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ヒルザリザ・ヒルト

前回のあらすじ

不死鳥と呼ばれる少女と共に盗賊に襲われるがこれを撃退。一行は彼女と別れアイクへと到着する。

不思議な出会いと別れを経て荷馬車は次の目的地、海のような湖が望める国「アイク」へと到着していた。


「あれが噂に聞く湖ディオス・レイクか…。」


そう関心した声を上げるカイネの見ている先には、アシルが言っていたようにまるで海岸にしか見えないような大きな湖を望むことができた。


「噂に違わぬ広さよ…。世界は広いのう」

「うっひょー!これが湖だってんだから信じらんないよなぁー!」


ヒルザとアシルも真昼の太陽に照らされて輝いている大きな泉を前に感激しながら身を乗り出していた。すると御者台の方からショーデに声をかけられる。


「神の湖とも言われる世界で一番大きな湖だそうだ。今日からはこのアイクにあるキキリアという町の宿泊施設に泊まることになる。先ほど検問で聞いた話によると荷馬車を置ける宿泊施設には困らないだろうとのことだから、荷物は今のうちにまとめておきなさい。」


その言葉を聞き各々が返事を返すが荷物をまとめ始めたのはアシルとカイネだけで、ヒルザは黙って本など読んでいた。


(ヒルザは荷物が無いのだろうか…?)


自分は荷物一つなく転生したからまとめる物すら無いわけだがヒルザは違う、自分より前にニヒム親子やアシル達と共に旅をしていたはずなのだからそれなりにまとめる物があるはずだと思うのだが…?


「案外顔に出るタチなのだなビクサ」

「え、うえっ!?」


ヒルザが顔をこちらに向けずそう言い放つので驚いて変な声がでる。


「ワシはあまりものを持っておらなんだでな、荷物もそこの端にあるケース一つだけなのだ」


本に目を向けたまま指で示した場所にはこじんまりとしたスーツケースのようなものが置いてあった。


「へ、へぇ…。ミ、ミニマリストなんだな?」

「ミニ?」


思わず元の世界の言葉を使ってしまい慌てて訂正する。


「あっ…。いや、あんまり物を持たない主義なんだなぁ~って。」

「ふむ、お主の母国語か?まぁ持たない主義といえばそうなのであろうな」


都合よく解釈してくれて助かった。まぁ母国語といえば母国語なので間違った解釈でもないのだが。どちらかといえば母国というより母界語…であろうか?


その後はアシルと共に、次の宿は風呂はあるだろうか、この国では何が食べられるだろうかなどと他愛のない話をしていたらキキリアの宿泊施設に到着した。


「さあ、今日はここに泊まることなった、部屋割は私が一人部屋であとは男女に分かれてそれぞれ二人部屋になる。部屋の番号が振られたカギを渡しておくから無くさないように、荷物を自分たちの部屋に置いたら夕方までは自由行動だ。好きな所を見て回るといい」


宿の受付を済ませたショーデが部屋割りの説明などをしているのを聞いているとなんだか旅というより修学旅行のようだなと思ってしまう。その後は荷馬車から荷物を引っ張り出してきたアシルと共に鍵の番号を見ながら部屋を探す。


「あ!あったあった!この部屋だ!すぐ荷物おくからちょっと待っててよ!」

「お、うん」


割り当てられた二人部屋は元の世界でも通用しそうな立派な部屋だった。全体的にやや古めかしい印象がある部屋ではあるもののどうやらシャワー室のような所もあるし宿泊施設としては十分だと感じた。


「よーし!準備完了!エッジさん!早速町を見て回ろうよ!」

「あー。エッジさんじゃなくてビクサでいいよ。年も近いしみんなもそう呼んでるし。」


馬車に乗っていた時から律義にも苗字にさん付けで呼んでいたのが気になっていたので、いい機会だと思い提案してみる。


「ん?あっホント!?それじゃあビクサ!町に繰り出そうぜ!」

「おー!見に行くか!」


こちらの提案に対しすこし嬉しそうなアシルと共に宿を出て大通りへと出かけることにした。



―――キキリア・商店街―――


「ひょえー!いろんな店があるぞー!ビクサー!」

「そうだなぁー!」


キキリアという町は湖沿いにある町ということで多くの観光客やら旅人やらで賑わっており。それに合わせて多種多様なお土産屋や食事処なども並んでいた。


「あっ!あのパン屋すげー良い匂いする!行ってみようぜ!」

「お、おーい待てって!」


早速食べ物に目をつけ走っていくアシルの後を追う。


「すいませーん!このアップルパイ二つください!」

「あいよ!二つで450ジルだよ!」


早速二つのアップルパイを買ったビクサは片方を自分に差し出した。


「やるよ!金ないだろ、ビクサ」

「す、すまん。ありがとな」

「いいって!気にすんな!」


うまいなこれなどと呟きながら二人でパン屋で買ったアップルパイを頬張っていると後ろから聞き知った声に呼び止められた。 


「おぬしら…男二人で食べ歩きか?」

「私たちの準備を待ってくれても良かったのではないか?」


振り返るとそこには、普段の言動とは裏腹に可愛らしい服装に身を包んだヒルザと、地味だが活動的で露出の高い服装を身に着けたカイネが居た。


「お前ら準備おせーんだもんよ!」


自分が見慣れない女子の私服に感動しているとアシルは不満げに二人に毒づいていた。


「おぬしが急ぎすぎなんじゃ…。どうせビクサにも碌に準備をさせず連れてきたのじゃろう。」


やれやれとジェスチャーをしながらヒルザも言い返しているとカイネが苦笑いしながらこちらに話しかけてくる。


「さあ、人数も揃ったしこの街を見て回ろうか」


その後はキキリアの色々な店や場所を訪ねていった。キキリアの観光名所でありアイクを代表する巨大な湖、「ディオス・レイク」や土産屋、服屋などを見て回ることができた。


「はぁー!結構見て回ったから疲れたな―!!」

「おぬしはもう少し他人のペースを気にして歩くことだ…。」

「まったく…アシルと新しい町を見て回るとすぐこれだ…。」

「ちょっとそこのベンチで休もうぜ…。」


言葉とは裏腹にまだ歩けそうなアシルを横目に休憩を提案すると女性二人も疲れていたらしく、四人揃って(アシルは渋々だったが)道中のベンチに腰掛け小休止をとる。


「そうだ!そろそろ昼飯時だろ!なんか食べ物買ってくるからさ!お前らここで待ってろよ!」


まるで疲れを感じさせないアシルがそう言って立ち上がるとカイネもゆっくりと立ち上がる。


「一人で四人分持ってきて途中で落とされても困る。私も行こう…」


ヒルザは相当疲れたらしく微動だにせずにベンチに背を預けている。


「すまんがわしはもう立ち上がれんぞ…」


その様子を見たアシルはそうか!じゃあ二人で待ってろよ!と言い残しカイネと共に昼食を買いに出かけた。

年が近い少女と二人きりになった経験など一度もないゆえに何を話したものかと考えていると、ヒルザの方から質問が飛んでくる。


「おぬしはまだ自分の事を話すことができないか?」


予想外、とは思わなかった。どこまで行くかは分からないが、共に旅をする男の素性が知れないというのは誰にとっても心地の良いものでないだろう。しかし、依然として自分は自分自身の事をどう説明すればいいのかがわからない。すると、自分の様子を察したかヒルザの方から口を開く。


「ふむ…。まぁ自分の事を話さず相手にモノを聞くのは不躾かのう。」

「あっ…。いや…。」

「なに…。おぬしが話しやすいようにこちらが先に話してやるというだけじゃ。無理に聞き出そうとしているわけではない」


自分が喋らないことで無理にヒルザに話をさせている気がして気が引けたが、ここはヒルザの言葉に甘えることにした。


「わしはな、あれらと出会うまでは奴隷だったのじゃ」


「ど、奴隷?」


「とはいうてもわしは幸せな部類よ、奴隷ゆえ服はボロだったし労働も主殿の魔術の教育も決して楽ではなかった、しかし、休憩は与えられたしその時間に主殿の書斎で本を読むことも許されておった。」


「な、なんというか…。や、優しかったんだな…。」


その言葉を聴き、フフ。とすこし笑った彼女は言葉を返す。


「なに…。主殿は単に真面目であっただけよ。しかし、その時間もそう長くは続かなかった…ある時、事件が起きてしまったからの」


「事件…?」


「うむ…。ある日、ワシが珍しく隣町まで行かねばならぬ用事があってな。主殿直々の命令であったゆえ人目を盗みその日は朝早くに屋敷を出たのよ。数か月に一度ある秘密の材料調達でな。その頃には何度か材料集めも経験しておったから材料になる草花の生息地も熟知しておったし、そう時間のかかる事ではなかった。しかし…そうして材料を調達しておるうちに主殿の屋敷の方角からなにか暗い魔力が発しておるのを感じたのだ。」


「暗い魔力…?」


「文字通り暗く、陰鬱としていて寒気すら覚えるような魔力であったよ…。特に大きな変化があったようにも見えなかったが嫌な予感がしたからの、目標よりやや少ない材料を抱えて、急いで家に戻ったよ…そうしたら」


眉間に皺を寄せ片手で頭を抱える彼女をみながら続きを促す。


「そうしたら…?」


「屋敷には誰も居なくなっておった。仕事を叩き込んでくれたメイド長や先達のメイドも、休みにまかないを振舞ってくれた料理長も、読めぬ文字があると丁寧に教えてくれた執事殿も、わしに書斎を貸し与えてくれた主殿も…。誰も彼もいなくなってしまった…。屋敷一つ残して、彼らは一切痕跡を残さず…どこかに行ってしまった…。」


ヒルザは恐らく、敢えて居なくなったという言い方をしているように思えた。


「じゃあそれで国を出たのか…?」


そう聞くとヒルザはいいやと首を振った。


「はは、そうしていれば良かったのかもしれないがの…。わしは少々頭が回らなくてな…誰もいなくなった屋敷で、皆がいつか帰ってくると信じてしばらく暮らしておったよ。」


誰もいなくなってしまった屋敷で主人達の帰りを信じて一人で暮らす彼女を想像し、息が詰まる。


「主殿は魔術のこと以外は執事殿にすべて任せておってな、わしはその執事殿からも教鞭を賜っていたから生活するうえでは何も困る事は無かった。屋敷の裏でメイド長達が育てておった野菜もあったし、屋敷の近くの川で釣りをすれば肉にも困る事は無かった。することが無ければ書斎で本を読むこともできたし、小娘一人が暮らすのぐらいなんでもなかった。」


どこか強がっているような彼女に言葉を失う。


「わしは、主殿達がいつ帰ってきても良いように毎日屋敷の中の掃除をした…残っていた食材は、一人で食べるには量が多すぎたゆえ保存できるものは保存し、腐る物は捨てた…。主殿が育てておった薬草やメイド長達の野菜達も枯らすわけにはいかぬゆえ、書斎の本を読み漁りなんとか育てた。主殿が、執事殿が、メイド長達が、料理長が、皆が…いつでも帰ってこれるように…」


一瞬の沈黙、ヒルザはこの年頃の少女がするには早すぎると思える目をして遠くを見つめていた。


「そうしている内に…そうさな、数えきれないほどあった書斎の本にすべて目を通したと気づいた時には、既に九年が経っておったよ。」


九年…。その言葉を聞き思考が停止する。


「辛くはなかった…わしは主殿達がいつ帰ってきても大丈夫なように、主殿達の教えに恥じない働きをした、明日には帰ってくる…明日には声が聴けると…彼らの帰りを信じれば、人と全く関わらずとも寂しくはなかった。」


そこで違和感を感じた。どれだけだったかは分からないがそれなりの屋敷で魔術の研究もしていた主人なのだ、それなりの客がきてもおかしくはない。しかし、彼女は人と全く関わらないと言っていたのだ。そこに疑問を感じているとヒルザが口を開く。


「そしてある日、書斎で本を読んでいると、ついに…待ちに待った…入口の戸が開く鈴が鳴った…。待ちに待った皆の帰還と思い心が躍ったよ…。しかし”いついかなる時も平静を保つべし”とのメイド長の教えを守り、粛々と…しかし足早に入口に向かった。書斎からエントランスまでがいつもより長く感じたよ…。」


しかし…。とヒルザの口が動く。


「そこにおったのは主殿でも執事殿でもメイド長でも料理長でもなかった。無骨な武器と装備を身にまとった我が国の軍人達であった。そしてわしにこういった”貴様には九年前のヒルト邸皆殺し事件の容疑がかけられているので拘束する”とな…。」


「その後は…わしは…。裁判に掛けられ、わしは国中に…主人と仕える人間を一人残らず殺した奴隷として名を広めた。九年もの間わしが捕まらなかったのは九年前から今まで、屋敷の周りを非常に強力な闇の魔力が取り囲んでいたゆえ誰も近づくことができなかったためとも聞いた…。わしが主殿達を手にかけた確かな証拠が無かったとも聞いた…そして…。」


深く、息を整えるように、大事な言葉を話せるように息を吸う彼女。


「主殿や皆は…。屋敷からはるか彼方離れた異国にて、遺体として見つかっていたとも聞いた…。しかし、証拠がなく死刑を免れたわしは国外追放となり、そうして路頭に迷っている所をあれらに拾われたのよ。この顔の傷はな…国外追放されてすぐに、亡くなった執事殿の奥方から受けた傷だ…奥方の心境を思えば、抵抗することもできなかった。」


喉が、声帯が、動かなかった。厳しくも優しい主人達のために、主人達を想って、九年もの間一人で屋敷を守り続けてきた少女。しかし、その少女に待ち受けていたのは主人殺しの汚名と一生消えることの無い顔の傷だったのだ。

ヒルザの過去話でした。次は物語が大きく動きます。たぶん。

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