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中編




舞踏会の日から2日後。

シンディは、日中の父が居ない時間帯に訪れた、不思議な来客に首を傾げていた。



最初に訪れたのは、靴屋だった。

勿論、靴屋が貴族の家に突然出向いてきたのだ、普通であれば、必要無いと追い返すべき所なのだが、領地で領民と親しく過ごしていたシンディには、何も聞かず追い返す事は出来なかった。


「少し大変ですが、せっかく王都にいらしたのですから、最新の靴を作りませんか?」


シンディは、社交シーズンが終われば、父と一緒に領地に戻るつもりであり、田舎の領地で最新の靴など履いて行く場所が無い。お金の無駄遣いだと断ろうとしたのだが、何故か泣いて縋られ


「今回は、最新式の測り方をさせていただきたいので、時間をとってしまいます。ですから、一足こちらで、プレゼントとさせていただきますから、どうか、どうか御協力くださいませ。」


靴屋の必死な形相と、プレゼントという言葉に、シンディはつい了承してしまった。


最新式の測り方は、本当に変わっていて、見たこともない冷たい液体に足を入れ、お茶をしながら暫く待たされていると、その液体は固まり、シンディが足を抜き取っても、その形を保っていた。靴屋はそれを、大事そうに抱え、涙を流さんばかりに御礼を言いながら帰って行った。




その日から、更に2日後

今度は服屋がやって来た。




「せっかく王都にいらしたのですから、採寸して、自分に合ったドレスを作りませんか?」


今度も、勿体無いと断ろうとしたのだが、何故か服屋までもが泣いて縋り


「ドレスを一着プレゼントさせていただきます。勿論お代は頂きませんので、どうか、どうか採寸だけでも。」


必死な服屋の形相と、プレゼントという言葉に今度も了承してしまった。

おかげで、今まで経験したことの無い、指先から足先の細部まで、徹底的に採寸されてしまった。




そして、それから更に2日後

今度は帽子屋がやって来た。




「せっかく王都にいらしたのですから、自分に合う、自分だけの帽子を作りませんか?」


勿論今度も断ろうと思ったのだが、靴屋と服屋の一件から、断れば泣き落としされる気がして、今度は素直に受け入れてみた。

帽子屋はシンディの頭のサイズを測ると


「最初の帽子は特別にプレゼントさせていただきますので、楽しみにお待ち下さいね。」


と言って、笑顔で帰って行った。

最初と言われても、田舎に帰るつもりのシンディが次を注文する気は無い。

その事を伝えようとしたのだが、帽子屋は、声をかける間も無くあっという間に帰って行ってしまった。



その日から更に2日後。



朝食を済ませたシンディは、特に用事も無かった為、ソファーに身を沈めながら本を読んでいると、突然 部屋の扉が勢いよく開き、メイドが部屋の中へ飛び込んで来た。


「お嬢様、大変です。」


「どうしたの?何があったの?」


あまりに必死な形相に、注意する事もせずにたずねると、メイドは何とか息を整えながら言葉を絞り出す。


「おっお嬢様大変です。豪華な馬車が来てます。とっても豪華な馬車なんです。」


「落ち着きなさい。どうしたの?」


慌てるメイドを、なんとか落ち着かそうとするが、メイドは慌てたまま、なかなか肝心な事を話してくれない。

困っていると、クスリと小さな笑い声が聞こえ、部屋の中を見回し、入り口に知った顔を見つけた瞬間、シンディの眉間に深い皺が寄った。


「シンディ・F・レラジット嬢、久しぶりだな。」


ここに居るはずの無い人物が、楽しげに笑っていた。


その人物の後ろでは、レラジット家の執事とメイドが、青ざめた表情で立っている。

本来であれば、どの様なお客様が来ようと、落ち着いていなければならないのだが、流石に想定外中の想定外の人物だ、使用人達が動揺するのも無理は無い。

しかし、シンディはレラジット家令嬢だ、慌てるそぶりは見せられない。

動揺を隠して背筋を伸ばし、優雅にお辞儀をしてみせる。


「殿下、お久しぶりです。申し訳ありませんが、父は只今外出中でして・・。」


「かまわん。用があるのは、レラジット家の長女である、シンディ・F・レラジット嬢だからな。」


王子の顔を見ていると、シンディの頭の中では何故か、舞踏会での言葉が響いていた。


『私の妻にならないか?』


あれは冗談のはずだ。

私は、田舎の男爵令嬢。そんなはずは無いと、考えを打ち消しているのだが、目の前の男の不敵な笑みが、完全に否定をさせてくれない。


「先触れも出さず、ノックもせず女性の部屋に入って来られるなんて、とても火急で重要な用事なのですね。私で力になれれば良いのですが。」


顔は笑みを作っているが、言葉は明らかな嫌味であり、その目は全く笑っていない。


「大丈夫だ。とても火急で重要な用事は、レラジット嬢が頷いてくれれば直ぐに終わる。」


そう言って、王子はシンディの足元に跪くと、そっとシンディの手をとった。


「シンディ・F・レラジット嬢、どうか私の妃になってくれないか?」


部屋の中で二人の様子を見ていた者達は当然のように、シンディが頷くだろうと思っていた。

だからこそ、部屋の中に居た者達は、驚愕しつつも、花の咲き誇る様な、美しい笑みを浮かべるシンディを、祝福の眼差しで見つめると同時に、男爵令嬢が王子の妃となる夢物語の様な出来事を、目に焼き付けようと、固唾を飲んで見つめて居たのだ。


「そんなお言葉がいただけるなんて、私はなんと幸運な女性なのでしょう。ですが、私の家はしがない田舎貴族、自分の立場は重々理解しておりますわ。ですから、ご冗談で女心を弄ぶのお止め下さいませ。それに、この様な話を他の者達に聞かれては、殿下の格が下がってしまいますわ。」


その言葉を聞いた者達は、男爵令嬢という立場から、王子の申し出に遠慮をしている様に見えた事だろう。


しかし、舞踏会で発したシンディの言葉の意味を覚えていれば、正しく理解しただろう。


『女性が皆、殿下に惚れると思ってらっしゃるの?なんて恥ずかしい方なのかしら。』


王子は眉を少し動かしただけで、動こうとはしなかった。


「そんな事を気にする必要は無い。君が頷いてくれれば、後は私がなんとかしよう。」


「私にそんな大役は務まるとは思えませんわ。それに、貴族の方々や国民の方々が爵位の低い家の出である私など、認めてはくれないでしょう。皆さまの意見を無視して、殿下の評判が下がっては、なんとお詫びをしていいのか・・。殿下には、他に幾らでも相応しい方がいらっしゃるはずですわ。」


「そんな事を言わないでおくれ、私が君を選んだのだから。」


「ですが、私にはとても・・・。」


シンディは王子から顔を背け、身体を震わせている。

それを見た王子は、ゆっくりと立ち上がり、周りの者達を見回した。


「少し二人で話がしたい。」


その一言で、部屋の中に居た者達は、そそくさと部屋を出て行く。勿論部屋の扉は少し開けられているが、大声を出さない限り外に声が漏れる事は無いだろう。


王子は、全員が出て行った事を確認すると、部屋にあるソファーに腰を下ろし、シンディを鋭く睨みつけた。


「何が不満だ。」


勿論シンディも負けてはおらず、両腕を組んで王子を睨みつけている。


「何故私なのです?」


「お前が気に入ったからだ。」


「それだけですか?」


「いや。政治的な事が絡んでいる。」


王子の言葉に、シンディはホッとする。王子と会ったのは前回の舞踏会が初めてなのだ、ここで愛だの恋だの言われても信用ならない。


「政治的とは?」


「今現在、高位の貴族達の殆どには、王家の血筋が入っている。」


それは、長年高位の貴族家との婚姻を繰り返していたからだ。


「その為、血が濃くなり過ぎるのを防ぐ、という建前と。今現在、高位の貴族達は微妙なバランスを保っている。ここで、高位の貴族家から妃を選ぶと、その微妙なバランスが崩れる恐れがある。いずれ崩れるだろうが、今は時期が悪い。という本音の元、どこの派閥にも属さず、毒にも薬にもならないレラジット家に白羽の矢が立った。爵位は低いが、そこそこ豊かでありながら権力欲も無いからな。」


「お断りします。」


「断れると思っているのか?」


「その条件に合う家の令嬢でしたら、他にもいらっしゃるかと。」


「何が気に入らない。」


「先程の話ですと、高位の貴族達が火花を散らしてる中に飛び込め、と言っている様に聞こえるのですが?」


「そう言っている。しかし、レラジット嬢なら大丈夫だろう。」


「その根拠は?」


「私が見込んだからだ。」


「・・・・それだけですか?」


「それだけだ。」


「お断りします。」


「何故だ。」


「お断りします。」


「理由を聞いている。」


「お断りします。」


二人は、静かに睨み合い、部屋には沈黙が訪れた。





「お話中失礼いたします。」


沈黙を破ったのは、聞き覚えの無い青年の声だった。


「ダグラスか、入れ。」


王子の言葉に、一人の男性が姿を表す。スラリとした長身に少し中性的な顔立ちをした男性だ。

ダグラスは、部屋に入ると深々とお辞儀をし、睨み合う二人に目を向けた。

シンディは、途端に不機嫌な顔を引っ込めて、人好きする笑みを浮かべたが、王子は不機嫌そうな顔をしたまま、シンディを睨み続けていた。


「殿下、そろそろお時間です。」


その言葉に、シンディは心からの笑みがこぼれた。


「まあ、お忙しいのですね、お引止めして申し訳ありませんでした。」


シンディの笑みに、王子は眉間に皺を寄せながら立ち上がる。


「今日の所は帰るが、また来る。」


どうやら、王子はそう簡単に諦める気は無いらしい。

そこで、シンディは最終手段に出る事にした。

出来ればこの手は使いたく無かった。しかし、また来られて王子が通っていると噂でも立てば、面倒な事になってしまう。

シンディは、静かに深呼吸をして、王子の顔を見据えると、渾身の笑みを浮かべた。


「では、お待ちしておりますわ。チャーミング殿下」


部屋の中の空気が、音を立てそうなほど固まる。


王子もダグラスも動かない。


「あら、心の中でいつもお呼びしていたら、つい言葉にしてしまいましたわ。馴々しくお名前をお呼びしてしまって、申し訳ございません。」






この国では、王子の名前を言ってはいけないという暗黙の了解がある。


現国王唯一の子であり、次期国王である人物の名前を読んではいけない理由。


それは、王妃が難産の末、王子を産み落とした時に起こった。

王妃は王子を見た瞬間思い付いてしまったのだ。


『こんなに愛らしい子供は初めて見たわ。そうだわ名前をチャーミングにしましょう。』


それを聞いた瞬間、国王は顔を引攣らせ、控えていた者達は唖然とした。

その後、何度も別の名前にするよう、皆が説得をしたものの。


『異国でこんな言葉があるのですよ。名前はその人物の性質や実体を表す。だから、こんなに可愛

らしい子には、チャーミング以外の名前は無いとは思いませんか?』


と、全く聞き耳を持たず、結局王子はチャーミングと名づけられてしまった。

幼い頃は良かったのだ。チャーミングという名が似合う愛らしさで、城の者達に見守られすくすくと育っていた。しかし、人は成長する。赤ん坊は、幼児になり、少年になり、青年になり、男性となる。

そして、王子は成長した。

チャーミングとは言えない、長身で常に険しい顔をした男性へと。


青年になった辺りから、王子は名を呼ばれる度に、険しい顔をするようになり、次第に相手を睨む様になり、最終的に威圧する様になり、皆王子としか呼ばなくなっていったのだ。





「別にかまわない。そうか、私の事を名で呼んでくれるのか。ならば、私もお返しをしなくてはな。」


薄っすらと笑みを浮かべる王子は、言葉とは裏腹に、背後にドス黒いオーラが見えそうだ。

しかし、シンディは楽しそうに笑っている。


「お返しなんてとんでもありませんわ、そんなに喜んでいただけるのでしたら、お会いする時には、御名前を呼ばせていただきますわね。チャーミング殿下」


「それなら、私もシンディ嬢と呼ばせてもらおう。」


「チャーミング殿下に、名前を呼んでいただけるなんてとっても嬉しいですわ。」


二人は笑っている。

笑っているのだが、部屋の空気は重く、和やかとは程遠い雰囲気に包まれている。


「やはり、私はシンディ嬢を、是非妃に迎えたい。」


「ですが私は・・・。」


「爵位が低い事を気にする必要は無い。とても素晴らしい方法で必ず貴女を、私の妃として迎えましょう。」


「まあ、とても嬉しいですわ。ですが、民意も大切ですわ。国民の方々の反対を押し切ってまでは・・・。」


「その辺も手を打とう。シンディ嬢が心置き無く、私の妃になれるよう全力をつくすから、楽しみに待っておいておくれ。」


二人は、暫く睨み・・・見つめ合った後、玄関ホールに移動し、シンディは王子とダグラスを見送った。ただ、別れ際にダグラスが


「殿下は、今日はお忍びですので、来られた事は他言無用でお願い致します。」


と言い、王子は意味深な笑みをうかべていた。








それから数日後、王都にはある噂が流れていた。


王子は、お城で行われた舞踏会で、美しい娘に恋をした。

しかし、娘は12時の鐘の音と共にガラスの靴を残して帰ってしまい、王子はその娘に恋するあまり


『王位を捨ててでも、その娘を娶りたい』


と話したそうだ。それを聞いた王様は、


『早まる事は無い、まずはその娘を連れて来なさい。』


と、言われたらしい。しかし、王子はその娘の家も名前も知らない。

手掛かりは、ガラスの靴だけ。

そこで王子は、ガラスの靴に合う女性を探している。





それを聞いた瞬間、シンディは何故か全身に鳥肌が立った。


嫌な予感がする。

まるで、遠くの方で黒いオーラを放つ男が、高笑いしている様な・・・





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