今の私とは随分違うだろう。「どうでもいい」がその時の私の心情だった。虚脱感に支配され、何をするという気力も無い。

 父と兄が密会に使っていたと言っても、ここに寝起きしていたわけでは無いので、寝台に夜具は置いていない。比較的新しい寝台なので、スプリングは効いていて、寝転ぶ位はそのまま出来る。


 ケインは探していた父と兄が戻れば良いし、兄は父と一緒に居る。母の具合が悪くなったと言っても、これまでも私が枕辺に呼ばれたためしは無かった。


 「あのまま牧場に居るんだった…」


 そうすれば今のような絶望を知ることも無く…不意に涙が溢れて止まらなくなった。後悔と、絶望と、溜まらない程の孤独とが私の総てだった。

 読んで頂いて有り難う御座いました。


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